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ロレックスが欲しかった。でも私は最後まで買えなかった。

正規店を回り続けた2年間で気づいたこと。

「いつかはロレックス。」

時計が好きな人なら、一度はそう思ったことがあるかもしれない。

私もその一人だった。

昔から時計は好きだったけれど、最初からロレックスに憧れていたわけではない。

セイコーも好きだったし、シチズンも好きだった。

休日はG-SHOCKを着けていたし、正直なところ、時間が分かれば十分だと思っていた。

それなのに、気が付けば毎日のようにロレックスのことを考えていた。

今振り返ると不思議だ。

なぜあんなに欲しかったのだろう。



最初はただの腕時計だと思っていた

最初にロレックスを意識したのは、知人の腕だった。

特別派手な人ではない。

むしろ服装もシンプルで、無地のシャツにデニムという格好が多かった。

でも、その人の腕にはエクスプローラーが着いていた。

当時の私は時計の知識もほとんどなかった。

だから最初は、

「高そうな時計だな」

くらいにしか思わなかった。

ところが不思議なことに、その人を見るたびに時計が気になる。

ギラギラしているわけでもない。

宝石が付いているわけでもない。

なのに妙に格好良く見える。

後から思えば、その時計ではなく、その人の雰囲気に惹かれていたのかもしれない。

ロレックスを着けているから格好良いのではなく、自然に着けこなしている姿が格好良かった。

でも当時の私は、

「ロレックスだから格好良いんだ」

と思っていた。


正規店に行けば買えると思っていた

今考えると本当に甘かった。

欲しいと思った私は、休日に正規店へ向かった。

初めて見るロレックス正規店。

入口には警備員。

高級感のある店内。

少し緊張しながらショーケースを見た。

しかし。

欲しかったモデルはなかった。

いや、欲しかったモデルだけではない。

人気モデルはほとんど並んでいなかった。

店員さんに聞いてみた。

すると笑顔で言われた。

「現在ご案内できる在庫はございません。」

その瞬間、

「え?」

と思った。

だって時計だ。

欲しいなら買えると思うじゃないか。

家電だって車だって、待てば買える。

でもロレックスは違った。

欲しい人が多すぎる。

供給が少ない。

正規店へ行っても買えない。

その日初めて知った。

ロレックスには「買う努力」が必要なのだと。


買えないほど欲しくなる不思議

それからだった。

毎日のようにロレックスを調べるようになった。

デイトジャスト。

エクスプローラー。

サブマリーナー。

GMTマスターⅡ。

それまで興味もなかったモデル名を覚えていく。

YouTubeを見る。

SNSを見る。

中古価格を見る。

正規店の入荷情報を見る。

まだ一本も持っていないのに、気付けば周囲の誰より詳しくなっていた。

人間は不思議だ。

手に入らないものほど欲しくなる。

街でロレックスを見かけるたびに目が行く。

電車で隣に座った人の腕を見る。

カフェでも見る。

空港でも見る。

以前は全く気にならなかったのに。

世界中がロレックスだらけになった気がした。

でも実際には違う。

変わったのは世界ではなく、自分だった。

ロレックスを探している自分がいた。

そしてその頃から、少しずつ気付き始めていた。

自分は本当に時計が欲しいのだろうか。

それとも、ロレックスという存在に憧れているだけなのだろうか。

気付けば時計ではなく、「ロレックス」が欲しくなっていた

ある日、自分に問いかけてみた。

「なぜロレックスが欲しいんだろう?」

時間を見るためなら、今持っている時計で十分だった。

精度だって困っていない。

仕事にも支障はない。

それなのに欲しい。

なぜなのか。

考えてみると、理由は一つではなかった。

まず、ロレックスには不思議な安心感がある。

時計に詳しくない人でも知っている。

海外でも通じる。

親世代も知っている。

取引先も知っている。

つまり説明がいらない。

セイコーの魅力を語るには少し説明が必要だ。

グランドセイコーの凄さも、時計に興味がない人にはなかなか伝わらない。

でもロレックスは違う。

腕に着けた瞬間に伝わる。

良くも悪くも、それがロレックスだった。


そしてもう一つ。

認めたくなかったけれど、見栄もあった。

SNSを開けばロレックス。

YouTubeを見ればロレックス。

時計系インフルエンサーもロレックス。

資産価値の話もロレックス。

気付けば、

「ロレックスを持っている人」

が成功者に見えるようになっていた。

もちろん実際はそんなことはない。

ロレックスを持っていても悩みはあるし、普通に働いている人もたくさんいる。

でも人はイメージに影響される。

私も例外ではなかった。


ある時、街中でロレックスを着けた男性を見かけた。

高級そうなスーツ。

綺麗な革靴。

落ち着いた雰囲気。

私は思った。

「やっぱりロレックスって格好いいな。」

でもよく考えると違った。

格好良かったのはロレックスではない。

その人自身だった。

もし同じ人がセイコーを着けていても、きっと格好良かったと思う。

その事実に気付いた時、少しだけ冷静になれた。


買えなかったからこそ見えてきたもの

ロレックスを探し始めてから、気付けば2年近くが経っていた。

何度も正規店へ行った。

何度も中古店へ行った。

価格表も何度見たか分からない。

でも結局、私は買わなかった。

いや、買えなかったと言った方が正しいかもしれない。

正規店では出会えない。

中古市場は高騰している。

プレミア価格には抵抗がある。

そうしているうちに、少しずつ考え方が変わっていった。


昔の私は、

「ロレックスを持てば満足できる」

と思っていた。

でも実際は違う。

ロレックスを買った人の話を聞くと、

次はデイトナ。

次はGMT。

次は金無垢。

そんな話も少なくない。

つまり時計を買えば終わりではない。

欲しい物が変わるだけだ。

人間の欲望は終わらない。


そこで初めて、自分が本当に好きな時計を見直し始めた。

セイコー。

オリエント。

チューダー。

ハミルトン。

昔は見向きもしなかった時計たち。

改めて見ると魅力的だった。

価格ではなくデザイン。

知名度ではなく使いやすさ。

資産価値ではなく自分の好み。

そんな視点で時計を見るようになった。


最近、「N級品を見る人」の気持ちも少し分かる

ここは誤解してほしくない。

本物と同じではない。

価値も違う。

所有する意味も違う。

その前提で。

最近、「N級品」という言葉を見かけることが増えた。

最初は不思議だった。

なぜそんなに話題になるのだろう。

でも今なら少しだけ分かる。


ロレックスの人気モデルは簡単には買えない。

正規店でも出会えない。

中古価格も高い。

数年前の価格を知っている人ほど、今の相場に驚く。

そんな状況の中で、

「まずは雰囲気だけでも楽しみたい」

と思う人が出てくるのは自然な流れなのかもしれない。


もちろん価値観は人それぞれだ。

本物にこだわる人もいる。

コレクションとして楽しむ人もいる。

ファッションとして楽しむ人もいる。

どれが正しいという話ではない。

ただ一つ言えるのは、

ロレックスというブランドがそれだけ多くの人を惹きつけているということだ。


今の私は、以前とは少し違う

今でもロレックスは好きだ。

今でも欲しい。

もし正規店で出会えたら嬉しいと思う。

でも昔ほど執着はしていない。


なぜなら最近気付いたからだ。

本当に憧れていたのは、

「ロレックスを持つこと」

ではなく、

「好きな時計を自然に楽しんでいる人」

だったのだと。


休日のカフェ。

友人との食事。

旅行先の街歩き。

そんな何気ない時間に、自分の好きな時計を着けている。

誰かに見せるためではない。

資産価値のためでもない。

ただ好きだから着けている。

今はそんな人たちが一番格好良く見える。


ロレックスが買えない人はたくさんいる。

私もその一人だった。

でも振り返ると、買えなかった時間そのものが一番多くのことを教えてくれた気がする。

だから今でも思う。

ロレックスは欲しい。

だけどそれ以上に、

自分が本当に好きだと思える一本を楽しめる人でいたい。

ロレックスを買った日より、今の方が時計を楽しめている

少し前までの私は、

時計を見るたびに価格を調べていた。

相場が上がった。

定価が上がった。

プレ値が下がった。

そんな情報ばかり追いかけていた。

でも最近は違う。


朝起きる。

その日の服を選ぶ。

白シャツの日もあれば、

Tシャツの日もある。

革靴の日もあれば、

スニーカーの日もある。

そして最後に時計を選ぶ。

その瞬間が意外と楽しい。


昔は、

「ロレックスを持てば完成する」

と思っていた。

でも実際は違った。

時計はゴールではない。

生活の一部だった。


休日にカフェへ行く。

友人とご飯を食べる。

旅行先を歩く。

そんな何気ない時間の中で、

ふと腕を見る。

その時に気分が上がるかどうか。

今はそれだけで十分だと思っている。


時計好きの人と話していて面白いのは、

最後に残る時計が意外と違うことだ。

何本も高級時計を買った人が、

最終的にセイコーばかり着けていたりする。

逆に、

一本だけロレックスを持っていて何十年も大切に使う人もいる。

正解はない。


ただ一つだけ思う。

ロレックスが好きな人も、

セイコーが好きな人も、

チューダーが好きな人も、

本当は時計そのものより、

その時計を着けて過ごした時間が好きなのだと思う。


初めてボーナスで買った時計。

就職祝いでもらった時計。

結婚記念日に買った時計。

旅先で衝動買いした時計。

そういう思い出の方が、

ブランド名よりずっと長く残る。


だから今でもロレックスは欲しい。

それは変わらない。

でも以前のように、

「持っていない自分はダメだ」

とは思わなくなった。


ロレックスを買えた人もいる。

買えなかった人もいる。

N級品を見てみようと思った人もいる。

価値観はそれぞれだ。


ただ、

腕時計が好きという気持ちは、

たぶんみんな同じだと思う。

そして私は最近、

ロレックスを追いかけていた頃より、

今の方がずっと時計を楽しめている。

そう感じている。


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