真矢へ──僕の許可証だったバンドの話
追悼文というのは、だいたい「うまいこと言う」競技みたいになってしまう。
「ありがとう」「最高でした」「あなたの音楽で救われました」。
それはもちろん嘘じゃない。
でも、言葉が整えば整うほど、故人が“いい話”の素材になっていく気もして、僕は少し怖い。
だから今日は、あまり綺麗にまとめないで書く。
中学生の冬の朝の匂いを、僕はいまだに覚えている。
家の中は暑いくらいなのに、玄関を開けた瞬間だけ肺が痛い。
雪は夜のうちにいったん固くなって、踏むと「ぎゅっ」と鳴る。
除雪車が残した灰色の筋だけが、やけに現実的だ。
空は白い。山も白い。音は少ない。
世界が静かすぎて、心の中のノイズだけが大きくなる。
そしてその朝の僕は、起きるべき時間に起きられない。
一時間目に間に合うように学校へ行く――その「当たり前」が、どうしても自分にはうまくできなかった。
布団の中で、時計の針だけが進むのを見ながら、「まただ」と思う。
この瞬間、世界は簡単に僕を「欠陥品」に分類する。
僕もそれを、わりと素直に信じてしまった。孤独だったし、負い目もあった。
当時の僕の前には、三つのカードがあった。
一つ目は「普通」のカード。ちゃんと起きて、ちゃんと行って、ちゃんとやる。
二つ目は「欠陥品」のカード。起きられない。遅刻する。怒られる。落ち込む。
そして三つ目が、LUNA SEAだった。
『TRUE BLUE』『ROSIER』、そして『IN FUTURE』を聴いたとき、僕の身体は勝手に反応した。
「これ弾きたい!」という衝動は、願望というより命令みたいだった。
たぶん僕は、音楽をやりたいというより、「この世界に居ていい形式」が欲しかったんだと思う。
だから親にギターをねだった。必死だった。
今思うと、僕だけじゃなかった。
北海道伊達市の、いわゆるクソ田舎で、同じようにLUNA SEAをコピーしているギターキッズがたくさんいた。
雪の町のあちこちで、誰かが歪んだ音を鳴らしていた。
あれは、ちょっとした現象だった。
ネットもSNSも今ほど強くない時代に、地元の狭い世界の中で、僕たちは同じ“別社会”を共有していた。
曲が良いかどうかじゃなかった。
彼らが“いる”ことが、俺の許可証だった。
LUNA SEAを好きだったんじゃない。
LUNA SEAが、俺の輪郭だった。
ふと思う。
今この時代に、当時のLUNA SEAのように、ドラマーの名前まで全員に認知されているバンドってどのくらいいるだろう?
一般的なジャンルにありがちな「ボーカル以外の名前は誰も知らない」という現象が、当時のヴィジュアル系シーンには少なかった。
いや、世界や歴史を振り返れば、本来それが「バンド」というもののはずだ。
ザ・ブルーハーツ、X JAPAN、オアシス、そしてビートルズ。
僕らは彼らの曲を聴いて、「いいメロディだね」「声がいいね」「歌詞が泣けるね」と“鑑賞”していたわけじゃない。
彼らは、その当時の若者たちの象徴だった。
たとえばミスチルやスピッツ、back number。
僕も大好きだし、スピッツの曲を聴いて涙を流したことも何度だってある。
だけど、どちらが優れているかという話ではなく、僕にとってLUNA SEAは明らかに異質だった。
もちろん曲も聴いたし、涙も流したかもしれない。
でも、そんな「鑑賞」レベルの話ではなかった。
僕は、
「彼らは俺だ」
という確信を持っていた。
当時は言語化できなかったが、僕が惹かれた理由は、あの「矛盾の成立させ方」だ。
美しいものと暴力性のマリアージュ。
メジャーセブンスみたいな甘い和音を、凶暴に歪んだ音で鳴らしてしまう倫理。
退廃的で、でもエネルギッシュで、暗いのに前に進む。
当時の僕が抱えていた矛盾――
「ちゃんとできない」「でも生きていたい」「美しいものも欲しいし、壊したい気持ちもある」
みたいなやつを、矛盾のまま成立させていい、と許された気がした。
最近読んだ中川晃氏(日本大学)の研究が、気持ち悪いほど腑に落ちた。若者の音楽体験は、単なる嗜好ではなく、自己同一性の手がかりや、社会に適応するための心理的な足場として機能しうる、という整理だった。
とくに印象的だったのは、若者が言う「共感」が、一般的な意味での他者理解(認知的共感)だけでは捉えきれず、自分の考えや感情と一致する言動に反応するかたちで語られやすい、という指摘だ。
音楽や物語は、言葉にならない内面を整理し、感情に輪郭を与え、ひとまず“自分が自分でいられる”状態を作る。
そのうえで、作品を介したゆるい連帯(同じ曲を聴いている、同じ世界観を共有している)が、孤立を和らげるクッションにもなる。
──そう考えると、僕がLUNA SEAに感じたものが「好き嫌い」以上だったのも、説明がつく気がした。
そして僕がずっと「肯定される何か」を探していた側の人間だと、完全にバレたことに、少なからずぞっとした。
ただ、僕がLUNA SEAから受け取ったのは、言葉の代弁だけじゃない。
あれは慰めじゃなくて、ルートだった。
逃げるためじゃなく、生き延びるための。
輪郭だけなら、ただの絵だ。
世界観だけなら、ただのポーズだ。
でも僕にとってLUNA SEAは、そこで終わらなかった。
あの矛盾は、矛盾のまま成立していい――で終わらずに、現実の中で前に進むための形になった。
だから僕は、親にギターをねだった。練習した。バンドをやった。続けた。
そして、そのルートを“走れる速度”に変えていたのが、真矢だった。
真矢のドラムには、バンドを“現象”にする圧倒的な推進力があった。
正確さとか上手さだけじゃない。曲が「今ここで起きている」感じがする。
ボーカルの背景として鳴っているんじゃない。
5人全員が「俺たち」の象徴として、そこに存在している説得力。
美しさや退廃や暴力性が、単なるポーズじゃなくなる。
だから僕は音楽に逃げながらも、音楽で生き延びる方向へ進むことができた。
そして今。
YouTubeで「LUNA SEA 叩いてみた」と検索すると、世代を超えてたくさんのドラマーがLUNA SEAを叩いている。
真矢のリズムを、自分の身体に移植しようとしている。
この前も、どう見てもギャルな女子高生が、本当に真矢そっくりの叩き方をしている動画を見た。
変な涙が出た。
「あのとき僕が受け取ったものは、僕だけのものじゃなかったんだな」と思ったからだ。
僕の中で“生き延びるための音”だったものが、別の誰かの次の音楽に繋がっている。
バトンが回っている。しかも、僕の知らない速度で。
どれだけ多くの人が、彼の死を悼んでいるだろう。
あなたのドラミングが後世のミュージシャンに与えた影響は、途轍もなく大きい。
むしろ、これからもっと大きくなるのだと思う。
「源流を辿ればあなたに到達する」――そういうミュージシャンは、これからも間違いなく増え続ける。
追悼文は、きっといつでも書ける。
でも今日は、追悼を“解説”にしたくない。
綺麗に片付けて、分別して、安心したくない。
だから僕は、ギターを持つ。
そして、ただ鳴らす。
美しいものと暴力性が同居していい、と許された輪郭のまま。
真矢さん。
あなたが走らせたものは、今日もどこかで走っています。
僕の中でも。誰かの部屋でも。
画面の向こうの、ギャルの女子高生のスティックの先でも。
