3話やで崩落の予兆
金曜日の朝、駅の売店には刺激的な見出しが立ち込めていた。
中吊り広告に躍る、どす黒い明朝体の広告。
【独自入手】総理側近と献金企業幹部「非公式会食」の衝撃音声「あの件、うまくやりましたね」
それは、国会で総理が築き上げた「正論と抽象化の城壁」に、初めて打ち込まれた実弾だった。
週刊誌の編集部。デスクの東山は、部下が持ってきたボイスレコーダーを何度も再生していた。
「裏は取れてるな?」
「はい。音声鑑定は本物。場所は赤坂の料亭。日時は政策決定の3日前。完璧です」
「総理本人の声は?」
「直接はありません。ですが、側近がはっきりと『官邸の意向』という言葉を口にしています」
東山は煙草を押し付け、低く笑った。
「出す。あの『意地悪』の一言で全てを煙に巻かせてたまるか」
官邸の執務室。
「総理、週刊誌が……」
秘書官が差し出した誌面に目を通す総理。その表情から、いつもの余裕が消えていた。数秒の沈黙のあと、彼女はポツリと漏らした。
「ほんま…」
だが、その目は笑っていない。計算が頭の中で高速回転している。
「事実関係は?」
「会食自体は、事実です。……ですが、記録上はあくまで『意見交換』で通しています」
「ほな、それでいきましょう」
その日の緊急記者会見。フラッシュの嵐の中、記者の怒声が飛ぶ。
「総理! 音声にある『うまくやった』とは何の件ですか! 政策を売ったのではないですか!」
総理はゆっくりとマイクを握った。
「記事は拝見しました。会食があったことは事実ですが、政策はあくまで法令と手続きに則り、適正に決定されたものです」
「『うまくやった』という発言は?」
「私がおった場ではありませんし、前後の文脈が分かりません。切り取られた一部の言葉で……」
そこで、彼女はいつものフレーズを繰り出した。
「意地悪な質問や」
場内がざわつく。だが、これまでの「意地悪」にはあった、空気を支配する魔力が、今回は少しだけ弱まっていた。
「一部の切り取られた音声で、国益を損なうような印象操作をされることは、非常に遺憾です」
だが、追撃は止まらない。
翌週、第二弾が放たれた。
【続報】官邸内部メモ流出『業界要望、最優先で検討』の文字
内閣支持率は、岩盤と言われた60%台から40%台へと急落した。SNSのトレンドは「#逃げ切り総理」から「#官邸の闇」へと塗り替えられる。
党内からも、「このままでは地方選が戦えない」という悲鳴に似た反発が上がり始めていた。
その夜。
官邸の窓から夜景を見下ろす総理の背中に、秘書官が声をかけた。
「総理、党内からも説明責任を求める声が強まっています。自主調査委員会の設置を求める動きも……」
総理は窓の外を見つめたまま、動かない。
「説明責任、ね。……国会では、もう答えました」
「ですが、それでは足りないという『空気』です」
「空気は風向きで変わる。……せやけど」
言葉を切り、夜の闇を映すガラスを指先でなぞった。
「風が暴風になれば、堤防は壊れる」
その指先が、わずかに震えていた。
無敵を誇った言語の城に、修復不能なひび割れが生じようとしていた。
そして週刊誌の次号予告には、不気味な一文が記されていた。
【第三弾予告】総理本人、決定打の「密会記録」沈黙はもはや…
*この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は全て架空のものです。
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