不満を言うほど「ある」が消える
「お金がない」
「時間がない」
「家族が分かってくれない」
気づけば、ぼくたちは日常の中で「ない」を何度も口にしています。
もちろん、不満が出ること自体は悪くありません。
つらいときに、無理やり「幸せです」と言う必要もない。
ただ、不満ばかりを繰り返していると、今あるものまで見えなくなることがあります。
ぼくは最近、不満とは宇宙への注文みたいなものかもしれないと考えるようになりました。
不満は、同じ現実への注文になる

ぼくは、この世界では「何を強く見ているか」が大切だと考えています。
たとえば、毎日「お金がない」と言い続ける。
すると心は、お金が足りない証拠ばかり探し始めます。
口座の残高に落ち込み、ほしいものを買えないことに腹が立つ。人が豊かに見えて、自分だけ置いていかれた気持ちにもなります。
その一方で、本当は今月も払えたものは目に入りません。
ゲームでいえば、「足りないものだけ表示する設定」を自分でオンにしているようなものです。
持っているゴールドは画面から消え、買えない装備だけが大きく表示される。
その画面を見続ければ、当然「自分には何もない」と感じやすくなります。
ぼくはこれを、不満を口にするたびに「この感情をもう一度ください」と注文しているような状態だと捉えています。
これは科学の公式として証明された話ではありません。
ぼくが自分の心と現実を見るために使っている、一つの考え方です。
持っているものほど見えなくなる

人は、手に入れたものに少しずつ慣れていきます。
最初はありがたかったことも、いつの間にか当たり前になる。
家族がいてくれることも、歩けることも、息ができることも、ごはんを食べられることも、失ったときには大きさが分かります。
それなのに、持っている間は見えにくいものです。
そこへ不満が重なると、見えにくさはさらに強くなります。
家族への不満ばかり口にすれば、相手の嫌なところばかり探すようになる。
「だるい」「めんどくさい」と言い続ければ、今日も動いてくれた体へのありがたさを忘れていく。
不満を言った罰として、宇宙が家族や健康を取り上げるという話ではありません。
不満に目を向け続けた結果、言葉や態度が変わり、自分から大切なものを雑に扱ってしまうことがあるという話です。
宝箱を持っているのに、中身を確認せず「宝がない」と探し回っている。
ぼくたちは、ときどきそんなプレイをしています。
「ある」を数える習慣を始める

では、不満を一切言わない人になればいいのでしょうか。
ぼくは、そうは思いません。
不満が出たときは、心が疲れているサインでもあります。
大切なのは、不満を押し込めることではなく、そのあとに「それでも、今あるものは何だろう」と見直すことです。
借金がある。
でも、今日払えるお金もある。
家族に不満がある。
でも、話せる相手が今日もいる。
体がだるい。
でも、自分の足で立ち、息をしている。
ゼロから急に豊かになる必要はありません。
「ない」を一つ見つけたら、「ある」も一つ見つける。
ゲームでいえば、減ったHPだけでなく、残っているHPと使える回復アイテムも確認する習慣です。
それだけで、見えている画面は少し変わります。
自分には何もないと思っていた場所に、まだ使えるものが残っていると気づけます。
不満を言う自分を責めなくていい。
ただ、不満だけで一日を終わらせない。
最後に一つだけ、「今日もあったもの」を見つけてみる。
その小さな習慣が、今あるものを大切にできる自分へ戻してくれるのだと思います。
