人の全てを悪意に感じちゃうとき②
お待たせしました!前編の続きです!
まだ読んでない方、ぜひ前編から読んでみてくださいね〜。
自己紹介編を見ると私のわかりにくい文章も理解しやすくなるカモ…!
あれ……??
さてその後。何があったのかは知らないし、私が特に何かした記憶はありませんが、明らかに、先輩の私への接し方が悪化してきたと感じるようになってきたのです。
もちろん例のごとく「おつかれさまです」といっても返ってこないし、向こうから挨拶なんて最近されたことない。
ここまで我慢してきたけど、私が一番嫌いな人って実は挨拶しない人なんですよね。
挨拶ができない人は何がどれだけできても、しょうもない人間だと思っちゃいます。(思想強くてごめんね汗汗)
そう思ったら、なんで自分別に仲良くもない人の一挙手一投足に振り回されてるみたいになってるんだろう、とその人との関係がアホらしく思えるようになってきました。
バイト先には、私を慕ってくれる後輩、同期、大好きな店長、たくさんの「いいひと」がいます。
なんで自分にとって「いいひと」とは言えなくなってきた先輩に心を消費しているんだろう。そう考えるようになってきました。
それに伴うかのように、彼女の態度はひどくなってきたように感じてきました。(そこはさっすがに思い込みだと思うけどね!)
私が洗い物をしていると、横の汚い水がたまったところにスプーンを雑に入れてきて水を飛ばしてきたり、私が「後ろ通ります」といっても、避けなかったり、私がごみ袋交換していると、すんごい音を立ててそこにごみを投げ込んできたり、、、、感じが悪いか悪くないかギリギリの所みたいなことを、いろいろされましたなぁ、思い返せば。
さすがにわたしも気分が悪くなる日もありました。
でもここで一度冷静になれと思うわけです。
これを仲の良い友達や後輩が偶然、1回、2回やってきたところで私は腹を立てるのかと。
スプーンやフォークを水に漬けるために投げ入れることなど、その先輩だけがやっていることじゃないし、ごみ箱にドカーーンとモノを投げ入れることなんて皆さんもやったことありますよね知らんけど。
忙しいときなら、避けられないときだってあるかもしれない。それにその時はわざわざその人がいるところなんか通らず、回り道して、別のところから行けばいいですもんね。
悪意があるように見えるのは自分の心に問題があるから?
先輩にされてきたことも、私からすれば、友達や後輩なら冗談めかして笑いに変えて終われるようなしょうもないことです。
それを、ノートにここまで鮮明に書けるほど、詳しく覚えて、悪意があるのでは、ともやもやしているのは、私が、もうその先輩をそういう悪意ある存在と捉えてしまっているからではないのか、と。
確かに先輩のことを「悪意ある存在」と捉えてしまってからは、先輩のそういう行動だけでなく、会話内容まで、すべてに悪意を感じるようになってきてしまっていました。これは私の心の問題だと、自分よくないなーと思っていたわけです。
む「今日雷すごかったけど部活で走ってきたんですよ」
先「えー打たれたら面白かったのに」
いやこれはさすがにちょっと悪意あるくね笑笑しかも絶望的に面白くない笑
まあ友達に言われたらむしろ冗談なので面白おかしく返せるけど、そんな仲良くない人に言われたら気分悪いか、これさすがに私の心の問題だけじゃないよな。
とも感じるようにもなってきました。この時点ではどっちが悪いというより、自分っておかしくないよな…?と不安になってました。
最近のこと
とりあえず、このままいくと自分の心の捉え方に問題があるなし置いといて、先輩のことがさすがに生理的に無理になりそうなので、一旦店長に相談してシフトをずらしてもらうことにしました。(ほぼ今決めました)
これできっと万事解決です。(うむ)
私は自分で自分をメンタル強いと思っていたんですが、こんな小さなことで悩んで自分をすり減らすなんてまだまだ弱いな、と思いました。
人生の先輩方、私はこれでよかったのでしょうか?
いまだに自分の思考が最善だったのか考えますが、まあわざわざ自分をいろんな意味で苦しめるような人とかかわろうとしなくていいよなと、結論が出たわけです。対戦ありがとうございました。
人間ってむずかしい
私は最初、人間は性善説で成り立っていると言いました。
これは揺るぎません。人間は生まれたときから悪なる存在などいないと思っています。
私の記憶に残っている言葉で「人間はホースみたいなもの」という言葉があります。誰の言葉かも分からず、正確な引用ができないので、間違っていたらどなたか教えて欲しいのですが、
人間をホースに例えると、赤ん坊の頃など、最初はきれいな澄んだ水が出る。
けど、嫉妬や負の感情、悪意に囚われてくると、すなわち手入れを怠ると泥水や汚い水が出てくるようになってしまう。
だから、自分の感情をコントロールし、自身の心を定期的に見つめなおして素直に正直に生きないといけないなと私は解釈しました。
あと有名な言い回しで、実際人間は口から肛門まで消化管という一つの管でつながってて、どんなおいしい食べ物も最終的には排泄物として出てくるし、消化管の内部は体内にありながらも外部世界とつながっているというのもありますよね。おっとこれは関係あるようで全く関係ないか
上の言葉も踏まえつつ、皆さんに何が言いたいかというと、善(と思っている)存在に対し、自身の心(ホース)を負の感情で埋め尽くして接してしまうと、その存在ですら自分の中で完全悪に変わる可能性を秘めているということです。
たしかに今回の先輩は、例外として、客観的に見ても悪意ある行動、あるいは心から私に対して悪意を持って接していたかもしれません。その真偽はわからないし、悪意はなかったと思いたい。
まあでもそれって考えれば考えるほど私の人生にどうでもいい時間を増やしていますよね。
彼女が悪意がなかったとして、私が勝手に悪意を感じて、心をすり減らすのは損だと私は結論付けたわけです。
たとえ彼女が悪意をもって私に接してきていたとして、それに腹を立て同じ土俵に降りて彼女に悪意を投げ返すのはなおさら私にとって不利益しかありません。だってどっちも心が荒むだけなんだから。
今回の出来事はほんの一例ですが、皆さんも職場で、学校で、あるいは近所づきあいなど、様々なところで、人から悪意を感じることがあると思います。
その時に一度立ち止まって考えてみて欲しいのです。
この人はなぜ、私にこのように接してきているのだろう。私がこの人に真正面から向き合って、場合によっては傷つくことに意味はあるのだろうか。
意味がないと感じたら、それ以上考えるのをやめて、私のように、周囲の人を頼ったり、その環境から一度離れてみたりしてください。
案外自分でその人に悪のバイアスをかけてしまっていただけの場合もあります。
もちろんほんとにただただ悪意をぶつけてくるだけのしょうもない人間もいます。
だから私は、すべての場合で自分が悪いかも、と自分を責めろと言っているわけではなく、ただ自分がこれ以上損をしないための身の振り方を提案しているのです。
なんか長い話やったねぇ
人間って、私みたいに、一度こうかも、と思うとそうとしか考えられなくなる時があると思うんですよね。
そんな時こそ一度立ち止まって考えてみて、その先の行動を冷静に決めると、よりよい人との接し方が浮かんでくることもあるかもしれません。
20歳男の小さな気づきです。
結構頑張って書いたので少しでも共感できるところあれば気軽にスキしてください。みなさんの考えも聞きたいです。いつもありがとうございます。
