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「わたし」は育つ




今さらの気づき

わが子が学校に行かなくなってから季節がいくつか移り変わっていた 

    

心が不安なのだろう。
携帯に度々電話が入るようになっていたから、私は仕事を辞めていた。

子どもたちが家にいることが当たり前になっている。

だからといってわたしは何も話してやることが出来ない。

傍にいるのに、子供たちがとんでもなく遠い場所に行ってしまった気がする。

子どもたちに何かあった時は私が守らなければと思っていたのに、この前まで、頼られていると思っていたわが子(特に長男)は突然回れ右をした。

「お母さんは敵だ」などと言う・・・


どうしてこうなったの?
それを本人たちに聞いたところで、答えが返ってくる気はしない。


「なぜ?」が頭から離れない。



学校の授業やお弁当のことを気にしなくても良いから、朝慌ててプリントをチェックしたり、いつも冷凍庫にあったから揚げやひと口カツを買わなくて済むようになった。


体操服もベランダに干されることが無くなったから、洗濯物の量が減って家事がスムーズに終わる。


こういうのを夢見ていたんだけれど・・・このシチュエーションで嬉しいとは思えない。


これがなければ…なんて思っていたことが、幸せの証だったと今更ながら思う。



小さな街に住んでいたから、今まで買い物に行けば誰かしらに出くわしていたのに、全然出会わない…不思議と。

会ったところでどんな反応をすればいいのかも分からないから、それはありがたくもあったけど。

今ならそれが、周りの人達の配慮だと感じることが出来る。



友だちとランチをすることも無くなった。

どうせ、今はまだ話すことができない。


あのドヨンとした行き場のない感覚が、まだ時々出てくるうちは心を開けない ー そう思うのは仕方のないことだと思う。



自分の居場所


うちの中は平和だった。

私の心の中を大掃除しなければならない
いるものといらないものを分けて
ないものを探し、手に入れる必要がある
そう思えるまで1年はかかった。



私の生息・出没場所は、家の他にスーパーと図書館


図書館は、私にとってクリーンなエネルギーを生産できる場所
汚い排気を起こさずに活力を補給できる、環境に優しい取り組みが可能。


時々ここに来ると、アサリを塩水に放った時に出てくるプクプクに似たものを出し、自分にもどることができた。



書籍は私を別人にしてくれるし、異次元に連れて行ってくれる…心は自由!を実感できるツール


図書館は世の中のザワザワを、あの紙たちが吸い取ってくれているような静かな空間で、市民の誰もを平等に受け入れてくれる、本当に有難かった場所。

子どもをしっかり育てられていない私が来ても良いですか?
そんなことを聞かなくても黙って入って座っていいのだ。


私が持っていたガラケーでは情報収取はどうにもならなかった時代…ここに来ればそれも出来た。


とにかく児童心理学の本やそれにまつわるコーナーの棚の本を片っ端から読んでいた。
それを見て安心したかったし、間違っていなかった考え方を見つけ自分を肯定したかった。


学者や専門家の偉い先生が書いたものは、この先にある怖くなるようなことも書いている。それを読むとどこかにある怒りの感情も自制することが出来た。


こうして半日ほどそこにいると気持ちの入れ替え作業が完了する。
スッキリした私は数日間のエネルギーをチャージして晩ごはんの買い物をする。



こんな生活がしばらく続いた。
気が付いたら首飾りをしたように首に何本ものシワができていた。

それくらい本に没頭するために下をむいていたのだろう。


でも少しづつ私の中の何かが入れ替わっていると感じていたから、それが最適な悟りの方法だったのかも知れない。



今の気持ち


ママも子供たちと共に変化している。
この貴重な時間が今の私を作っているから、それはあって良かったこと。
やっとそう言えるところまで来れたからこそ、辛いママの気持ちとそれを囲む周りの人の気持ちの、両方をりかいすることができるのだ。



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