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従軍慰安婦問題の本質(12)-この問題を認めない立場が日本の「名誉回復」になるのか?-

 1 本稿「従軍慰安婦問題の本質(12)」という主題につづけてかかげた副題は,当初「『幼稚と傲慢の首相』安倍晋三が『慰安婦問題』をめぐり,これを否定することが〈日本の名誉・威信〉回復になると,虚説を打ち出したその『二面相』ぶり」という長い文であった。

 a) すなわち,安倍晋三は第1次政権のとき(2006年9月26日から2007年9月26日),2007年4月26日から初めてアメリカを訪問し,ワシントン郊外のキャンプデービッド山荘で,ブッシュ(息子)大統領と日米首脳会談をおこなったそのなかで従軍慰安婦問題が話題になったとき,なぜか「『アメリカのこの大統領に対して』謝罪の気持ちを表わしていた」。

アメリカに向けてはこのようにひとまず告白していた安倍晋三

 ところが,この安倍晋三の発言はアメリカ(宗主国)の大統領のために,いわば忖度して無理やりに我慢しながら吐いた言葉であった。それゆえけっして本心にしたがい語った文句ではなかった。

 その点は,安倍晋三は第2次政権になると(2012年12月26日から2020年9月16日),2014年夏から朝日新聞社に向かって攻撃しだす材料にした「この従軍慰安婦問題そのもの」に関して,こんどはその立場を一転させ,まっこうから否定する「歴史感」を強烈に前面に打ち出し,しかも必死になって権力濫用をともなった猛攻撃を,同社にくわえた事実からも明白であった。

 その後,当時衆議院議員であった辻元清美は,質問主意書「慰安婦問題についての安倍首相とブッシュ前大統領との会談に関する質問主意書」(2013年5月8日)を提出していた。これに対する「答弁書」ととともに,その関連資料の住所を以下に付記しておくので,興味ある人はこちらを参照してほしい。ここでは,辻元のホームページからこの2点を紹介している。

  「質問主意書」 https://www.kiyomi.gr.jp/info/2760/

  「答弁書」 https://www.kiyomi.gr.jp/info/2760/2/

 b) さて,従軍慰安婦問題をめぐっては,『朝鮮人慰安婦と日本人-元下関労報動員部長の手記-』新人物往来社,1977年,および『私の戦争犯罪』三一書房,1983年という本の著者である吉田清治という人物がいて,戦時体制期において吉田自身が朝鮮人女性を駆り出す担当者になっていたという「事実捏造の履歴を」「詳細に記述する」という,一見,非常に奇妙な出来事が,その後当人が自白した結果,判明した。

 そうなると,安倍晋三が2014年夏から従軍慰安婦問題を具材にして朝日新聞社を猛攻撃するさい,とりわけこの吉田清治の証言(語り)が虚偽のデッチ上げであった点を,まるで従軍慰安婦問題という「歴史の事実」の全部がそっくり否定できる証拠になると,それも「勘違いではなく意図的に悪用した」安倍晋三は,ともかく『朝日新聞』そのものを廃刊にしたいかの勢いをつけて攻撃しだした。

 しかし,吉田清治のその虚偽に関しては,『朝日新聞』だけでなく大手他紙も全社が同じ内容の報道していたから,なにも朝日新聞社だけが結果として間違えた報道したのではなかった。けれども,ともかく安倍晋三は憎っくきこの朝日をぶっ潰してやるんだと猛烈な鼻息を吹き出しての行動に出た。

 ただし,その吉田清治による「朝鮮人女性の従軍慰安婦」「強制連行」物語の創作話に〈日本の名誉〉を短絡させえた安倍晋三の浅薄さは,ともかく従軍慰安婦問題は否定し,そのなにもかも無にさせておきたかった欲望に淵源していたのだが,

 安倍のそのもくろみによってこの問題が戦時体制史,とくに日中戦争開始後に明確な動向として旧日本軍内に整備・普及していった従軍慰安婦「制度」は,たとえ朝日新聞社に一定の打撃を与えうる攻勢を成就させえていたとはいえ,けっして歴史のなかから取り出してどこかに捨て去ることなど,とうていできない相談であった。

 要するに,歴史の上に明確に記録されてきた慰安婦問題であっても,否定する方向でしか「認められない(?)」のが,安倍晋三の立場:イデオロギーもどきの考え方であった。だが,それ以上に確たる「自国独自の歴史観」をもちあわせない彼の観念世界から,この問題を放逐できたつもりになれても,依然「従軍慰安婦問題」という歴史問題が消えてなくなることはありえない。

 c) 第2次大戦終結寸前に日本に対して原爆2発が投下されたが,日本・日本人はその事実を認めたくないと思っているアメリカ人がいないのではない点を,はたして許せるか?

 あの戦争末期に1945年3月からとなったが,一般市民(民間人)殺戮のためだったとみなしていい,B29の編隊による日本全国・各地に対する空襲作戦の事実史に関して,これを当然であるといいはるアメリカ人の態度を許せるか?

 しかも,太平洋(大東亜)戦争を日本帝国が始める日,真珠湾奇襲攻撃を実行する空母搭載の艦載機全体の隊長であった源田 実は,敗戦後になってからだが,戦争末期に一般市民の殺戮作戦にならざるをえない戦略を立てこれを実行した敵国のカーティス・ルメイに対して,日本の高位の勲章を授賞させる斡旋をした。逆には源田もアメリカ側から勲章をもらっていたとなれば,

 まさに,米日軍事の間柄(としてのルメイと源田のエール交換関係)にかぎっては「一将功なりて万骨枯る」の,まさに国際版が,彼らの身勝手な「勲章交換ゴッコ」として,敗戦後史のなかで実演されていたことになる。東京都の場合となれば10万人もの死者を強いられた日本側の市民は,これではたまったものではない。それこそ怒り心頭に発するような軍人たちのやりたい放題,手前勝手なエール交換であって,いい気なものである。

 東京下町大空襲の体験を少年時代にさせられた早乙女勝元(1932年3月26日-2022年5月10日)は,その戦争体験そのものを人生を生きていくうえで,いわば基盤:原点に据えるほかない進路を取った人物である。その点を「AI」に問い答えさせると,つぎのように解答してきた。

 1945年3月10日の東京大空襲を13歳で体験し,生涯にわたってその惨禍と反戦平和を訴え続けた作家・早乙女勝元氏が,もっとも伝えたかったことは以下の点に集約される。

 イ)「戦争は二度と繰り返してはならない」という強烈な反戦の願い

 空襲で家族や友人を失った経験から,戦争がいかに多くの「無辜(むこ)の命」を奪い,日常を破壊するかを訴えつづけした。

 ロ) 民間人犠牲者に目を向け,東京大空襲の真実を「記録・継承」する

 軍人だけでなく,一般住民が犠牲になった民間人無差別爆撃の実相を伝えるため,70年以上にわたり資料収集(「東京大空襲・戦災資料センター」の設立・運営)に人生を捧げた。

 ハ) 「戦争体験」を次の世代へ引き継ぐ(命のバトンタッチ)

 戦争体験者の高齢化が進むなか,若者たちに平和の尊さを伝え,「平和はまぶしい」という意識を繋ぐことを重要視していた。

 早乙女は,東京大空襲を「核並みの被害だった」と表現し,戦争の惨禍をただの過去の出来事ではなく,現代のウクライナ侵攻や憲法改正の議論などと結びつけ,「いまこそ平和を考えるべき」と訴えつづけた。

早乙女勝元の一生を決定づけた大事件が「3月10日の東京下町大空襲」の実体験

 だが,どうだろう。従軍慰安婦の問題は当事者にとってみれば,空襲のような戦争関連の被害とは違い,世の中に訴え出ることすらが憚れた「彼女らの記憶史」であったから,この問題がようやく世間のなかで少しずつ浮上させうるようになったのは,1990年以降であった。

 1990年といったら第2次大戦が終わって45年である。1945年に20歳だった人が65歳になる。かつて従軍慰安婦として駆り出され,ひどい場合だと極端な事例だが,1日に100人以上の男の相手をさせられたといった「人殺しも同然」の,性奴隷労働を強制されてきた朝鮮人女性たちなどの人生体験は,とうとう当事者が名乗り出ることによって,その事実すら否定しようとしてきた日本・人側の「沈黙」は逆否定された。

 d)「本稿・連続モノ」の記述中では「本稿(8)」からなんどか取りあげた曽根一夫『元下級兵士が体験見聞した従軍慰安婦』白石書店,1993年(この発行年に留意したい)は,当人も実際に利用してきた「国営慰安所」利用の記憶を明述していた。あの戦争の時代(戦時体制期:1937-1945年)において兵役に就き,中国戦線などに派兵された日本人男子のうち,従軍慰安婦が随伴していなかった戦地は,ほとんどなかった。

 その慰安所で慰安婦に接することをしなかった兵士たちが少数派として,実際に存在していなかったわけではない。しかし,通常はみな利用した。前段の曽根一夫も,初めは率先してはいく気がしなかった慰安所であったが,戦友たちとの仲間つきあいの雰囲気を悪くさせたくないという気持ちになってからは,軍隊内の「女郎買い」をけっこう自然に重ねてするようになったと正直に語っている。

 曽根一夫は別著『南京虐殺と戦争』泰流社,1988年に書いた内容になると,いわゆる「三光作戦」を前線でになう役目を果たした自分たちの立場についてもありままに,その「奪い,殺し,犯す行為」について記述している。いまだに日本側では「南京虐殺」はなかったと,平然と否定できるユーチューバーもいる。

 けれども,このような否定論がまさに「黒を白といいぬける言説」であるほかない事実は,曽根一夫は特別に力むこともなしに淡々とありのままに語っているだけに,かえって直截に伝わってくる臨場感があった。換言するにその実態を異様なまでごく自然に説明している。この指摘は,当該問題の「善悪に関する判断以前の観察」として付言しておきたいことがらとなる。

 

 2 安倍晋三は,『朝日新聞』〔だけではなく他紙も同様に報道していたが〕による「慰安婦」誤報問題を最大限に使い,朝日新聞社のすべてを破壊したかったその欲情的な盲動ぶりだけはピカイチであったとはいえ,そうしたところで,歴史問題である従軍慰安婦問題が抹消できていない。

 ここでさきに「本稿(11)」の要点を列記しておく。

 要点・ 従軍慰安婦問題を自国の汚点である「歴史の事実」として認めていたからこそ,これを必死になって否定し,隠蔽したがった安倍晋三

 要点・ 朝日新聞社に対してだが,従軍慰安婦問題に関する「吉田清治の本2冊」(前掲のその2冊)から発していた問題を手がかりに猛攻をしかけた安倍晋三は,権力の濫用によってことを優勢に展開できたとはいえ,従軍慰安婦問題の存在じたいに関しては,かつて自分自身も間違いなく認定済みであった,というお粗末な経緯が記録されていた

 要点・ それゆえ,つぎの甲と乙にそれぞれに登場する安倍の姿は,自己矛盾・自家撞着の好例・見本であった,一方の「甲のアベ」の面相と他方の「乙のアベ」の面相とは,彼の政治屋として二面相(ヤーヌス)をありのままに表現していた 

【甲】 安倍晋三が「慰安婦問題で首相『謝罪の意』,米大統領〔ブッシュ〕は受け入れを表明 - 米国」『AFP BB News』2007年4月28日 1:13,https://www.afpbb.com/articles/-/2217454 という発言を確認しておく必要があった。

 以前,アメリカのブッシュ(息子)大統領に向かい,じかにそう語っていた記録は,安倍自身にとってきわめて都合が悪かった。

 というのは,安倍晋三はさらにそれ以前に,NHKが従軍慰安婦問題「特番」の放送を準備し,これを放送する予定にしていた直前に,中川昭一とともにNHKに圧力をかけて妨害を入れ,その内容を変更させていたからである。

【乙】 永田浩三『NHKと政治権力-番組改変事件当事者の証言-』岩波書店,2014年8月は,つぎのごとき宣伝の謳い文句で発売されていた。公共放送であるらしいNHKの,いかにも国営放送らしい対応に注目したい。

 政権党の有力政治家が2001年にNHK最高幹部に「圧力」をかけることで,慰安婦問題を扱った「ETV2001」の内容がいちじるしく改変された。担当プロデューサーによる苦渋に満ちた証言は,この事件の全過程を照らし出し,放送現場で戦時性暴力をどう取り上げるべきかであったかを問いかける。公共放送NHKによる政権党への癒着を厳しく批判する 

アメリカ大統領に対してならば従軍慰安婦問題が歴史的に実在した点をすなおに認め
なおかつこの第3国の場所に陣どったブッシュ(息子)に対して
安倍晋三はその非を認める発言をすなおに吐いた


  ▲「安倍晋三君自身の立場に顕著であった二面相の矛盾」▲

 安倍晋三が当時,ブッシュに対して告白したと(前段のように)報道された話題については直後に,日本のネット記事が,たとえば「安倍首相『慰安婦への強制性』認めた? 英訳記事は誤報なのか」『J-CASTニュース』2007年05月02日19時52分,https://www.j-cast.com/2007/05/02007365.html などと,疑念を抱く理解をもって報じていた。

 以下にこの記事から引用しておく。

 --安倍晋三首相は米ブッシュ大統領と面会し,旧日本軍のいわゆる「従軍慰安婦」についてあらためて謝罪した。日本政府に謝罪を求める決議案が米下院に提案されたことに,安倍首相が「強制性はなかった」などと発言し,米メディアの報道が過熱していた。

 今回〔当時〕,安倍首相が謝罪して,米メディアの批判的報道は沈静化したかにもみえる。しかし,米メディアに安倍首相がインタビューで「慰安婦の強制性に責任がある」と発言したかのような英訳記事が掲載され,「従軍慰安婦=旧日本軍の強制」,つまり女性を「強制連行」して売春を強要した,と解釈されるのではないかと心配される状況だ。

 安倍首相は2007年4月27日,ブッシュ大統領とワシントン近郊のキャンプデービッドで会談し,「人間として首相として心から同情する。慰安婦の方々がそういう状況になったことに対して申しわけない思いだ」と従軍慰安婦について謝罪を表明。大統領もこれを受け入れる,とした。しかし,この安倍首相の謝罪をめぐっては,「誤訳」とも思える「謝罪」が海外メディアによって報道されている。

 補記)このネット記事は「日本側の解釈」としての〈心配や懸念〉を前面にかかげる論調になっていた。はたして,「申しわけない思い」という表現の含意に「謝罪」の意味はありえないとでもいいたかったのか? たいそう不可解な日本側の独自解釈が披露されていた。

 「謝罪」という語彙が「申しわけない思い」といった表現と,いったいどのように異同があるのか,分かりにくい解釈が語られていた。ということなので,以下にさらに『J-CASTニュース』の引用をつづける。

 --〔2007年〕4月27日のBBC(インターナショナル)は安倍首相の発言について, 「きわめて痛ましい状況に慰安婦の方々が強制的に置かれたことについて大変申しわけなく思う( I feel deeply sorry that they were forced to be placed in such extremely painful situations. )」と英訳して報じている。  

 この「強制された(forced)」という言葉は,日本メディアは総じて報道しておらず,安倍首相の発言を英訳するさいの「誤訳」の可能性も十分にある。しかし,この「強制」という言葉がこのように報じられるのは,海外メディアでは今回に限ったことではないようだ。

 今回の訪米に先立って安倍首相のインタビュー記事を掲載した米週刊誌『ニューズウィーク』〔2007年〕4月30日号は,安倍首相の発言をつぎのように紹介している。

 「私たちは,戦時下の環境において,従軍慰安婦として苦難や苦痛を受けることを強制された方々に責任を感じている( We feel responsible for having forced these women to go through that hardship and pain as comfort women under the circumstances at the time. )」

  ▲「いったん罪を認めたら,終わりであった」はずである
       という脅迫概念 ▼ 


 安倍首相は当初,「狭義の意味では強制ではなかった」として,旧日本軍が組織的かつ強制的に従軍慰安婦を連行したとの見方を否定していたが,この英訳をみるかぎり「狭義の意味での強制」さえも認め,1993年に日本政府が出した「河野談話」以上の謝罪をおこなったと解釈されてしまう危険がある。

 補記)ここでの議論「狭義か広義か」をめぐる概念規定の問題は,従軍慰安婦を歴史の問題としてあつかう場合,意味がない。広義なら認めるが,教義には認めないとするこの問題に対する接近ないしは処理の方法は,ある識者が途中から登場させていた。この便法的な論理の運び方じたいが,問題外のそれも意図された脱線論法であった。

〔記事・本文に戻る→〕 NHKディレクター出身で現在(当時),上武大学大学院教授を務める池田信夫は『ニューズウィーク』の記事に「強制」という言葉が入っていることを先んじて自身のブログで指摘。「これで日本政府は『有罪』を自白したことになる」としたうえで,さらにこう述べていた。

 「これは痴漢の疑いで逮捕された容疑者が,『正直に認めないと家に帰れないぞ』と脅されて『自白』したようなものだ。いったん罪を認めたら,終わりである。植草一秀被告のように,あとになっていくら『やってない』と主張して,大がかりな弁護団を組んでも無駄だ。世界史にも『日本軍が20万人の女性に性奴隷を強要した』という,とんでもない『史実』が残ることになるだろう」。

 補記)池田信夫はもともと,安倍晋三寄りにしか聞こえない発言が多い人士であった。従軍慰安婦問題について最初から,有罪だとか自白だとかいったコトバを充てて議論しようとする志向(嗜好)そのものが,この “議論を始める前からきちんと偏倚していた” この池田の立場・イデオロギーを,正直に告知していた。さらに,植草一秀への言及は枝葉末節どころか,そもそも,蛇足ともいいえない,余計の余計だとでもいうべき雑な言及であった。

 2) 山本健太郎「〈主要記事の要旨〉従軍慰安婦問題の経緯-河野談話をめぐる動きを中心に-」『レファレンス』国立国会図書館,第752号,2013年9月3日,
 ⇒ https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I024893798
 
 この論稿は,従軍慰安婦問題の日本における騒がれ方を,冷静になって整理しつつ吟味をくわえている。できれば直接読んでほしい記述内容なので,ここでは前段に,リンク(住所)も案内してある。

 ただし,この論稿が最後(本文・末尾)で,橋下 徹の発言を借りだす便法でまとめようとした意図はいただけない。はっきりいって,その段落のみは完全に醜悪かつ反理性の筆法になっていた。つまり,不要の付け足しであった。

 かつて,NHKに対して安倍晋三や中川昭一が圧力をかけ,従軍慰安婦に関する特集番組の内容を変更させた(一部を削除させその部分の放送を妨害した)事件が発生した時代まで出来した経緯,この問題の背景・概要をしっておく必要があるので,「従軍慰安婦問題に関する年表」として以下の一例を紹介しておきたい。

 ⇒『日本軍「慰安婦」問題解決運動関連年表』(2023年10月1日,更新 2023年12月5日),https://fightforjustice.info/?p=13160
 

 3「国際社会における日本の名誉とは」?

 昨晩〔ここでは,2014年9月11日であった〕に視聴していたあるテレビ・ニュースのなかで,突然,安倍晋三の発言をそのまま直接伝える映像が流れていた。このニュースについては,今日〔2014年9月12日〕の『日本経済新聞』朝刊「政治」4面が,その発言をベタ記事で紹介していた。

 「日本の名誉が傷つけられた-朝日新聞報道で首相-」という見出しで,安倍晋三が自分の価値観で「日本の名誉」に,つぎのように語ったと言及していた。

 安倍晋三首相は〔2014年9月〕11日のラジオ番組で,朝日新聞による従軍慰安婦をめぐる一連の報道について「慰安婦問題の誤報によって多くの人が苦しみ,国際社会で日本の名誉が傷つけられたことは事実だ」と語った。そのうえで「報道は国内外に大きな影響を与える。正確で信用性の高い報道が常に求められている」との認識を示した。

安倍晋三のいいぶん

 この記事は『日本経済新聞』2014年9月12日朝刊が報道したものであったが,本ブログ筆者がテレビ番組の放送で視聴できた範囲内では,安倍晋三は同時にまた,「報道機関がどのように報道するかはその社が独自におこなうことではあるが……」というふうに,いちおう断わっていたことも,公平を期すために申しそえておく。

 以上のごとき報道は,『朝日新聞』が以前,吉田清治の創作物語--著書として『朝鮮人慰安婦と日本人-元下関労報動員部長の手記-』新人物往来社,1977年,『私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行-』明石書店,1983年--にもとづく「朝鮮人慰安婦の強制的な狩りだし」「従軍慰安婦問題の歴史的事実」に関する報道で誤報を犯したとされる点について,これを安倍晋三が批判して述べた見解(コメント)であった。

 しかし,吉田清治が〔以下はむろん筆者の観方・解釈でもあるが〕,ほかに存在した〔かのような人物であった〕「下関労報動員部長(?)」などから,朝鮮人従軍慰安婦に関するくわしい関連事情を聞き出して,前段の2著を執筆したと推理する。それが筆者の受けとめ方である。

 なぜなら,吉田が書いた朝鮮人女性の従軍慰安婦への狩りだしを描いた歴史模様は,慰安婦問題で数多く公表・公刊されてきている資料・文献において実証されている構図そのものであったからである。この理解は不思議でもなんでもない。吉田がフィクションとして書いたその材料(ノン・フィクションの史料)がどこかにあったはずであり,それを相当にくわしく触れえたうえで創作の素材に利用したのはなかいかと,本ブログの筆者は推測している。

 なお,この推理に疑いをもつ人は,吉田の著作とほかにたくさんある「従軍慰安婦」問題の関連文献などから何冊はひもとき,相互の比較対照の作業をしてからもう一度,問いかけて(反論なり批判を)ほしいものである。

 安倍晋三のいいぶんはとりわけ,従軍慰安婦問題を否定したい立場(政治的イデオロギー)から,ともかく否定できる部分についてはこれをできるかぎり針小棒大にしておおげさに,そして,慰安婦問題の全体像をその否定観でもってさらに覆い隠すことにのみ熱心であった。

 そうかといって,従軍慰安婦問題は実在していたし,とくにその強制性の問題点はこれを否定することすらできていない。この事実は現代史の研究者が専門的な次元で解明しており,実証的にも確認されている。政治家(「世襲3代目の政治屋」:安倍晋三)のいうことが百%正しいのであれば,この従軍慰安婦問題に関して発言する専門家は要らないという顛末になる。

 にもかかわらず,吉田清治のノン・フィクション化された朝鮮人慰安婦物語の問題,およびこの吉田自身の発言に依拠して誤報をしたという『朝日新聞』の問題性に対して,ともかくなにがなんでも1点集中的に非難・攻撃をくわえ,従軍慰安婦問題の全部までなにもなかったかのように必死に強説した安倍晋三の発言は,不自然を通りこして意図的に過ぎていた。つまり,その意図がみえみえの,つまり「歴史の歪曲・否定をしたいがための観念論の昂揚」でしかありえなかった。

 要は「臭いモノに蓋」であったに過ぎない。

 安倍晋三は2013年1月20日,第2次政権の首相になって登場した直後を見計らって,『新しい国へ 美しい国へ 完全版 』文藝春秋(文春新書)を公刊していた事実からも理解できるように,この日本が「古い国」だった時期における自国の「歴史の記憶」を,それも,従軍慰安婦問題をもって鋤き返されるごとき体験は絶対に許さない,という感性の持ち主であった。

 従軍慰安婦問題そのものが旧日本軍においては,いっさい存在しなかっのであり,こちらが真実だったというのであればともかく,安倍晋三の祖父・父の世代は,日本軍が戦場近くにおいて慰安所を無数設営していて,そのさい,一部・少数の将兵を除けばみな,その女性たちに「性行為の相手」をしてもらってきた歴史の事実を否定できる者は「ありえない」。

 かつて日本軍の将兵たちが,中国の戦場などで「三光作戦(殺しつくし・焼きつくし・奪いつくす行為)」を,日常茶飯事に犯してきたことは否定できない。そしてこれにはさらに,「女性を犯しつくす行為(ときにはついでにしばしば殺していた行為)」も付加しておかねばならない。その関連で従軍慰安婦の存在には特定の意味があった。

 以上の議論については,本ブログが連続して記述したなかで,すでになんどもくわしく議論し,批判してきた。安倍晋三が「日本の名誉(ないし威信)」の問題だからといって気にしたところで,従軍慰安婦の問題は『朝日新聞』の慰安婦問題に関する誤報によって,簡単に帳消しにされうる「歴史の記録」ではなかった。
 

 4 安倍晋三と中川昭一の従軍慰安婦問題否定・抹殺活動

 安倍晋三は自民党で第1次内閣を組閣していた時期,2006年9月26日から2007年9月26日よりだいぶ以前に,仲間の議員中川昭一といっしょにNHKに圧力をかけまくり,従軍慰安婦問題の放映内容を変更させてきた〈実績〉があった。

 補記)『月刊現代』2005年9月号に掲載された記事として,魚住 昭(ジャーナリスト)「巨大メディアは何を誤ったか,『政治介入』の決定的証拠 証言記録を独占入手! NHK vs. 朝日新聞『番組改変』論争-中川昭一,安倍晋三,松尾武元放送総局長はこれでもシラを切るのか-」があった。

 この『月刊現代』2005年9月号のこの記事は,つぎのネット記事として転載されている。リンク(住所)を下記しておく。本ブログ筆者の自宅書庫には,この9月号が処分されずに保存してあったので,引っぱりだしてみた。

 しかし,その後のいま筆者は,この『月刊現代』は処分してしまったので,ネット上を探したところ,この記事全文が転載されていたのをみつけた。ここにその住所を付記しておく。

 魚住 昭稿「巨大メディアは何を誤ったか証言記録を独占入手! NHK vs. 朝日新聞『番組改変』論争『政治介入』の決定的証拠 -中川昭一,安倍晋三,松尾 武元放送総局長はこれでもシラを切るのか」『月刊現代』2005年9月。

 興味をもてる人はぜひとも読んでほしい。月刊誌なりの長い文になる,本格的な記事である。なお,つづく後段においては,この記事から若干の段落だけになるが,「本日におけるこの記述」の文脈なりに引用してある。こちらを読んでもらうだけでも,おおよその大意は汲みとれると思う。

 いまから20年も前すでに,この安倍晋三という政治家は従軍慰安婦問題は「ないものとしておきたい」歴史〈観〉を明確に顕示していた。これは彼なりの一種の「戦後レジームの否定論」(!)であった。

 しかし,そうだとすると同時にまた,「戦前・戦中レジームの肯定論」に(?)もなるゆえ,従軍慰安婦問題は当然(!)その前提のなかに含まれていなければおかしい。そしてなによりも,彼(ら)の立場にとっては,むしろ,認知されていてよかった「戦争中における現実の問題」になりかねないのだから,この問題の理解に関しては,実に奇妙な「彼らなりの言説」が開陳されていたことにもなる。

 以上の指摘は皮肉でもなんでもない。戦時体制期日本における従軍慰安婦問題を否定するにせよ,そうはしないにせよ,そのような論理の運びになっていくほかない。

 安倍晋三なりに保持していた価値観--もっとも彼自身は「まともな歴史観に相当するもの」を,実際のところでは “もちあわせていない” ことに注意したい--に照らしても,本日のこの記述がとりあげた,前掲のごとき「昨日(ここでは2014年9月11日時点)の発言だったが」も,聴いておく余地があった。

 『月刊現代』2005年9月号における当該記事の全文(28頁以下)は,前掲のリンク画像を参照してもらえばいいのだが,ここでは以下にあらためて,魚住 昭の寄稿から若干だけ引用しておく。なお,飛び飛びの引用であり,ごく一部分の参照となる。

 要は「歴史は繰り返されている」ということであった。いま(当時)は2014年9月。NHKの会長(マダラ・ボケのファッショ的な最高幹部〔これは当時の会長籾井勝人のこと〕)や理事数名(安倍晋三応援団)は,安倍晋三の息のかかった人事として実現していた。もはや完全にNHKは「国営放送化」された。 

 今〔2005〕年1月,朝日新聞の報道で明るみに出たNHKの番組改変問題が再燃の兆しをみせている。NHK側は7月13日,番組制作にかかわった幹部らの東京高裁あて陳述書を公表し,「政治的圧力によって改変された事実はない」ことを強調した。

 一方,朝日側もこれまでの取材経過を紙面で再検証し,記事の正当性を主張した。いったいどちらのいいぶんが正しいのか。私はそのナゾを解く大きな手がかりとなる松尾 武・元NHK放送総局長らの「証言記録」を入手した。

 そこには松尾氏らが朝日の取材に語ったことのすべてが記されている。それをお読みになれば,これまでウソをつき,われわれを誑かしてきたのは誰かということがはっきりおわかりになるだろう。そしてNHKという巨大な放送局が抱えこんだ闇の深さにあらためて驚かれるにちがいない。

 この経過で明らかなように「放送中止」の圧力は,右派団体・若手議員の会→NHKの国会担当職員→野島〔直樹〕局長→伊東〔律子〕番制局長・松尾〔武〕総局長の順で伝わっている。

 折からNHKの予算審議の時期だったこともあって,NHK上層部はこれに敏感に反応し,松尾総局長が野島局長とともに「説明」に出向くことになった。松尾氏は〔当時〕安倍官房副長官らの対応で「つけ入るスキを与えてはいけないという緊張感」をもち,「みんなが不安」になって番組改変がおこなわれたことを朝日に認めている。

 (引用終わり,〔 〕内補足は筆者)

 魚住 昭稿『月刊現代』2005年9月

 補記)朝日新聞は安倍晋三にとってみれば「天敵以上の最大の仇敵のひとつ(=言論機関)」である。この新聞社をやっつけることができるならば,やれることはなんでもやる,というのが彼の基本姿勢であった。

 だから,読売新聞や産経新聞,日本経済新聞のほうは,安倍晋三の立場からしたら,ほおずりをしたくなるような新聞社である。ともかく,安倍晋三の「考え」にとってみれば,朝日新聞ほど憎くくてたまらない新聞社はなかった。

 今日〔ここでは2014年9月12日〕の朝日新聞は,「3・11の東日本大震災」時に誘発された原発大事故に関する『吉田調書』(当時の東電福島第1原子力発電所所長吉田昌郎)に関する誤報についても,これを社長みずから謝罪する記事で,何面もが埋められていた。そのころはまさに,安倍晋三にとっては朝日新聞をやりこめる絶好の機会として,好餌の提供をえた気分になっていた。

 しかし,安倍晋三が政治家としていままでかかわり,実際におこなってきた諸行為は,従軍慰安婦問題の歴史的な事実に目をつむって,絶対に「聞きたくない・みたくないとする姿勢」をもって実行されてきた。安倍はただ,この問題を否定するだけでなくて,問題じたいが歴史に存在しなかったのだとまで思いこみ,相手に対して問答無用の姿勢で強硬に発言してきた。

 安倍晋三のその基本的な姿勢というものが,けっして意図的でなかった(?)と受けとめられるとすれば,これは,ひたすら「歴史に対して基本的に必須である感性」を完全に欠落させた「〈幼稚で傲慢〉な態度」の持主であった彼の,歴史問題にかぎらない一般教養「度」の低水準さから発していた問題次元まで示唆していたことになる。

 そうかといって,『河野談話』(1993年)について現政権(安倍晋三などの)が,この文書をよく読んで理解できていたのかどうかはさておき,ともかく〔前段で言及してみた〕吉田清治の関連は明確には触れておらず,特別になにかの意見・指摘は出していなかった。しかし,吉田の関連問題に限ってとなるや,あたかも「鬼の首でもとった」かのように騒ぎたててきたのが,安倍晋三側に着いていた人びとの反応であった。
 

 5 慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 ,1993年

 いずれにせよ,安倍晋三の立場に関しては1993年,つぎのように公表されていた政府側の正式文書(河野内閣官房長官談話)が議論の前提になっていた。

 今次調査の結果,長期に,かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され,数多くの慰安婦が存在したことが認められた。

 慰安所は,当時の軍当局の要請により設営されたものであり,慰安所の設置,管理及び慰安婦の移送については,旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。

 慰安婦の募集については,軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが,その場合も,甘言,強圧による等,本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり,更に,官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。

 また,慰安所における生活は,強制的な状況の下での痛ましいものであった。

 なお,戦地に移送された慰安婦の出身地については,日本を別とすれば,朝鮮半島が大きな比重を占めていたが,当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり,その募集,移送,管理等も,甘言,強圧による等,総じて本人たちの意思に反して行われた。

 いずれにしても,本件は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は,この機会に,改めて,その出身地のいかんを問わず,いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。

 また,そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては,有識者のご意見なども徴しつつ,今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく,むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは,歴史研究,歴史教育を通じて,このような問題を永く記憶にとどめ,同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

 なお,本問題については,本邦において訴訟が提起されており,また,国際的にも関心が寄せられており,政府としても,今後とも,民間の研究を含め,十分に関心を払って参りたい。

 註記)http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

読みやすくするため適宜に改行箇所を増やした


 しかしながら,この河野談話に示された歴史の事実は,まだ控えめの表現に留まっていた。1995〔平成7〕に公刊された吉見義明『従軍慰安婦』(岩波書店)を代表的な論著にして,従軍慰安婦問題に対する歴史実証的な研究・解明は,その後において大幅に進展している。

 その意味でいえば,河野談話の歴史的な意義として評価されるべき内実があった。間違いなくその核心に触れうる見解にまとめてあった点は,強制性の認識についてまだ必須の議論を残していたものの,それなりに評価される戦責理念を含意しえていた。

 ところが,安倍晋三のような自民党極右の政治家は「戦後レジーム」も問題だという決めつけをしたうえで,「そのような河野談話が提出された」のだと反発を示していた。そうだとすると,戦後レジームのもっとも重大な問題でありつづけている在日米軍基地は,安倍晋三の立場(「戦前回帰」の観点)からすると,文句なしにただちに撤去させねばならないはずである。

 だが,こちらの重大な関連の問題について安倍晋三は「実質,なにもいえなかった」。それだけでなく,関係する発言のなにひとつとしてできていなかった。それどころか,集団的自衛権行使を認容する閣議決定をしたあげく,日本軍=自衛隊3軍を,よりいっそう米軍の傭兵部隊であるかのように,しかもアメリカの世界戦略のもとに頤使させられる軍隊にしてしまったのである。

 現状における日本国の軍事事情はそもそも,安倍自身の主張に対して真っ向から矛盾するだけでなく,売国的な行為〔→日本の軍隊を無条件にアメリカ軍の指揮下に差し出すこと〕になってもいる。その意味に即していえば,「戦後レジームからの脱却」という標語的な発想は,当初から野垂れ死同然になっていた。
 

 6 吉田清治『朝鮮人慰安婦と日本人-元下関労報動員部長の手記-』1977年,および『私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行-』1983年

 さて,吉田清治が朝鮮人従軍慰安婦〔の要員化〕問題をノンフィクションの小説風に仕立てて「創作」した2著,『朝鮮人慰安婦と日本人-元下関労報動員部長の手記-』1977年,および『私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行-』1983年の物語は,歴史的に展開された日本軍の国営的慰安婦施設の実在を前提に書かれていた。

 その内容は,前後して専門的な研究の成果として公表されていた,つまり,従軍慰安婦問題に対して蓄積されてきた「歴史的な解明」を参考にしたうえで記述されたかのような中身にも読めた。したがって,本ブログの筆者は,吉田清治が戦時中に関係者から,相当にくわしく事情を聞いたりして執筆したのではないかと推測してもみた。そうでなければとうてい書けないような中身で充満していたからである。

 前段に挙げた吉田の2著,『朝鮮人慰安婦と日本人-元下関労報動員部長の手記-』1977年,『私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行-』1983年は,けっして「嘘そのものにもとづいて」書かれたとは思えない内容である。ただし,吉田がこの著作にみずから登場して書かれたとおりの人物自身ではないことが,のちに判明した。だからその後は,その内容すべてが虚偽であるという受けとられ方をした。

 安倍晋三の理屈はみえすいていた。大前提の話からして,従軍慰安婦問題は認めない〔認めたくない〕とした時代錯誤の歴史〈観〉(?)を,堅く抱いている。なにを聞いても・なにをみせられても,自分のその価値観に合わない〈事実〉は,頭から否定するほかできない人であった。

 そうした安倍晋三と同じ価値観をもつ人びと(政治家たちも)は,従軍慰安婦問題を歴史的に解明した研究の蓄積には,絶対に「目を向けたくない立場」に偏倚している。「彼らの立場」と「彼らに対立する人びとの立場」とのあいだに,もとより対話や議論がなりたつ余地などありえなかった。

 だから,両者が話しあって「なにか・共通する理解なり認識」がえらえれる可能性は絶無であった。ほとんどが宗教戦争に近い「価値観での絶対的な対立」しか介在しえていなかった。

 いま〔ここでは2014年時点のことだから「当時」において〕日本国首相の地位にいた安倍晋三は,自分の主観的な意見として「慰安婦問題の誤報によって多くの人が苦しみ,国際社会で日本の名誉が傷つけられたことは事実だ」と語った。けれども,その結果として指摘されている「現在的な『事実』」とは,歴史的に実在した「過去的な『事実』」に関しては,もとよりなんら関連性をもてない別物の想像体であった。

 その「現在的な『事実』」というものは,実は安倍晋三の主観的な心中にのみ存在するだけであって,個人的な見解に過ぎない。従軍慰安婦問題とは異質の別次元にある自分の個人的な感情問題を,いかにも「日本の名誉(ないしは威信)」の問題であるかのように装いすり替えていた。

 ある女性が,従軍慰安婦問題に対してだが,こういう感想を述べていた。この発言は問題の核心に控えている重要な1点を間違いなくとらえていた。「売春の社会学」といったたぐいの名称を付した本の1冊でも読めば,この女性の発言が示唆する女性側の辛さを理解できないはずがない。

 「従軍慰安婦が,強制的に日本軍から捕らえらて連れてこられたとか,現地の女性が自発的にお金のために,とかいろいろ議論はあるみたいだけど,どっちにしても女性は好き好んでやっていたわけではないはず。胸に秘めた好きな男の人もいたはず。同じ女性として,そのことを想像すると,とてつもなく辛い」。 

女性側からの理解

 ともかくいま〔2014年時点のこと〕は安倍晋三が日本国の首相である〔であった〕。この首相の立場からは,マスコミ界・言論界に対する自身の価値観を,容易に押し売り的に宣伝できていた。

 また,この次元に即してとなるわけだが,『日本経済新聞』2014年9月12日のベタ記事に紹介されたような安倍の発言,「慰安婦問題の誤報によって多くの人が苦しみ,国際社会で日本の名誉が傷つけられたことは事実だ」という意見も放たれていた。

慰安婦の名誉のほうはどうなっていたか?

この記事は日本経済新聞社も他社・他紙といっしょに徒党を組んで
朝日新聞社叩きにくわわっていたかのような中身であった

つまり客観報道であって実はそうではない記事の実例である

 しかし,従軍慰安婦問題が「日本の内外を問わず恥辱」である歴史的な事実になんら変わりはない。安倍晋三はひどくムキになって,「国際社会における日本の名誉」をウンヌン(でんでん)していたけれども,その「国際社会」とは本当のところ,「日本社会」のそれも「安倍極右政権」を主軸・地盤とする狭い圏域だけ(井の中のある場所)を意味するものでしかありえなかった。

  ▲ 敗戦前の日本は悪いことはなにもしていない? ▲

 安倍晋三という人物は,集団的自衛権行使容認の議論のときもそうであったが,それを行使する想定場面としては現実的にはありえない「仮想例」を挙げて得々と説明していた。その説明の方法は徹底的に,日本国民を愚弄する,つまり愚民視するものであった。愚相が国民たちを愚民視したかのごとき相互関係のなかからは,この国の未来を創造的に切り開くための活力が生まれるはずもない。

 しかも,その「愚弄されてしまったほうの国民」が投票する選挙によって〔とはいっても有権者総数の2割5分ほど支持しかえていないのが衆議院自民党であるが〕選ばれた首相が,集団的自衛権行使容認問題のときと同じ種類の「幼稚で傲慢」な思考方式でもって,「従軍慰安婦」問題にさいしてもつたない理屈を開陳し,これを全国民に向けて披露していた。

 もちろん,その程度の弁舌でも,ネトウヨ的世論には大いに受ける話法でありえたかもしれない。だが,21世紀になっていた「日本国の舵とり」をさせる首相にしては,あまりにも稚拙であり,しかも理性を完全に欠如させた〈対話の仕方〉でしかなかった。

 補記)2020年9月16日,安倍晋三から菅 義偉に首相が交代したけれども,自民党的に無教養かつ無見識で,なおかつ品位も品格も感じられない政治屋が,いつまでもその座に居すわりつづけている。要は,現状における日本政治のあり方には,なにも変化が生まれていない。

 補記)2021年10月4日からは,岸田文雄の新政権が発足していたが,この内閣がまた安倍晋三や菅 義偉の執権よりもさらに「日本の政治を空洞化」させてきた。「世襲3代目の政治屋」の見本市みたいな国政がいつまでつづくのか,この日本の凋落ぶりは観るも無惨な地点にまで来てしまった。

 補記)2025年も秋になると日本初の女性首相が誕生したが,高市早苗という虚言癖のある無節操政治屋が,これからのさばるようでは,もはや世も末。男だとか,オンナだとかという以前の問題が,この早苗の頭上には雲霞のごとく漂っている。

自民党歴代首相の品評

 つぎに紹介する金子 勝の語りは当たっているだけに,これは痛快だという以前にひどく落胆させられる指摘。

 金子が語った話題は「ダッチロールのように墜落する日本」『ユーチューブ番組「一月万冊」』2023年9月1日であった。その後すでに,2年と7か月の時間が経過した現在(2026年4月1日)となったところでは,墜落するという意味のより正確な表現は「傾国への一途」としたらよい。もしかしたら,ダッチにロールしていくこの先がどこに向かっているのかさえ見定めにくい,この国になっているかも……。

  ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=ESRDMSidPhc

〔本文に戻る→〕 安倍晋三流にみせてきたとくに「対話の仕方」は,この首相が国際会議に出席したさいに,たびたびみせてきた失態・醜態にもつながっていた。この事実についての日本国民側の把握が甘い。

 要するに彼は,「内弁慶」を唯一の取り柄とするだけの世襲3世の政治屋であった。あとは,ただ「幼稚と傲慢・暗愚と無知・欺瞞と粗暴」を特性:取り柄とする「初老の小学生・ペテン総理」(これはブログ『くろねこの短語』命名)に過ぎなかった。

 安倍晋三は,第2次安倍政権の首相になってからちょうど1年目となった2013年12月26日,靖国神社参拝をした。この参拝に対してアメリカ政府は相当に立腹したらしく,安倍晋三に対して「善導」をほどこすためだったのか,国務長官ジョン・フォーブズとチャック・ヘーゲル国防長官とをそろって日本に急派させ,千鳥ヶ淵戦没者墓苑に献花させるという模範演技を示していた。

 当時,前段のごときにアメリカ政府側が安倍晋三の「靖国神社を参拝した行動」に向けて,最大級の非難を意味するためにだったが,急遽,国務長官と国防長官の2人を日本に出向かせ,自国の戦争犠牲者の慰霊の方式についての「お仕着せの模範」を演じさせたところは,まるで「生徒と先生」の間柄にしかみえなかった。
 

 7 従軍慰安婦に強いられた性的奴隷としての仕事

 従軍慰安婦は靖国神社に1人も合祀されていないというではないか。戦争中は日本軍兵士に対してぼろ切れも同然に,現地妻であるかのごとき(一応の・仮の)役割を,1日に何十人もの男子のセックス(欲望処理)の相手させられるかっこうで強要されてきた。だが,その兵士たちで戦没死した者はほとんどが靖国神社に合祀されている。

 補記)いちがいにはいえそうにもないが,とりあえずここでは,従軍慰安婦が相手をさせられる兵隊の人数は「1日に40~50人」が「人数が多いときの」相場であったと推定しておく。1人の相手をするのに5分を当てただけでも「5分 × 50 人」=「250分」(4時間と10分)になる。前段では100人を相手にさせられた女性も居たというから,これはもう地獄の沙汰である。

 参考にまで,小沢昭一・永 六輔『色の道商売往来-平身傾聴裏街道戦後史-』筑摩書房,2007年から,つぎの段落を引用しておく(307-308頁)。なお,久保木 × × とは,ポン引きであった人物。

小沢昭一  ひと晩に,多い妓でいくつぐらいまわしとるわけですか。
 久保木 × ×  ふだんの日で10人ぐらいとる。

小沢  いや,まわしをですよ。
 久保木  そう,まわしだけで,売れっ子,お職は,正月なんか1日に50人ぐらいとる。昼間から昼夜兼行ですよ。お正月は書き入れだ。30人以上とると痛くなるそうだ。2階に上がれないという。だからふのりをつける。ここの道具に……。いまの吉原病院の隣に三業事務省があって,そこでふのりを売っていた。

小沢  ふのりを塗ると,どうなるんですか?
 久保木  ツルツルする。摩擦が少なくなって,痛みが少ない。そして,客がちょいと手をやったら,なんだ,おまえ,ずいぶん気分がいっているじゃないかって,早めに……。

小沢  そのときツルツルしても,あとでバリバリになりませんか(笑)。
 久保木  洗浄器で洗わせますよ。

小沢  そこまでやったら,腰がぬけちゃうだろうな。
 久保木  大急ぎで,はりしてやったり,おきゅうすえてやったり,ケツをたたいて「ああ,もう大丈夫だ,いってらっしゃい」(笑)。

小沢  あのなかは,痛くならないものなんですか?

 (以下にも延々とこの手の話がつづくが,これでお終い)

小沢昭一の性談

 かつて,戦場で「彼らの都合で現地妻」という過酷な性的な労役を強制されていた「彼女ら」は,どのくらいの人数になる兵士たちを相手にさせられていたのか,あらためて考えてみたい。

 兵隊が戦争をしていない時で “混んでいる” 状況にあって彼女らは,小沢昭一がいう「まわし」でもって,40~50名(以上)を相手に,毎日「やらされていた」。

 忙して,ひどい時は,女性のほうは小便垂れ流し,食事は横に用意したにぎり飯を食べながらでも相手をさせられた,という話もある。この話は不思議でもなんでもない,関係の本を読んでいれば自然に出会う実話。

 戦況が日本軍側に不利になった時期だと,慰安婦たちは戦場に相当近い場所にいて,とばっちりを受けて死んだ場合もあった。ときには彼女らも兵士といっしょに戦うハメになってもいた。

 ところが,敗戦を待つまでもなく,そのうち「彼女ら」は消耗品(よりも以下!)のあつかいとなり,「ポイ捨て」同然に放棄されていった。

 なかには,兵士とは縁ができて戦後に夫婦になったという例がないわけではない。もちろんきわめてまれな出来事であったが。この場合,彼と彼女の戦後は戦中の事実は完全に封印されていた。

 結局,従軍慰安婦たちは戦争の関係で命を落としていても,彼女らが靖国神社に合祀されたという話は聞かない。従軍していた彼女らであっても,軍人年金(天皇からの恩給)とは無縁の存在であった。

 ところで,最近(その後)におけるアベノミクスやアホエノミクス(こちらは高市早苗政権のこと)は,どうなっていたか?

 経済学者やエコノミストの意見は大勢として,その「失敗となりつつある状態=結果」への逢着をきびしく指摘してきた。このごろの〔まだ生きていて現役の総理大臣であったころの〕安倍晋三は,のちになればなるほど,首相としての立場から経済問題にはほとんど言及しなくなった。それはそうである,失策の結論が出ている経済政策の行方になっていたからには,いっさい触れたくなかったからである。

 補記)しかも,ここでのアベノミクスに関した言及は,いちおうこれでも2014年9月段階のものであった。それが,2026年4月1日のこの時期となれば,もう徹底的になんでもボロクソに酷評可能……。エイプリルフールなどという日付なども,完全に無縁……。

 なにせ,2010年代においてだったが,この日本の政治・経済をクタクタのヨボヨボにしつくしたのが,安倍晋三であった。政治においては倫理も道徳もなにもなくさせ,経済においては3流国化にまで落ちこませ,つまり「発展下落国」というか「衰退途上国」の奈落に突き落としたごとき,まったく下手くそな為政,つまり失政を犯した。

 ということで安倍晋三は,当時まででもすでに結果が明確に出ていた「経済政策」の無策ぶりによる大減点を,従軍慰安婦問題や,この問題に絡めてなのだが,朝日新聞の “吉田清治関連の誤報問題” をあげつらう戦術を前面に出しながら,これによって国民たちの関心:目先を変えさせ,自分への支持を少しでも挽回したかったと分析できなくはない。

 つまりは,その程度の小細工しか思い浮かばなかったのが,この「幼稚と傲慢・暗愚と無知・欺瞞と粗暴」を誇る「初老の小学生・ペテン総理」の政治屋としてのせいぜいの,すなわち「本当の力量」であった。

 以下に,安倍晋三君の実績をごく質素に一覧しておこう。

 a) 統一教会(現・世界平和統一家庭連合)と緊密であった関係は,国民の立場だけでなく自民党本来の立場すら裏切っていた。

 b) 統一教会・2世の山上徹也に安倍晋三が銃殺されたのは,「歴史の単なる誤算的な皮肉:安倍晋三」の場合だけに限った経緯とはいえない。

 c) 安倍晋三が国民のためになにかいいことをやったのか? 「罪と罰」ならばてんこ盛りであった。

 d) 安倍晋三が残した内政と外交の両域における「負の実績」は,安倍晋三君が首相を辞めるときの理由がいつも,腹痛(当人の申告だが)であった事実に即して思うに,ずいぶんいいかげんに為政の立場を放擲できるものだと,その無責任さには呆れはてる。

 e) 安倍晋三の悪政は菅 義偉を経て岸田文雄に乗りうつり,石破 茂が首相になったところで小休止したと思ったら,突如,憲政史上最悪のしかも日本で女性初の首相として高市早苗が登場した。この嘘つき常習犯の極右ネトウヨ・オバサン首相は,ともかく虚言癖を得意技とするゆえか,いまの日本をますます最悪の状況に近づかせつつある。

 f) 2026年2月28日,トランプ大統領がはじめたイラン戦争に対する高市首相の外交折衝上の態度は,最悪という以前に完全に無策・無能であった。この欠陥を必死になって穴埋めしようと努力しているのが,外務大臣の茂木敏充であった。

 g) アベ君が首相であった時期,世界中を飛び回る外遊をおこない無駄遣いをさんざんしていたなかで,近い隣国である韓国を相手にする本格的な外交は,とうとうできずじまいであった。この事実は,海外各国との交流関係を昂揚すべき活動において,彼なりの「内弁慶の資質」が浸出してしまった結果である。

安倍晋三&高市早苗の▲カップル

 日本の政治においては主に,「世襲3代目の政治屋」が大きな顔をして偉ぶりつつ,しばしば総理大臣になっている。そのかぎりでも,21世紀中のこの国は,とうてい上向きの国勢を回復することができなかった。従軍慰安婦問題は単に「昔の問題」ではありえない。「現在の政治・問題」への取り組み姿勢の真価まで判断できる〈試金石〉でもあった。

 いまは,女性首相の高市早苗が総理官邸で「働いて,働いて,働いて,働いて」いるポーズを執っているらしいが,このオンナに「おんなの問題を本気で取り組める態勢」など,全然整えられていなかったところが残念である。ましてや,従軍慰安婦問題を理解しようとするための認知力を備えているのかどうかが,まずもって疑われる。

 高市早苗が堂々と吐いていたセリフのひとつに,自分は「戦争当事者とはいえない世代,反省なんかしていない」という迷文句があった。この日本初の女性首相は「過去とは連続性をもたないでよい現在」の状況のなかでのみ,自身が生きてきたつもりである。それなれば,これからの未来ともなんら関係性のありえない「永遠の今」を生きているつもりか?

 という考えであれば,「戦争の時代のもろもろの出来事」などからも,完全に無縁たりうる高市早苗が存在することになる。同じ女性たちで,しかも日本人女性ですら従軍慰安婦の身に置かれた事例も多数あったにもかかわらず,この従軍慰安婦という歴史の問題に対して,

 ワタシ:高市早苗は「戦争当事者とはいえない世代」であり,「それに関連する出来事の反省なんかしていない」とか,「わちきが女性であるとかないとかも格別関係ない」となど吐かれたら,それこそ身も蓋もないような頭脳しかもちあわせないこの人という存在,

 つまり,歴史の現実とは完全に絶縁状態の「日本国首相高市早苗」が首相官邸にいて,しかもヘビースモーカーとして日夜,タバコばかりすぱすぱ吸っている姿しか想像させない「彼女の人物像」が思い浮かばせる。これでは内政も外交もこの人には任せられない。

 2026年3月19日訪米した高市早苗には,会ったとたんに抱きつかれたアメリカ大統領トランプは,このオンナ「スゲーたばこ臭い・・・」などと感じていたのかしりたい。

【参考文献】

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