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従軍慰安婦問題で安倍晋三にいじめられた朝日新聞社を「潰したいかのように猛攻をかけ加担した」読売だったが,逆には致命的な誤報を出していた

 1 石破 茂首相が辞任したさい,実に絞まりのない誤報の不格好を露呈させた読売新聞社や毎日新聞社

 
 まず,こので言及しておく事実は,『読売新聞』と『毎日新聞』が2025年7月と8月に放った誤報の問題となる。石破 茂首相自身は,10月8日に自民党が実施する総裁選を機に日本国総理大臣(首相)を去ることが決まっていた。

 けれども「その後の経過」とは別に,この同年7月,8月に読売新聞社と毎日新聞社が大手報道機関としての品位・品格を疑わせる誤報を放ったあとの始末は,まことに気色悪いことに,この両新聞社はその後をオトボケ同然にやり過ごしてきた。

 いずれにせよ,この国のなにもかもが劣化・衰退していく様相を,マスコミ・メディア業界における明確なひとつの現象として,両社はみずからが例示(模範?)を提供したことになる。こういった経過が起きていた。

 a)『読売新聞』が2025年7月23日,「石破首相,退任する意向」の号外発行。

結果的に石破は退任したがこの号外はやり過ぎというか
度外れ・非常識次元の報道であった


 b)『毎日新聞』が同日に,a) と同じ趣旨の報道(通常の記事)をおこなった。ただし,『毎日新聞』は7月中に石破首相は辞めそうだと書いたのに対し,『読売新聞』は「号外」をしたてて報道したのだから,これはただごとではなかった。

 c)『読売新聞』が2025年8月28日付朝刊1面で,27日付朝刊1面トップで報道した記事(問題となった人物を完全に間違えて報道した)について「重大な誤報だった」として記事を訂正し,おわびした。しかし,この訂正・謝罪は口先だけの対応であって,責任ある立場の幹部,誰1人としてきびしい処分を受けることはなかった。

 以上のごとき『読売新聞』と『毎日新聞』の誤報に関してはとくに,この c) の内容から始めることになる。つぎのような誤報も読売新聞社は「ついでにやらかしていた」。 

 『読売新聞』は,「日本維新の会」の石井 章衆院議員側の公設秘書給与不正受給疑惑に対して,東京地検特捜部が捜査が入っていると報道したが,その取材の過程で,池下 卓議員を石井 章議員に取り違えたまま記事にした。新聞社の基本姿勢としては完璧に,過誤を犯した。単純ミス以前の新聞社業務のイロハで「地雷を踏んだ」ような,きわめて平凡なミスを犯したのである。

 さて,そのおわび記事は「正確な報道が求められる新聞社として,あってはならない重大な誤報だったと考えています」と記したうえで,「記事を訂正し,池下議員および関係者の皆さまに深くおわびいたします」と謝罪してはいたものの,「まあ,そのような誤報」を,単に謝って済むならば,その新聞社の社長は最初から要らなかったことになる。お飾り程度の人物でも,つまり誰でも大手紙の最高幹部の業務は充分に可能だとみなせる。

 昔,大いにはやった文句に「反省だけなら猿でもできる!」というセリフがあった……。

 なお,読売新聞グループ本社の代表取締役社長は現在,2025年6月10日の株主総会・取締役会を経て,山口寿一(やまぐち・としかず)が就いていた。山口は運が悪かったのか,それとも,読売新聞社の運営体制・経営体質が以前から,今回のような問題を起こしやすい状態に変質していたのかまでは,判然としないにせよ,この新聞社の体質:組織風土に関しては,誰でもおおよその見当はつく。

 新聞業界で第1の発行部数を誇るこの新聞社に,油断や高慢さなかったとはいえないどころか,その明確な兆候(というか負の実績)はすでにみずから披瀝していた。

 

 2 以上のように2025年のこの7月から8月にかけて発生した『読売新聞』と『毎日新聞』の「誤報問題」

 ここで言及する問題は,前項ので多少程度触れてあったが,ともかく『読売新聞』の誤報記事は,相手の名前を「日本維新の会の議員」の「池下 卓」ではなく「竹下 章」だという具合に,それも,担当の記者が「訂正するための取材」の途中で,さらに間違えてを重ねてもいた。

 その経過は,いわば「連想ゲーム」でも思わせるかのようにして,いわば連続して「ケチを着けてしまった」お粗末を結果させていた。そのみっともないことといったら,この上なかった。しかも,この記事に顔写真が載せられた人物が,間違えて報道されてしまった池下 卓議員であったのだから,当人からはすぐに読売新聞社に抗議が届いた点という。

 ネット記事サイト『JCASTニュース』が,以上のごとき読売新聞社「風」のデタラメさ加減を,つぎのように報じていた。

  ★ 読売新聞「重大な誤報」謝罪わずか270字,被害者激怒 
        「小さく済ます」 問題の記事よりも字数「激減」★

   =『JCASTニュース』2025年8月28日 16:41,https://www.j-cast.com/2025/08/28507104.html =

 日本維新の会・池下 卓衆院議員(50歳)の元公設秘書が秘書給与を不正に受け取っていたと報じた読売新聞が,2025年8月28日付の朝刊の1面で「誤報だった」と謝罪したが,誤った記事を掲載された池下氏は,「要望したレベルの記事とはかけ離れています」とXで怒りを露わにしている。

 まるで,串刺しにでもした状態になってしまったかのように,つまり団子状に重なって出来した,『読売新聞』報道が披露した「過誤の連鎖」は,読売新聞社内での編集当局が,本来働かせるべき機能を完全にマヒさせた様子までうかがわせる。

 新聞社内でいうデスクとか編集のほうでの,記事にくわえられる校閲「機能」が,まるで「なっていなかった」かのような雰囲気:実態まで,素人のわれわれ読者のほうにまで伝わってきた。

 b) なお,読売新聞社は記者個人に対して以前から,新聞社の人間としてSNSの利用・発信は,業務命令で禁止しているという。

 この事実は,すでにだいぶ昔に耳にした点であるが,いずれにせよ,新聞社の記者が大事な取材対象の相手じたいを取り間違えてしまい,その当人(の氏名および写真)を別人に入れかえて報道するという,それも1面冒頭記事に載った記事の顛末になっていた。

 SNSのあつかいがどのように影響しているかまた別問題が残るかもしれないが,論じているがごとき読売新聞社内の組織風土は,これもはや(当時からすでに)末期的症状であった実情をうかがわせる。

 いつからこの『読売新聞』はダメな新聞紙になっていたかというと,実はこれには「伏線」どころか,その明確な症状(潜在的だが確実だった病状)は,10年前後も「以前」から出ていた。

 その事実経過とも併せて,最近またいきなり,日替わりならぬ月替わりで「大チョンボ」を連続して犯した読売新聞社の体たらくは,まことにひどいデタラメな演技ぶりを世間にさらす始末になった。

 『読売新聞』が2025年7月23日に発行したその「号外」(画像資料)は,冒頭の段落に挙げてあった。

 さて,読売新聞社が事後,「池下 卓:本人」に対してはもちろん,読者・大衆向け対しても必要であった「謝罪や訂正」の仕方は,間違えた記事に関して出した報道として評価するに,正式にかつ十分にその意を尽くしていたとは,みなされえなかった。

 ただ,幹部が個人的に石破首相には会って,なにかを伝えていたという情報はあった。だが,肝心の読者や世間に対してまともに,その遺憾の意を表示していたかについては,疑問ありであった。だから,つぎのように他紙(『朝日新聞』だが)には,関連させてこういう識者の批評が紹介されていた。

    ★ 自民党広報担当の経験もある政治アナリスト
                    伊藤惇夫さんの話


 政治家が実際に語ったことでも,翌日になって「状況が変わった」といわれればそれまで,というのが永田町の世界だ。政治取材では常識で,首相退陣報道は「辞任ありき」で取材したのではないか。一国の総理大臣の退陣について,報じる直前に直接取材しない手法はどうかと思う。

 検証したことじたいは評価できるが,遅きに失した感がある。また,首相は「辞める」と明言した,とことさらに強調し「虚偽説明」とまで断じるのは「自分たちは間違っていない」といういいわけに思え,検証としては疑問が残る。

 註記)「読売新聞が首相退陣報道を検証『結果として誤報,おわびします』」『朝日新聞』2025年9月3日 13時50分,21時34分更新,https://www.asahi.com/articles/AST9312VQT93UTIL006M.html

語法をまともに謝罪しない読売新聞社の姿勢はこの問題にだけ
現出していたものではなかった

 以上の記述をここで本ブログ筆者なりに再言しておきたい。

 読売新聞社が発行したその『この号外』は,2025年7月23日の正午前後に報道されたり現物が,国民・市民・庶民たちに向けて配付されていた。そのさい,石破首相辞任の報道については,読売新聞社だけでなく毎日新聞社も同質の誤報を放っていたが,去就そのものをめぐっては,読売新聞社は号外で7月内になると断定し,毎日新聞社は通常の記事で8月末までに辞任する,というふうに判断(分析・観測)の違いをみせていた。

 いずれにせよ両社ともに実質(事実)的に重大な誤報を報じた。なによりも『読売新聞』の号外・記事は,社運にとって決定的な意味を有するミスを犯していた。また『毎日新聞』の記事はそれなりに自社にとって大打撃なる誤報をもたらした。

 ところが,両新聞社ともに,その後の手当が不首尾というか下手くそで,妙に手ぬるかったというか,その逃げ足の速さを競うかのような醜態だけを,われわれに向けて強く印象づけた。

 補記)なお石破 茂の首相任期は,2024年10月1日から2025年10月21日まで在職日数386日であった。

 c) さてつぎの統計図表2点(2025年と2026年中の作成)は,観てご覧のとおりの中身であるが,広告費はインターネット業界でそれこそ “うなぎ登り” に上昇してきたのに対して,新聞業界における広告費の収入は,21世紀に入ると明確に凋落一途となり,いいかえれば低落傾向が定着した。

インターネット広告が圧倒的に断然第1位
下降気味でなさそうなのは「情報・通信」業界だけである

  
 まさに,両業界(ここでは新聞業界とインターネット業界)における広告費問題は,だいぶ以前から「勝負あり」という実情に変質し,このような相互の優劣関係が定着していた。そして,そもそもをいえば,新聞「紙」の発行部数はその間,確実に低落の道をたどってきた。

 なお,上の統計図表中,雑誌やラジオのうち最近だとラジオのほうがごくわずかであるが,確実に広告費が増加しだしているという。というのは,このところ,SNSが嫌いになってラジオを耳だけを通してじっくり聞こうとする若者も,一部の現象とはいえ確実に出現してきた,という変化が生じているというのである。

 換言すると,広告費がいままでは “全然というか僅少しか” 確保できていなかったラジオ番組が,最近になってだが,広告費を低いとはいえ一定水準は確保できるようになったというのである。電化製品としてのラジオの存在をみなおしてみると,あらためていろいろな機能を併せもった機種が売れているとの由。

 
 すでにだいぶ「昔」から,主要な新聞紙の購読者数の減少傾向はいちじるしかった。とりわけ,若者層はほとんど新聞など読まない。新聞を読む高齢層は時計の針が進むのと同時に,ドンドンこの地球から居なくなるから,この趨勢が昔に戻ることはありえない。

 それゆえ,ネット版の「新聞普及」に立ち後れている日本の新聞社も,ネット版普及に対して最大限の努力を傾注しないことには,新聞経営事業の『俺たちに明日はない』ことを肝に銘じるべきである。

 参考にまで触れておくと,アメリカのNYタイムズは2020年10月時点ですでに,その総有料読者700万人に到達していた。NYタイムズは購読料収入でデジタルが紙を逆転したのである。また先月の報道だと次段のごとき展開までみせている。      

    ◆ NYタイムズ,購読者23万人増 デジタル,4~6月期 ◆
  =『共同通信』2025年8月7日 07時38分,
              https://www.47news.jp/12979770.html =

【ニューヨーク共同】 米新聞大手ニューヨーク・タイムズ(NYT)は6日,有料購読者数のうち,デジタルの購読者が6月末時点で1130万人となり,3月末時点から約23万人増えたと発表した。ニュースにくわえ,ゲームや料理レシピなどのライフスタイル関連コンテンツを組み合わせた購読戦略が奏功した。

デジタルと紙媒体を合わせた総有料購読者数は計1188万人だった。同日発表した2025年4~6月期の決算は純利益が前年同期比 26.6%増の8294万ドル(約122億円),売上高は9.7%増の6億8587万ドルだった。

デジタル版による新聞の普及に遅滞している日本の各新聞社

 このニュースから分かる事実は,日本でもそうなっていくほかない趨勢は否定できるはずもなく,ユーチューブ番組に大幅に占領されている既存のあらゆるネット関連の報道領域を,新聞社側が意欲的に奪回するだけでなく,独自にその市場を開拓しつつ需要を広く創造することを,ニューヨーク・タイムズが実際に成就させてきた点である。
 
 以上,読売新聞社と毎日新聞社が最近〈2025年中にやらかした誤報問題〉に対して,本ブログ筆者なりに急遽,理解できる範囲内で言及してみた。

 問題はまた,毎日新聞社のほうに落ち度がなにもなかったとはいえないものの,ここではあえて触れないことにしておいたが,なんといっても,読売新聞社のほうが犯した「誤報問題」は,完全に間違いとなる『号外』まで出していながら,その後にみせた訂正・謝罪の態度が非常に雑というか,観方にもよるが傲慢にも映った。これは「日本一の発行部数発行を誇る」新聞社がボロを出すかのしてみせた,まったくいただけない行動であった。

 3 過去において「読売新聞社のある行状」を描いたことがある本ブログ筆者の当該記述を,もう一度,本日の以上までの中身に連結させてみたい


 ここまでの記述においては,関連する論点同士がそれぞれにまだ不充分にしか透視しえず,また相互に連絡を渡す工夫も十分にできていなかったので,以下のこの記述においては,そもそも予定していた問題意識をさらに具体的に議論していきたい。

 以下にもちだす記述は,いまからだと3年ほど前に一度公表したことがあった内容であった。だが,現在まで未公表の状態にあったものをここに復活させる。問題(テーマ)は,旧大日本帝国陸海軍の「従軍慰安婦問題」である。帝国日本の軍隊が存在するところには,衣服にたとえれば上着の裏地のように必らず一体として引っつくように実在していたのが,この問題であった。

 a) 前川喜平・元文科相次官がなぜか「狙われたある一件」

 敗戦後の日本社会ができれば,従軍慰安婦ということばを消しておきたかった願望というものは,それがあまりにも「歴史の事実」である記録が明々白々であったからで,そうであったからには,いわゆる「しらを切る」という典型的な事実否定の姿勢が,どうしても採るほかない基本的な話法になっていた。

 文部科学省次官を務めた前川喜平が〔ここでは2017年中の話になるが〕,加計学園問題をめぐる発言で,一気に話題の人となった。内閣官房によってこの前川を標的にしたデッチ上げの挙げ記事が,『読売新聞』2017年5月22日朝刊31面「社会」に掲載されたことは,あらためて指摘するまでもなく,まだ多くの人びとの記憶に残っているはずである。

この記事は前川喜平元文科相次官を計画的に貶めるために
読売新聞社が報道機関の機能を悪用する方法で
つまり政府(当時は安倍晋三政権)のために書いた捏造であった

 上に画像で紹介したこの記事を書いたのは,読売新聞社の社会部長原口隆則(役職は当時)であって,全国で配達する『読売新聞』の社会面すべてに共通で,同じ要領で報道する「当該・記事」になっていた。この事実が不審な形となって専門家の目には映ったというから,その作為性に込められた「悪意」は限りなく,つまり悪辣そのものであった。

 その前川喜平が加計学園問題に関して,けっこう有名になったつぎの文句を披露していた。すなわち「あったことをなかったことにはできない」と,ある会見で明確に指摘した。前川は退官後に『面従腹背』と題した自著を公刊していた(毎日新聞出版,2018年6月)。

 官僚時代の仕事に対する姿勢について前川喜平は,自分は上司に対しては面従し,腹背はしてきたものの,けっして嘘・偽りをする仕事はしなかったという信念をもって,生きてきたという。

 という事情・背景もあってだが,『読売新聞』2017年5月22日朝刊31面にデッチ上げが99.99%を占めていた,それも180%くらいは「前川喜平を貶めるためになされた〈陰謀的な報道〉」は,それでなくとも落ち目であった新聞紙業界に対して,結果としてさらに好ましくない影響を与えた。

 以上の事象に関しては,弁護士の郷原信郎が「読売新聞は死んだに等しい-読売記事の掲載は,動機・目的が,時の政権を擁護する政治的目的としか考えられない-」『HUFFPOST』2017年06月05日 15時26分 JST, という一文を公表し,その『読売新聞』5月25日朝刊の報道,見出しを「前川前次官 出会い系バー通い 文科省在職中,平日夜」と題した記事を,「巨大新聞による新聞史上最悪の不祥事」と断じた。

 註記)同稿の住所は,https://www.huffingtonpost.jp/nobuo-gohara/yomiuri-shimbun-is-dead_b_16950996.html から引用したが,郷原信郎のブログでの原記述のリンク先は読売新聞は死んだに等しいである。

 以上のように郷原信郎は,実に “はしたないというか薄汚い社会面の記事作り” をおこなった『読売新聞』を批判するさい,「読売新聞は死んだに等しい」とまで断定したのは,そもそも「読売記事の掲載は,動機・目的が,時の政権を擁護する政治的目的としか考えられない」からだとも喝破した。

 なかんずく,該当の記事を書いた社会部長原口隆則は,安倍晋三政権下での出来事(事件)をめぐり,前川喜平が「記者会見を開き,加計学園の獣医学部の新設の認可に関して,『総理のご意向』などと記された記録文書が『確実に存在している。』『公平公正であるべき行政のあり方がゆがめられた。』などと発言する3日前,つまり,その直前に,自身の立場が「政権側の走狗」である事実を,あからさまに表現する大手マスコミ側の立場を,恥じることもなく世間に向けて晒した。

 日本における新聞購読者は以前から顕著に減少してきた。そこに,『読売新聞』が自社の特性であった「ゴミ売り新聞」性を存分に発揮した格好で,そのでっち上げ記事をわざわざ制作し,しかも得意げに報道した。これでは,新聞紙業界においては以前から顕著な動静になっていた凋落傾向が,さらに拍車をかけられる顛末になって,当然しごくであった。

 結局,読売新聞社は当時,安倍晋三政権を忖度するあまり,新聞を発行する企業経営体としては,みずから「天に唾する」ごとき自損行為をおこなった。この新聞社は大昔から体制派の志向性が露骨でありつづけてきたが,21世紀の2010年代にもなるや,そのお里となると「肝心の恥部」まで丸見え状態にさせていたゆえ,恥ずかしいことこの上なかった。

 4「議論・1」 読売新聞社が2014年の出来事であったが,『朝日新聞』「従軍慰安婦問題」への安倍晋三政権による非難・攻撃を受けて,これに大いに悪乗りし,いい気になって振るまった結果,新聞業界にはどのような影響が降りかかっていたか?


 さて,たとえば2021年3月度のABC部数(以下の補記など参照)が明らかになったとき,どのような結果が出ていたか? それによると,朝日新聞は〔当時の〕年間で約44万部を失った。また,読売新聞は57万部を失った。新聞部数の減少傾向に歯止めはかかっていなかった。

 その2021年3月度の中央紙5紙の部数は,つぎのとおりであった。軒並みに減少傾向が目立っていた。なお〔 〕内の%は,減少率である。各社それほど多きな差がなく,ともにそろって減少した。以下に具体的にその数値を一覧してみる。

  朝日: 475万5806( 43万5614)部 〔 9%〕
  毎日: 200万9556( 28万7102)部 〔14%〕
  読売: 715万4983( 57万2627)部 〔 8%〕
  日経: 188万0341( 21万9472)部 〔11%〕
  産経: 121万6588( 12万5165)部 〔10%〕

 註記)「2021年3月のABC部数,朝日は年間で44万部減,読売は57万部減」『KOKUSYO』2021年5月17日,http://www.kokusyo.jp/oshigami/16329/
 
 補注)一般社団法人日本ABC協会は,新聞,雑誌,フリーペーパー等の発行社からの部数報告を公査し,その結果を公表する活動を行う業界団体。 

日本ABC協会


 なお『読売新聞』は,2014年に安倍晋三(当時首相)が『朝日新聞』に対して「従軍慰安婦問題」(牽強付会に「誤報」だと権柄尽くでみなした材料)をネタに,暴力団にすら負けないような凶悪な方法を使い,猛攻撃をしたさい,

 『読売新聞』は,あたかも国家権力の立場を代弁した「第5列」のごとき姿勢でもって,『朝日新聞』叩きにはげみ,いわばその全面攻撃に全精力を集中させる行動を披露した。

 そのさいとくに,安倍晋三の尻馬に乗ったかっこうで『朝日新聞』潰しを欲望し,実際に新書判の本まで刊行しては,たいそう勢いよく『朝日新聞』憎しの感情を丸出しにするその攻勢をしかけていた。

 だが,その読売新聞社のはしたないやり方は逆効果になっていた。かえって新聞購読者(各紙すべて)の減少傾向に拍車をかける結果を招来し,新聞業界全体に悪影響を惹起させたのは,皮肉のかぎりであった。

 国家権力側〔具体的には官邸発だった〕が,ゴミ売り新聞にガセネタを提供したかたちで「前川喜平に対するデッチ上げ記事」を書かせた件は,安倍晋三政権にとっても読売新聞社にとっても,限りなくみっともなく,そしてたいそう恥ずかしい事件になっていた。その種の事実は,日本新聞紙上において恥辱的な汚点と記録されたからには,これからも,たびあるごとに回顧されつづけていくに違いあるまい。

 この読売新聞社の,「社会の木鐸」でなければならないメディア・マスコミが,みずから進んで協力していた,そのたいそうはしたない下劣きわまる「アホノポリティックス」へのチア・ガール的な支援は,いくらこの「ゴミ売り新聞」であっても「恥となった事実」を否定することはできまい。

 

 5「議論・2」 大手紙業界で他社の足をひっぱり,自社も自沈していく読売新聞社となった『ゴミ売り新聞』の体たらく,悪臭紛々ぶり            

読売新聞社傘下の出版社にこのような煽動本まで公刊させていた


 この読売新聞編集局『徹底検証 朝日「慰安婦」報道』中公新書ラクレ,2014年9月という本が,わざわざ出版されていた。「当時における読売新聞社」が,ここまで異様なまで意気ごんで実行した朝日新聞社「叩き」に対しては,ある週刊誌の記述も引用して書いていたあるブログが,つぎのように描写していた。

 補記)以下は,「読売新聞,朝日の慰安婦報道検証で攻勢 チラシを各戸配布(追記あり)」『edgefirstのブログ』2014-09-02,https://edgefirst.hateblo.jp/entry/2014/09/02/205328 から

 ◆-1(追記:2014/9/10)  〔2014年〕9月8日に発売された『週刊現代』に,〔『読売新聞』の〕販売店関係者の声が載っていた。上記の「朝日を購読している家庭にもポスティングされていた」という情報を裏付けるものであり,チラシが本社の負担で印刷・配送されたものであること,読売が「千載一遇のチャンス」とみなしていることなのが読みとれる。

 これまで,「朝日=信頼のおけるクオリティ・ペーパー」と信じていた読者が,今回の騒ぎで急速に離れはじめている-これをチャンスとみているのが,ライバルの読売新聞だ。読売の販売店関係者は語る。

 「販売店には読売本社からさまざまな業務連絡が来るのですが,8月20日付の連絡では『今月のポイント』の欄で『A紙作戦,千載一遇のチャンスです』と強調されていたんです」

 ここでいうA紙とはほかでもない朝日新聞。慰安婦問題で躓いた朝日から読者を奪って,販売を拡張しようというわけなのだ。その業務連絡の内容がなかなかえげつない。販売店関係者は続ける。

 「朝日批判のリーフレットを全額本社負担で刷ったので,読売読者の家のほかにも,地図データでわかるかぎりの朝日読者や,元読売の読者の家にばらまけ,というんです。読売の読者センターにも朝日批判の電話がかかってきて,乗りかえたいという声が多いようです」

 読売本社の販売部からは『A社やA販売店が一番苦しい時に徹底的に攻撃を仕かけましょう!」といわれています。(『週刊現代』2014/09/20号「慰安婦報道でライバル・読売が大攻勢! 『朝日新聞』の憂鬱」より)

 ◆-2(追記:2014/9/27)  さらに新しいパンフレットを制作し,各世帯に配っていることがわかった。20ページにもおよぶ大作で,朝日新聞の慰安婦報道の問題点を「何が報じられたか」「何が起きているか」「何をなすべきか」の3章に分けて解説。

 最終章では「真実を知ることが解決の第一歩」とし,今後「明らかになった真実を国内外に発信すること」を読売新聞が責任もっていっていくことが宣言されている。また,この問題に関する新書を緊急出版し,新規読者や試し読み読者にプレゼントすることもおこなっているようだ。

 紙面やウェブサイト,各戸配布チラシなどでここまで大々的に攻勢をかけているのは,やはり部数減少に対する懸念があるのではないか。ABC部数を調べると,2011年から2013年にかけてほぼ10万部減少(ただし11月のみ1000万部回復)という,他紙とそれほど変わりない減少幅で来ていたのが,今〔2014〕年に入って減少ペースが急加速。

 〔それが2014年〕4月には前月比20万部減の948万部,7月には925万部まで落ちこみ,6カ月連続の減少となっている。前年同月と比較して約60万部もの減少であり,神戸新聞の全部数(58万部)に匹敵する部数の減少が報告されたことになる。ついに販売店が発行本社からの目標達成のための数字を支えきれなくなったのでは,と思わせる落ちこみぶりだ。

 ちなみに,以上の引用・記述で登場していた「冊子(パンフレット)」からは,自社の不満・不安までもついでに,他社の問題にこじつけ,その標的にすりこませて「まぎらす」かのような,つまり「業界内だけでのずいぶんとケチ臭い,しかも,あだ後ろ向きになっての購読者分捕り・獲得抗争」の構図が浮かんでみえる,という印象しか抱かせなかった。

 ところで以上の話題は,2014年夏からしばらく(数カ月)の間つづいたものであった。しかし,いまではそれから7年(2023年なら9年,2026年のこの8月だと12年)もの時が経過した。現在は,新聞業界の低落傾向に歯止めがかかるみこみが,なおさらなくなっている「ネットの時代」に移行している。このあたりに生じていた事実についてはすでに,前段で統計図表を提示し,説明してみた。

 ◆-3 読売新聞社は「従軍慰安婦問題」を毛嫌いしつつ,自紙の販売競争に悪用したあまり,自社の首をみずから締め上げる行為に走っていた。その「後遺症」はその後もてきめんに効いていた事実を忘れてはいけない。

 2014年の時点にあってもすでに,読売新聞社のみならず,朝日新聞社も「従軍慰安婦問題」で安倍晋三に苦しめられる以前から,販売部数を減少させてきた。そして,どの社の他紙も基本的には同様な傾向をたどってきた。

 もしかしたら,このあたりから湧き出てきたどこへぶつけていいのかよく判らぬ腹いせもあってなのか,『読売新聞』は『朝日新聞』への攻撃になおさら力がこもっていたのか,などとも推理してみたくなる。

 もっとも,その種の「マイナスの逆作用として現われた効果」は,ゴミ売り新聞社が本来狙っていたところの「もの:相手」からは離れていき,異なった領域において確実に現われた。それこそ,こちらにおいて,その負的な効果が「てきめんに効いてくる」顛末をもたらしていた。

 つまり,その会社を挙げて,しかも調子に乗っておこなった行動は,「時代の大きな流れ」にかかわる要因(新聞業界の退潮傾向)に,さらに悪い影響をもたらしたのである。 

 補記)そういえば『毎日新聞』が2025年8月6日から,土曜日の夕刊だけだったが,休止した。その社告は「土曜の夕刊,8月から休止します 土曜の特集記事は平日夕刊に掲載します 毎日新聞」としらせていた。

 「毎日新聞社は8月2日から土曜日の夕刊を休刊します。新聞販売店で働く従業員や,、新聞の配送を担うトラックドライバーの不足が深刻・・・・」という事情があっての判断だということであった。

 また,産経新聞社は2026年8月6日,東北地域(青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島の東北6県)における『産経新聞』および『サンケイスポーツ』の新聞紙発行を11月30日から休止し,電子版の報道だけとする体制に移行すると発表していた。

 6「議論・3」 2021年9月の「従軍慰安婦問題」関連記事


 
さて話題は戦前に移る。今年も9月になると18日が来る。1931〔昭和6〕年のこの日,旧大日本帝国陸軍が「満州事変」を起こしていた。

 この「満州事変」は,6年後の1937〔昭和12〕年7月7日に始まる「日中戦争(シナ事変)」へと連続する意味をもつ前哨戦となっただけでなく,1945〔昭和20〕年8月15日「敗戦」へと向かうその「起点ともなった大日本帝国:戦乱の開始」を意味した。

 さて,2021年の9月の9日であったが,「従軍慰安婦問題」に関連する出来事が,つぎのように報道されていた。それは『朝日新聞』朝刊と『日本経済新聞』夕刊の各記事であった。以下の段落に引用する。

 ◆-1「『従軍慰安婦』の記述変更 教科書3社,政府答弁受け」『朝日新聞』2021年9月9日朝刊30面「社会」から

 「従軍慰安婦」という用語について「誤解を招く恐れがある」などとする答弁書を政府が閣議決定したことを受け,中学社会,高校地理歴史,公民科の教科書を発行する3社から教科書計10点の記述計11カ所について訂正申請があり,承認したと文部科学省が〔9月〕8日発表した。「従軍」の記述を削除する社や,記述は残したまま政府見解を併記する社など,対応は分かれた。
 
 補記)前段でいう政府の文句「誤解・・・」とは,より正確に代弁するとしたら「間違いだ」といいたいそれであった。

〔記事に戻る→〕 政府は〔2020年〕4月,「『従軍慰安婦』または『いわゆる従軍慰安婦』ではなく,単に『慰安婦』という用語を用いることが適切」との答弁書を閣議決定。一方,「いわゆる従軍慰安婦」という用語を使った1993年の河野洋平官房長官談話は「継承」する立場も記した。文科省は5月,教科書会社20社近くを対象に説明会を開き,訂正申請は「6月末まで」と示すなどしていた。

 文科省によると,山川出版社,実教出版,清水書院の3社から6月末に訂正申請があり,〔9月〕8日承認した。

 山川出版社は,現在使われている中学社会科や高校の日本史の教科書にある「いわゆる従軍慰安婦」という記述をなくしたり「従軍」を削ったりした。一方,清水書院は来年度から高校で使われる「歴史総合」の教科書で,「いわゆる従軍慰安婦」の記述は残し,注釈に「日本政府は,『慰安婦』という語を用いることが適切であるとしている」との政府見解を付記した。

 戦時中に朝鮮半島の人びとを日本で働かせたことを「強制連行」と表現することについても,政府が「適切でない」との答弁書を閣議決定しており,これらの3社と東京書籍,帝国書院の計5社が,「徴用」「動員」などと計28点で計53カ所の記述を訂正した。(引用終わり)

実際に従軍どころか軍備品(モノ)あつかいでもあった慰安婦の存在を
このようにいいかえたところにその歴史的な本質を
勝手に変更できる理由はえられない


 ◆-2「慰安婦記述訂正,文科省が承認 教科書会社が削除や変更」『日本経済新聞』2021年9月9日夕刊,https://www.nikkei.com/article/DGKKZO75594030Z00C21A9CE0000/
 
 (なお,同紙の『夕刊・電子』最終版には該当記事がみつからなかったので,ここでの引用は『日本経済新聞』の当該夕刊「紙面(筆者のスクラップ)」からのものとなる) 

 文部科学省は〔9月〕9日までに,慰安婦問題や第2次大戦中の朝鮮半島からの徴用をめぐる教科書の記述について,教科書会社5社から「従軍慰安婦」「強制連行」との記述の削除や変更の訂正申請があり,8日付で承認したと明らかにした。現在使用されている教科書の他,来春から使われるものもある。

 政府は〔2021年〕4月,「従軍慰安婦」という表現は誤解を招く恐れがあるとして,単に「慰安婦」とするのが適切とする答弁書を閣議決定。朝鮮半島から日本本土への労働者の動員を「強制連行」とひとくくりにする表現も適切でないとした。

 5社は山川出版社,東京書籍,実教出版,清水書院,帝国書院。教科書は,中学社会1点と,高校の地理歴史26点,公民2点の計29点。

 「従軍慰安婦」では,多くが「慰安婦」に変更。山川出版社の「中学歴史 日本と世界」は「いわゆる従軍慰安婦」の部分を削除した。清水書院は「いわゆる従軍慰安婦」との記述を維持したうえで,注釈として「政府の談話などを含めてこのように表現されることも多かったが ……(中略)…… 現在,日本政府は『慰安婦』という語を用いることが適切であるとしている」を追加した。

 「強制連行」「強制的に連行」では,「強制的な動員」としたり,「徴用」としたりした。教科書検定基準は,閣議決定などで示された政府の統一的な見解にもとづいた記述にすると規定している。(引用終わり)

 以上のごときに日本政府が閣議決定にもとづき,従軍慰安婦問題という用語から「従軍というコトバを削除した政治の行為」は,「歴史の事実」抹消に相当する。ここでは反論のために以下の文献から引証をしておく。

 ◆-3 島田俊彦『関東軍-在満陸軍の暴走-』講談社(学術文庫),2005年(初版は1965年)は,従軍慰安婦問題の歴史に関して,こう説明していた。1941〔昭和16〕年8月時点に関した記述である。

 このとき,すでに北満には約70万人の兵力,馬約14面,飛行機約6百が集中されていた。作戦準備のため,満洲,朝鮮に集められた作戦資材は,その後何回か南方や内地に転用されたにもかかわらず,終戦のとき,全量の約5割が残るほど莫大だった。

 原善四郎参謀が兵隊の欲求度,持ち金,女性の能力等を綿密に計算して,飛行機で朝鮮に出かけ,約1万(予定は2万)の朝鮮女性をかき集めて北満の広野に送り,施設を特設して “営業” させたという一幕もあった(島田『関東軍-在満陸軍の暴走-』221-222頁)。

島田俊彦『関東軍-在満陸軍の暴走-』から


 島田俊彦のこの著作『関東軍-在満陸軍の暴走-』が「歴史の事実」をありのままに事実を取りあげ語っていたとすれば,21世紀の現政権が閣議決定で以上のごときに「過去の現実」をいいかえさせたところで,「歴史の真実」そのものを勝手に変更できたわけがない。それどころか,ふつうはこういった書きかえの行為は「歴史の隠蔽」「その捏造」に相当する。

 島田俊彦のこの本が説明した「朝鮮女性」とは,従軍「していた,させられていた」「朝鮮女性」たちの存在ではなかったか?

 以上の話における日本政府の姿勢は,「三猿」たちが全匹,「頭隠して尻隠さず」までをしたかっこうに,ソックリであった。

 島田俊彦は「現代日中関係史」を専門とする歴史学者であるが,政治家の中曽根康弘も,旧帝国海軍主計将校だった時期,従軍慰安婦の動員にかかわった体験について,こういうふうに自慢げに回想し,また別の場面において,従軍慰安婦の要員調達をめぐる真相の一端を,このように「バカ」正直に語ってもいた。

 3千人からの大部隊だ。やがて,原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために,私は苦心して,慰安所をつくってやったこともある。……。私の心は不思議にすがすがしかった。それは,毎日,死と直面した生活のなかで,私が悟った貴重な教えがあったからである。

 註記)中曽根康弘「23歳で3千人の総指揮観」,松浦敬紀編著『若い世代へ伝えたい残したい 終わりなき海軍』文化放送,1978年,98頁。

中曽根康弘は従軍慰安婦を海軍内に設営した総責任者としての
仕事を「私の心は不思議にすがすがしかった」
自信をもって敗戦後に語っていた
まさか嘘をいっていたわけではあるまい

 
 この中曽根康弘の寄稿を掲載した松浦敬紀編著は,『若い世代へ伝えたい残したい……』という書名になっていた。21世紀のいまごろになってだが,自民党政府がこのように中曽根たちも回想した「歴史の事実」を,小手先でごまかしたうえで,できれば否定にまでもっていくための閣議決定をおこなっていた。

 それでは,自民党政府みずからが「これからは学校教育で従軍慰安婦の問題」を,事実にもとづかないで教えるといったも同然になる。

 中曽根康弘が挙げた,しかも自分が設営させた慰安所に狩り出された女性たちは,軍属とはいいえない「従軍そのおのであった」と理解するほかない “動員のされ方” になっていた。特定の島(もちろん戦場になっていた地域)においてなされたその動員「話」であった。

 強制もなにもあったものではなかった。それどころか,問題としてはただの強制そのものであった以上に,実際はむしろ半奴隷的に駆り出された「実話」であった。

 中曽根康弘がそのように「書いて・残した文章」の含意は,従軍というコトバの意味を否定するどころか,つまり「いわず語らず」というよりは,すなおに肯定する文章になっていた。それは正々堂々と,戦争中における旧大日本帝国軍の『従軍慰安婦「観」』,つまり軍隊:軍事力によって動員を強制し,調達しえた「軍事物資として性的奴隷」に関して告白していた。

 以上の話題をより正確に形容するとしたら,告白というよりは,中曽根自身の自慢話になっていたに過ぎなかったが……。

 旧大日本帝国陸海軍にあっては,それほどに「従軍慰安婦」は普遍的に実在する一群(一軍?)であった。それでも,軍人ではない女性たちだったゆえ,軍事物資ないしは付属施設内でその一部を構成する物体あつかいされていた。彼女らそのものは人間としてではなく,あくまでも戦時中における軍隊用に「必要不可欠のただの物資」とみなされていた点に注意したい。

 要するに,「従軍」というコトバを必死になってもみ押さえこみ消そうと画策してみたところで,その従軍慰安婦問題にかかわる「歴史の真実・事実」が消えてなくなることは,けっしてありえない。日本政府が閣議決定という形式でその従軍というコトバを消しえたつもりであっても,この抹消手続そのものがまた「従軍慰安婦」問題に関して,今世紀に頭をもたげてきた新しい〈論点〉を付加したことになる。

 「従軍慰安婦」問題向けの回顧談をする場合,こうなると「従軍慰安婦問題」から「従軍」の文字を取りのぞいたところ,もともと従軍しかありえないこの慰安婦「問題」であったものを,なにゆえそこまでこねくりまわし,その関連する「史実=存在」じたいを否定しようとするのか?

 中曽根康弘の自慢話は,従軍慰安婦問題そのものになる話題であっただけに,いまとなってはできればなるべく,それも完全に打ち消しておきたい歴史の思い出であった。

 どうやって「始末してみた」ところで,それらの事実を「なかったもの」として消し去ることはできなかった。結局,自分たちの発想・志向であった「それらの冗言:虚言」にしかなりえなかった内容・中身は,みずからが正直に発言していた事実そのものとして,書物のなかに記載されてきた。

 いまさら,そうした文句が「文字にして書かれてあった本」は,それを全部集めて燃やし,なくすことなどできない。たとい,それらをなくせたつもりの気分にだけは「なれたとしても」,従軍慰安婦問題そのものは「慰安婦が本当に実際に従軍していた事実そのもの」があったのだから,この歴史を否定し,無理やりになきものにすることはできない。

 そうした言動のことは「歴史修正主義」などと呼称されているが,それに本当の名前を付けるとしたら,「歴史無視主義」と名づけたほうが適切であった。日中戦争中に発生した南京虐殺事件は,日本政府も認定している歴史的な事件であるが,この事実を否定する者たちがいないのではない。

 その者たちによる独特な屁・理屈を聞いていると,「否定はするがその根拠は示さない」点に関しては,一貫したこだわりを堅持しようとする態度が明らかであった。要は「みたくないものはみない」「ききたくないものはきかない」「いいたくないものはいわない」という,この幼稚で狷介な理屈が最優先されていた。

【参考文献】


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