ありがとう、2025年!
2025年の自分
「やりたい!」と思ったことには、自分から関わりに行くことができた一年だったと思います。
やりたいことが多すぎる自分にとって、断らなければならない場面にも出会いました。自分がくたくたになるまでできる(というか、やりたい……)性格なので、取捨選択の難しさも感じた一年でした。
それでも、関わってくれた人や経験から、本当に多くのことを学ぶことができた一年だったと感じています。
2025年のスタートは、「イギリスに行くぞ」と決めたところから始まりました。
小学生に日本の文化を伝えるプログラムに参加することになり、11月頃から全国各地から集まったメンバーとオンラインで打ち合わせを重ね、準備を進めました。
実際に現地で小学生と関わる中で、母語ではない言語で文化を伝えることの難しさを強く感じました。一方で、想いが伝わったときの達成感や、「もっと伝えたい」という気持ちも、これまで以上に大きくなりました。
英語を通して、ホストファミリーやその友人たちと文化や日常生活について話す中で、伝えたいことがうまく伝わらないもどかしさを感じる場面も多くあり、もっと英語を学びたいと強く思うようになりました。
そんな意欲を掻き立てられるような経験から、2025年は始まりました。
やる気に満ちた一年で、調子がいいときもあれば、思うようにいかないときもありましたが、さまざまなことを考えながら、それでも進み続けることができた一年だったと思います。
私はこれまで、「教育に関わりたい」と漠然と思いながら生きてきました。
やりたいことをただ楽しむだけではなく、静かに悩み続けた1年でもありました。(周りの人にたくさんたくさん助けられました。)
2025年は、自分が関わりたいと思ってきた活動や悩んだ期間を通して、「教育とは、人と人が交わり、関わり合う中で得られるものなのだ」と実感した一年でもありました。
自分の生活を彩ってくれた、Socius
自分とは異なる他者の姿や言葉から感じること、その人がもつ専門性や強みは、自分一人では決して得ることのできないものであり、それ自体が一つの教育だと感じています。
そうした学びが、Sociusでは、こども―保護者―学生講師の間で自然に生まれ、お互いが話せる関係性の中で育まれていたように思います。
立場や役割に関係なく、人として相談し合ったり、取り留めのない話をしたりできる関係性は、決して多くはありません。
そのような関係性や場をつくることができたことは、私にとってとても大きな意味をもつ経験でした。
また、Sociusの事業を通して、「楽しいことは時間を忘れてできる」という感覚を、久しぶりに実感することができました。
大学院での実習と並行して活動することは大変な面もありましたが、子どもとの関わり方について講師同士で考えたり、保護者の方のお話をじっくり聞いたりする時間には、自然と没頭していました。
これほど一つのことに心と時間を注ぐことができた経験は、これまでの自分にはなかった手応えです。
Sociusで出会ったすべての人は、私にとっての宝物であり、子どもたちが異年齢同士で関わり合いながら、自分の「やりたいこと」に打ち込む姿は、まさに自分が目指していた学びの姿でした。
@socius.gity (Instagram)

ありのままの自分でいいと包んでくれる、We are Buddies
We are Buddiesでは、今年から本格的に群馬支部局として動き始めました。
その取り組みの一つが、WABカフェです。WABに関わる運営メンバーと、まだWABを知らない人が自然に交われる機会をつくりたいという思いから始まりました。
このWABカフェを中心に企画を考えたり、WABのイベントに参加したりする中で、WABもSociusと同様に、「一人の人として関わることができる環境」であると感じるようになりました。
社会の中では、「こうしなければならない」「こうあるべきだ」という暗黙の前提が多くあるように思います。
それに応えようとして背伸びをしたり、自分をよく見せようとしたりすることは、とても疲れるものです。そして、そうした疲れを抱えている人は、決して少なくないのではないでしょうか。
その点で、WABには、年齢や立場、バックグラウンドに関係なく、「ただそこにいてもいい」と感じられる場があります。
私が目指したい社会は、誰もが一人でも話せる相手がいて、「ここにいたいな」と思える場所を一つでも持てる社会です。WABは、その感覚を体現している場だと感じています。
周年イベントでは、どのエリアにいても「はじめましてではない」ような空気があり、自然と会話が生まれ、すぐに打ち解けることができました。
人としての自分を、ありのままに受け入れてもらえていると感じた時間でした。
2026年は、WABカフェを継続していくこと、WABの人が集まる場に足を運ぶこと、そして忙しい日々の中でも自分のバディとの時間を大切にし、ありのままでいることを忘れずに過ごしていきたいと思います。
@we.are.buddies_gunma (Instagram)

自分が苦手だった英語の授業、そして大学院での学び
得意ではなかった英語の授業を、どうにか楽しくできないかを追求できる場所が、大学院でした。
大学生の頃から「英語の授業は奥深い」と感じ、ワクワクしていた英語教育について、自分自身で課題を立て、それを実践する一年でした。
実践にあたっては、緊張や不安も多くありましたが、中学校の先生方と話し合いながら、目の前の生徒にとって必要な学びは何か、それをどのような順序で、どのように構成していくのかについて、たくさん議論を重ねることができました。
何度も学校に足を運ばせていただき、生徒と関わる時間を重ねる中で、少しずつ関係を深めていけたことも、大きな学びでした。
一つの授業ではなかなか力を発揮できなかった生徒が、別の教科や学校行事では、驚くほど生き生きと輝く姿を見せてくれることもありました。
その姿に触れるたびに、生徒を一面的に見てはいけないのだと、改めて感じさせられました。
「ちひろ先生、またいつでも来ていいよ」「楽しかった」と声をかけてくれた子どもたちの言葉、姿はずっと私の心の中に残っています。
帰りたくなる居場所、NPO法人きなね
大学を終えて、前橋に戻ることが決まったときに出会えた1人のお姉さん。彼女は、出会ったときからいまずっと私の憧れであり、盟友です。
なかなか時間が合わず、イベントに行けないときでも、「最近休めてる?」「いつでも待ってるよ」と連絡をくれます。彼女こそ、休めてるのか〜と思っていましたが、常に気をかけてくれて、人が活躍できる場所を作る天才的な彼女です。
そんな彼女が作るきなねの企画やイベントは、温かく、また来ようと強く感じさせるものでした。

最後に..
私は、人が大好きであり、一人ひとりが「一人の人間として」居心地よくいられる場を、これからも追求していきたいと考えています。
なぜ、これほどまでに人にこだわり、人が心地よいと感じる場をつくりたいのかというと、誰か一人でもいいから、寄り添い、時間を共にしてくれる相手がいることが、目の前の「頑張りたい」と思うことに向かって踏み出すための、大切な条件だと感じているからです。
家族構成や人間関係は人それぞれですが、その場、そのコミュニティの中では、どんな自分であっても「ここにいていい」と思えたり、受け入れてもらえていると感じられたりすることが誰にとっても必要だと思います。
私自身、小さい頃にそうした場に多く身を置いてきました。
その中で、自分はたくさんの人に支えられ、愛情をもらいながら生きてきたのだと、今になって実感しています。
そして今も、大好きで大切にし続けたい、素敵な人々に囲まれながら、私は生きることができています。
悩んでいるときに、そばにいてくれる人、そのままの自分を認めてくれる人、厳しいことをまっすぐに伝えてくれる人、本当にたくさんの人に救われ、支えてもらいました。
寂しがり屋で、考え込んでしまうくせのある私は、人に弱いところを見せることも苦手で苦しむこともありました。しかし、そんな情けない自分の話しでも聴いてくれる存在がいて、なんとか、乗り越えることができたと感じています。
だからこそ、次は自分が、誰かにとってのそうした「場」をつくり、そこにいる人でありたいと思っています。
こういった場、機会を、 一時的にせず、持続可能に、そして面で広げていきたい。
「やりたいことを楽しくやり続けることは苦じゃない」
それを体現し、いつも自分に必要なことを伝えてくれている方がいます。私に必要なこと、それは勇気を持ってサイコロを振り続けること、断つことを決めること。
2026年は、場づくりにおいて、自分は何ができるのか、何がしたいのかを見つけられるよう、学び続け、自分で自分の道を正解にする一年にしたいと思います。

