黒歴史と果たし状とバニラ味
のぞみんさんの企画、
「教えて!私、こんな失敗やっちゃいました」に参加します。
失敗ネタってなんだろう。
そう考えた時、正直、失敗した経験は死ぬほどあります。
ただ、失敗って、ものによっては心をえぐるエピソードになりがちなんですよね。
「あの時は大変だったなあ」
で済むものもあれば、
「いや、それはもう傷じゃん」
みたいなものもある。
せっかくのあたたかい企画で、
人様の心をえぐるタイプの失敗談を出すのも違う気がしました。
なので今回は、
できるだけ安全な失敗エピソードをお送りします。
安全な失敗ってなんだよ。
自分で言っていてよくわかりませんが、
少なくとも読んだ人の心を深く傷つける方向ではないと思います。
たぶん。
まず思い出したのは、小学生の頃のことです。
それでは、僕が人生で一番最初に「失敗した」と思ったエピソードをご紹介します。
原初の失敗です。
原点にして頂点です。
なんだよ、失敗の頂点って。
はじめての黒歴史
小学生の頃の話です。
友達と外で遊んでいる時、
記念碑のような建造物にヒビが入っているのを見つけたんです。
そこで僕は、なぜかこう言いました。
「よし、このヒビ、僕が殴って入れたことにする」←堂々と嘘つくやん
すると友達も、
「いいねそれ!」
と乗っかってくれました。
二人で盛り上がっていた、その時です。
ふと、近くを大人が通りかかりました。
((うわあああああああああ!!))
やっべぇ、やっべぇ、やっべぇ!
聞かれたかもしれない!
とてつもなく恥ずかしかったです。
外で堂々と話すあたり、
当時の僕のセキュリティ意識の低さが垣間見えます。
ただ、僕のセキュリティ意識の低さは、
これだけでは終わりませんでした。
次にご紹介するのは、果たし状事件です。
暇つぶしに果たし状を書いた話
またしても小学生の頃の話です。
学校の教室で、暇つぶしに果たし状を書いたことがあります。←どんな小学生だよ。
今思い返しても、なぜそんなことをしたのかよくわかりません。
「果たし状」という言葉の響きが、
非日常感があって面白いみたいな理由だと思います。
勿論、誰にも出さないつもりです。
内容は、たしかこんな感じでした。
はたしじょう
ほうかご
青木こうえんで
はたしあいしよう
雨ふったら明日ね

雨天中止を明記するあたり、
無駄に細かい僕らしさが出ています。
果たし状なのに、
ちゃんと予備日を設定している。
律儀なのか。
臆病なのか。
何なんだこれは。
本気で戦うつもりはないくせに、
雨が降った場合の対応だけは決めている。
そこじゃない。
果たし状を書いていると、
隣の席の女子が、ものすごく興味津々に聞いてきたんです。
「何書いてるの?」と。
そこで僕は、こう言いました。
「絶対に誰にも言わないでね」←フラグ
どんな内容の果たし状を書いたのかを教えました。
今思えば、人のこと信用し過ぎですね。
それで、たしか休み時間だったと思います。
その子が、周りに言ったんです。
「寺尾くん、果たし状書いてたよ」
みたいなことを。
僕は当然、怒りました。
「誰にも言わないって言ったじゃん!」
すると、その子はこう言いました。
「内容は言ってないからいいじゃん」
とヘラヘラしていました。
よくないだろ。
当然、周りはものすごく興味津々になります。
そりゃそうです。
小学生の教室で、
「果たし状」
なんて言葉が出てきたら、聞きたくなるに決まっています。
果たし状の内容について、矢継ぎ早に質問が飛んできます。
僕はこれ以上話が広がるのが嫌だったので、無視しました。
すると、質問の対象は隣の席の女子になりました。
いい気になったその子はさらに言いました。
「青い木の茂ってる公園で果たし合いするらしいよ」
僕はかなりキレ気味に言いました。
「〇〇さん!」
もちろん、〇〇にはその子の苗字が入ります。
僕としては、
「これ以上言うな」
という全力の制止でした。
でも、その子は笑顔でこう返しました。
「いいやん」←お前さっき『内容は』言ってないって言い訳したばっかりやろ!
その子の理屈としては、
たぶんこうだったのだと思います。
「青木公園」とは言っていない。
だからセーフ。
いや、アウトです。
「青い木の茂ってる公園」って、
それはもう青木公園です。
正解そのものは言っていないのかもしれない。
でも、答えにたどり着くための情報は出している。
答えじゃん。
それはもう、ほぼ答えじゃん。
僕は人生で初めて、
「秘密が漏れる瞬間」を目の前で見ました。
しかも、ただ漏れるだけではありません。
僕の目の前でです。
子供心に「何で本人の目の前で言うの?せめて隠れて言わない?」と思いました。
そこで僕は、その場にいる全員に向かってキレました。
「誰と果たし合いしようが、どこで果たし合いしようが、俺の勝手やろ!だから、これ以上話を広げるな!」
たぶん、かなり本気で怒っていたと思います。
もうやめてくれ。
頼むからこれ以上広げないでくれ。
そんな気持ちだったのだと思います。
ただ、今になって思います。
これは、火消しではありません。
燃料投下です。
小学生の教室で、
「誰と果たし合いしようが、どこで果たし合いしようが、俺の勝手やろ!」
と本気でキレる。
そんなことを言われたら、
周りは余計に気になります。
火を消すつもりで、
ガソリンを撒いていたわけです。
セキュリティ意識どころか、
危機対応能力にも問題があります。
小学生の噂話なんて、一瞬で広がります。
気づけば放課後には、
たぶん学年中が知っていました。
しかも、話は勝手に形を変えていきました。
僕は果たし状に、
相手の名前なんて書いていません。
誰かに出すつもりもなかった。
それなのに、いつの間にか、
「相手はあの人らしい」
みたいな話になっていました。
当時、僕のことをいじめていた、
いわゆるガキ大将みたいな人がいたんです。
なぜか、その人が相手ということになっていました。
噂というものは怖いです。
空白があると、人が勝手に埋める。
そして、その話は本人の耳にも入りました。
放課後だったと思います。
その人が、笑顔で僕のところに来て、こう言いました。
「果たし状ちょうだい」
終わった。
そう思いました。
僕はもう、どうにもならないと思って、
果たし状を渡してしまいました。
本当は渡したくなかった。
でも、ここまで話が広がってしまうと、
自分でもどう止めればいいのかわからなかったんです。
そして最終的に、先生が来ました。
たぶん誰かが先生に言ったんだと思います。
先生は、僕たちにこう聞きました。
「果たし合いの意味、わかってる?」
「本当に果たし合いするの?」
その時、僕は思いました。
このままだと、僕は急に喧嘩を売ったかなり危ないやつになる。
これはまずい。
そう思った僕は、とっさに言い訳を考えました。
そして出てきた言葉が、こちらです。
「ゲームで決着をつけるつもりでした」←苦しい
弱い。
言い訳として弱い。
でも、殴り合いよりはマシです。
少なくとも、
肉体的な果たし合いではない。
コントローラーを握るタイプの果たし合いです。
ただ、ここで新たな問題が発生します。
仮に、
「ゲームで決着をつけるつもりでした」
という説明が通ったとしても、
そもそも、なぜ果たし状を書いたのか。
という問題が残ります。
ここが一番まずい。
暇だったから果たし状を書いた小学生。
字面がよくない。ちょっとこんな理由でお騒がせしたら怒られるかもしれないな、と思って理由をひねり出しました。
「そもそも、果たし状を出すつもりはありませんでした」
・本気で殴り合うつもりではない
・もしやるとしてもゲームのつもりだった
・そもそも誰かに出すつもりはなかった
・名前を書いていないのがその証拠
小学生なりに、必死の弁明です。
果たし状を書いている時点で、相当おかしい行動です。無理があります。
そして僕は、さらに苦しい言い訳をしました。
「これは、誰にも言わないでねって言ったら、本当に誰にも言わないのかを調べていました」←苦し過ぎるやろ!
要するに、僕の説明はこうでした。
絶対に誰にも言わないでね、という条件で、
果たし状の内容を、隣の席の女子にだけ話しました。
するとその女子は、休み時間にはクラスの皆に言いふらしました。そこで僕は「誰にも言うなよ!」とクラスのみんなに言いました。
すると、放課後には、
学年中の生徒が知っていました。
先生も知っていました。
つまり、誰も秘密を守れていません。
調査結果
みんな口が軽いですね。←偉そうな子供やな
この事件で、僕は学びました。
言葉は、自分の手を離れた瞬間、
自分だけのものではなくなる。
冗談のつもりでも、
暇つぶしのつもりでも、
実験のつもりでも、
相手がどう受け取るかまではコントロールできない。
勝手に広がる。
勝手に加工される。
勝手に相手まで決められる。
そして、
「ここだけの話」は、
だいたいここだけでは終わらない。
小学生の果たし状から学ぶには、
かなり実用的すぎる教訓でした。
でも、かなり大事なことを学んだ気がします。
……と言いたいところですが。
大人になってからも、
「ここだけの話」という前提で話したことを、その日のうちに僕の目の前で言いふらされたことが何度もあります。←何も学んでなくない?大人なら良識があるなんてことないのにね。
では、そんな失敗を経て、
今の僕はどうなっているのでしょうか。
言葉は一度外に出すと、自分の手を離れる。
「ここだけの話」は、だいたいここだけでは終わらない。
小学生の頃に、
かなり実用的な教訓を得たはずです。
では、大人になった今の僕は、
さぞ慎重に、落ち着いた判断ができる人間になっているのでしょうか。
最近の僕の失敗をご紹介
昨日です。←早い早い早い!
スーパーで、
スーパーカップ超バニラ味のグミを見つけました。
パッケージには、こう書いてありました。
「大変お待たせいたしました!」

いや、待ってない。
別に待ってはいませんでした。
でも、気になる。結局、好奇心に負けて買ってしまいました。←判断が早い!
そして、何を思ったのか、
本家のスーパーカップのアイスまで買ってしまいました。
とてもいいお客さんですね、僕は。
金は天下の回りものと言いますが、僕みたいな好奇心に負けて散財する人がいるから、回るのでしょうね。
話を戻します。
実際に食べてみました。

結論から言うと、
普通に不味かったです。←
味が薄い。
しかも、後味が悪い。
本家のスーパーカップと一緒に食べてもみました。
もしかしたら、
アイスと一緒に食べることで完成する商品なのかもしれない。
そう思ったんです。
結果。
全然美味しくありませんでした。←
グミとアイスが、
互いの良さを引き出すどころか、
味を殺し合っていました。
何これ。
少し分析してみると、
たぶん「アイスをグミにする」という発想そのものに、
かなり無理があったのだと思います。
アイスは、口の中で溶けます。
でも、グミはしばらく口の中に残ります。
つまり、
本来なら口どけで成立しているはずのバニラアイス味が、
グミになることで、ずっと口の中に居座るわけです。
そりゃ後味も悪くなる。
口どけが魅力のものを、
口に残る食べ物にしている。
相性が悪い。
かなり悪い。
最後に、冷凍庫で冷やしてみました。冷凍庫入れると美味しくなるお菓子あるじゃないですか。
ちょっと歯ごたえ増しただけでした。
どうやっても不味いという検証結果が出ました。
そもそも、
グミがバニラ味だから何だというのか?
僕は何をやっているんでしょうか?←急に哲学的になるやん
小学生の頃、
「果たし状」という言葉の非日常感に負けて、
暇つぶしで果たし状を書いた僕。
大人になった今、
「スーパーカップ超バニラ味のグミ」という違和感に負けて、
謎のグミを買っています。
しかも、本家のアイスまで買っています。
検証までしている。
僕は昔から、
自分が興味を持ったかどうかで物事を判断するところがあります。
それが良い方向に出ることもあります。
気になったことを調べる。
試してみる。
実際に体験して、自分の言葉にする。
そういう意味では、
好奇心は悪いものではありません。
でも、時々こうなります。
あんま変わってねえな、こいつ。←お前やろ
失敗から学んでいるようで、
根っこの部分はあまり変わっていないのかもしれません。
でも、まあ。
こうして記事にできたので、
完全な負けではないと思うことにします。
たぶん。
