大学時代
薬学部の大学には、正直「仕方なく」入学しました。
周りは年下の同級生ばかりで、なかなか打ち解けられず、居場所を見つけられないまま大学生活が始まりました。
次第に、いろいろなアルバイトをするようになりました。
中学・高校・浪人時代と、ほとんど遊ばずに勉強だけしてきた反動と一人暮らしで自由になり、解放された気分になって、毎日バイト仲間と遊びまくり、大学にはほとんど行かなくなりました。
バイトで貯めたお金で、夏休みには一か月間、姉妹校のアメリカの大学にも行きました。
とても楽しく、刺激的な経験でした。
けれど、当然のように勉強はおろそかになり、2年生の時に留年が決まりました。
親からは
「大学は辞めて、実家の広島に戻って、お見合いして結婚しなさい」
と言われました。
私の両親は、「女の幸せは結婚」だと信じている世代です。
「もう絶対に留年しません」
そう約束して、なんとか大学に残らせてもらいました。
それでも、バイトは辞めず、相変わらず大学にはあまり行きませんでした。
テスト前になると過去問が出回るので、知らない人にも声をかけ、ノートを貸してもらい、何とかしのぐ事が出来ましたが、再試験ばかりで、生化学では再々試験に。
200人中、再々試験を受けたのは私ひとりだけ。
教授に呼び出され、厳しく叱られ、そして私ひとりのために試験を作ってくださいました。
(この科目は必修で、落とせばまた留年でした)
何とか4年生になり、研究室が同じになった子達が、毎日大学の最寄り駅のコンビニでバイトをしている私のことを知っていて、すぐに友達になりました。
私は、4年生になってもほとんど勉強せず、社会人の彼氏の家に入り浸る生活。
夏の模擬試験では、200人中180番台。
その成績が親にも送られ、こっぴどく怒られました。
そんなとき、研究室の友達が、毎朝わざわざ一人暮らしの家(大学まで徒歩5分)まで迎えに来てくれ、一緒に大学へ通ってくれました。
研究室の助手の方も、勉強のやり方を教えてくれました。
周りのみんなが私の事を心配してくれている、それを無にしてはいけないと思い、そこから、必死に頑張りました。
秋になると授業はなくなり、国試対策一色。
バイトも辞め、1日15時間以上は勉強していたと思います。
薬学部は、国家試験よりも卒業試験の方が難しいと言われます。
卒業試験前の3か月間は、誰とも会わず、家にこもってひたすら勉強しました。(彼ともお別れしました)
過去問の10年分を暗記メイン。
その結果、無事に卒業試験に合格。
一番泣いて喜んでくれたのは、母でした。
浪人時代からずっと心配をかけ、大学に入ってからも、どれだけ心配させただろうと思います。お金もかなりかかり、両親には、感謝しかありません。
当時は、
卒業試験 → 卒業式 → 薬剤師国家試験
という流れでした。
卒業式で気が緩んだのか、国家試験当日は高熱。
それでも何とか試験を受け、合格することができました。
今振り返ると、決して順調な道ではありませんでした。
遠回りばかりで、たくさんの人に迷惑をかけ、支えられて、ようやく薬剤師になれました。
本当に感謝しています。
つづく
