映画感想文への素潜りQ&A 映画「楽園」
生成AIの分析によると、どうやら私の映画感想文は、作品の感想に見せかけて自分の内的な倫理観とか論理に端を発する感情から構成されている事が多いようなので、過去記事からさらに深掘りするための質問をAIに投げてもらって答える事をやってみたいと思う。
Q1.「可能性に蓋をする」という内面的なプロセスが、なぜ他者に対する「暴力」へと転じるのでしょうか?
可能性に蓋をするというのは、それ以外の想像や相手の立場を”今”考えた以上には想定しないという事になる。つまり、相手が置かれた状況とか立場とかの前提条件を拡張しないことを選択するということになる。それは、相手を慮るとは真逆の行為であり、最初に設定した可能性が誤りだった場合は相手を蔑ろにするという意味で「暴力的な行為」に発展していく可能性を孕むものだから。
Q2.「信じたい情報だけを集めて事実を固定化する」という排他的な心理は、どのようにして集団を煽動する「正義」へと変質するのでしょうか?
『集団を煽動する「正義」』となるには、それが甘美で共感しやすく飲み込みやすい、という条件を満たす”事実”らしきものに仕立て上げられているのだと思う。だからこそその事実が固定化されたのならば、その他の甘くはない、理解しにくい、認知負荷の高い事象は掻き消される。そのことが排他的な構造として立ち上がるのだと思う。
そしてそれが選択され続ける事で多数派と成った暁には『正義』として君臨するのだと思う。
Q3.一度固まった「妄想」が他の可能性を拒絶する「頑なさ」を持つ時、それは具体的にどのような形で他者を「追い詰め、傷つける」実害を生むと考えられますか?
「頑なさ」を持った時点で、その妄想はすでに排他的なベクトルを帯びていると思う。だから、その妄想の具現化は能動的に『他者を追い詰め、傷つける』と言うよりは、「排除された側が立てたはずの領域を狭める」という侵略が実害になるのだと思う。
👇自分の記事からさらに深掘るというのは、こちらの動画からヒントを得ました。

エディター:HUMAN WRITE
取り留めのない文章ですが、お読み頂きありがとうございます。

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