「逃げ場のない詩に向き合う ― 四行詩の試み」
ぼくが詩に夢中になった頃、それはもう半世紀も前になりますが、詩は今よりもずっと短かった記憶があります。もちろん詩の長さなんて個々の詩によって違います。でも、少なくとも昔は、夢中になれる短い詩がたくさんあった、そんな気がします。
むろん日本人と日本語は、先の太平洋戦争をくぐって来ましたし、さまざまな出来事の中で変化してゆくのも当然です。特に最近は、ネット社会だ、AIだで、時代のありようも急激に複雑になってゆく中で、詩で表したいことも同様に、数多くの言葉を使わなければ言い尽くせなくなる、ということもわかります。また、創作というのは以前書いたようなものを繰り返し作り続けているわけにもいかず、過去の作品で書かなかったものを探す、という行為は、自ずと真っ直ぐで単純な表現から離れて、複雑で長くなってゆくことも往々にしてありえます。ですから、今の詩は長すぎると言って、ぼくは安易にこの時代の詩を批判するつもりは毛頭ないのです。今の詩は今の時代に書かれるべき相応の理由がありますし、かつての詩がかつての長さだったことにもきちんとした意味があるのだと思います。
ただ、少なくとも詩の読者としては、後に生まれた方が間違いなく幸せなのではないかと思います。というのも、かつて書かれた優れた詩のすべてから、一人一人の読者が自由に選び取ることができる、その選択肢は、時代が行けば行くほどに増えてくるからです。
では、ぼくが若い頃に夢中になった短い詩にはどんなものがあったでしょうか。もちろん沢山あったのですが、まっさきに思い出すのは黒田三郎の「紙風船」と池下和彦の「朝」の二篇です。久しぶりに見てみましょう。(註:以降、詩のタイトルはかぎ括弧で囲っています。)
「紙風船」 黒田三郎
落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように
「朝」 池下和彦
手からのがれて
りんごは紙のうえをころがる
ひとまわりしないうちにとまると
こちらへむかって
通り道ができる
それをたどっても手はもう
りんごにふれることなどない
読んでみればわかりますが、これは現代詩(!)なのに、二つの詩ともに、難しい言葉も、凝った表現もまったく使われていません。どこにでもある日本語で、単語の意味そのままに書かれています。それなのに、どうして詩というのは、読むたびに言葉がまるごと私たちの心になだれ込んでくるのだろうと、当時のぼくは悩みつつも考えていました。いえ、それはその当時だけのことではなく、そののち五〇年間もずっと考え続けてきたと言えます。ぼくにとっての詩とは、この、どうしても言葉に惹かれてしまう仕組みを解明することだったのです。そうしているうちに、自然とぼくも詩を書きたいと思うようになりました。ですから、短い詩に刺激を受け続けていたぼくも、かつてはとても短い詩を書いていました。言葉はそんなにいらない。どれほど鋭く読む人に刺さることができるか、それが大事なのだという思いが強くありました。
そして今思えば、詩を書き始めた頃に短い詩を書くことに集中していたことは、逃げ場のない挑戦をしているようなものであったゆえに、とてもよい経験になりました。長い詩を書けば、長い詩の創作から学ぶことももちろんあります。けれど、長い詩を書いて、その詩の価値(出来)を自分で知ることはとても難しい。というのも、その詩には良いところも緩んだところもともに入る可能性があり、全体の評価が必ずしも「詩」そのものの評価にはならないことがあります。一方、短い詩は、良くできたものは即座にその価値が分かることが多く、つまらない詩はそれこそ即座に、明白にわかってしまいます。そういう緊張した場所で、これはダメだ、この詩もダメだ、と毎日書き続けてきたことは、何よりもの勉強になりました。
それで、今回、四行詩に関わることになってまず思ったのは、ぼくが好きな短詩が四行詩であってくれたら、それらの詩について語れるな、ということでした。でも世の中そうはうまくいかないもので、黒田三郎の「紙風船」は八行、池下和彦の「朝」は七行になります。同様に、ぼくのこよなく好きな短い詩を見てみれば、白石かずこの「池(Pond)」は一三行、川崎洋の「鉛の塀」は九行と、どれも四行よりもずっと長い詩になっています。
そうか、短詩が好きだと言っても、なかなか四行で詩を書くというのは困難ではないのかと思い、ではどういう詩が四行でできているかを考えました。まず思ったのは三好達治です。ぼくが中学生か高校生の時に教科書に載っていた詩で、蟻がヨットのようだという視覚的なイメージにうっとりとなったことがあったなと探してみれば、確かに四行でした。
「土」 三好達治
蟻が
蝶の羽をひいて行く
ああ
ヨットのやうだ
確かに短い詩、ということで思い出すのは三好達治です。でもそれは三好達治の詩だけが短かったというよりも、当時の時代の風潮が強く関係していて、例えば丸山薫の詩も同様でしたし、さらに四季派のあたりの詩人の詩には、ホントに短い言葉の中に広々とした世界を広げた作品が多くあったなと思い出します。
三好達治の四行詩には、こんなのもあります。
「揚げ雲雀」
雲雀の井戸は天にある……あれあれ
あんなに雲雀はいそいそと 水を汲みに舞ひ上る
杳かに澄んだ青空の あちらこちらに
おきき 井戸の樞(くるる)がなつてゐる
この詩も四行になっていますが、一行の中にスペースを入れることによって、若干、文字数を多くしています。詩は形式が自由なので、空きスペースを入れて二行を一行にすることもできるわけで、作ったあとに読み返して違和感がなければ、多少長い詩(十行ほどの)でも、四行詩にできないことはありません。
また、こんな詩もあります。
「虻」
詩を書いて世に示す
しかも私は 世評など聞きたくない
この我儘を許し給へ 私は虻のやうに
羽音を残して飛んでゆく
この詩を見ると、四行という短い詩ではあっても、単に情景を鮮かに表しているだけというところから、思考や情感をも、書きようによってはかなり複雑で細かい所まで表すことができるのだ、ということがわかります。
さらにもう一つ三好達治の四行詩を見れば、これはなんということもない風景を表した詩ですが、それゆえに、その風景の前に立つ人の思いがひしひしと伝わってきます。詩は常に、何を書いたからすごいとか、どんなふうに書いたからすごいとか、そういうものではなく、その詩だけがその詩のすごさを見つけ出しているものです。その発見を共有できることが感動なのではないかと思うのです。
「街道」
鐘が鳴る 小学校が静かになる
竹薮に吹き入る風 竹薮から揚羽の蝶が飛んでくる
旅人が蕎麦屋に入る
郵便局の前に バスが止まる
ところで、短い詩ということで思い出すのは三好達治だけではなく、もう一人、八木重吉がいました。四行詩にどんなのがあるだろう。いくつか並べてみます。
「息を殺せ」
息を ころせ
いきを ころせ
あかんぼが 空を みる
ああ 空を みる
「ほそい がらす」
ほそい
がらすが
びいん と
われました
「雲」
くものある日
くもは かなしい
くもの ない日
そらは さびしい
「朝の あやうさ」
すずめが とぶ
いちじるしい あやうさ
はれわたりたる
この あさの あやうさ
「素朴な琴」
この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美くしさに耐えかね
琴はしずかに鳴りいだすだろう
それにしても、八木重吉の詩の言葉はとても短いのに、これでもう充分、という気持ちになるのはどうしてなのかと思います。これ以上、たったひとつでも言葉を足してしまうと、完成された詩が壊れてしまうような、まさに「あやうさ」を感じます。どの詩も表面は目の前にある情景を書いているだけなのに、重吉の心の中を覗き込んでいるようにでき上がっています。
ということで、三好達治、八木重吉と、戦前の詩人の詩が並びましたが、戦後で短い詩、ということでまず思うのは吉野弘です。漢字の形から多くの詩を書いていますが、次の詩もその内の一つです。
「静」
青空を仰いでごらん。
青が争っている。
あのひしめきが
静かさというもの。
漢字を分解してそこからイメージを膨らまして詩を作るという手法は、無意識に多くの詩人がやっていることのように思え、それゆえにすでに手垢のついた手法とテーマの詩ではあります。ですからそのような作り方で秀でた詩を完成させた吉野さんの非凡さを感じます。
吉野弘の四行詩には次のようなのもあります。これは先に見た三好達治の四行詩と同じ趣ですが、これもなかなかいい。
「霧」
閉じこめた高原がどんな風景だったかを
思い出そうとして
霧は
ときどき自分自身を取りはらってみる
これも特段珍しい発想ではなく、「霧」を思えばほとんどの人が、霧が晴れた時のことを詩に書こうとするだろうと思います。むしろこういった、人が連想する方向と同じ道を選びながらそれでも優れた詩にしているところがすごいなと思うのです。
戦後の詩人ではさらに、高階杞一の詩が軽妙でなんともいい。
「真夜中に」
アイロンが向こうの部屋から語りかけてくる
あなたにもかけてあげましょうか しわくちゃだから
あのアイロン 女の子だったんだと
はじめて気づく
こうして読んでいくと、短い詩ゆえに、世界に軽く触れて、その風を詩から送ってくれているような作品が多いように思います。けれど言うまでもなく、短い詩にはもっと広く深い可能性を探ることができます。比較的言葉の多い、あるいは複雑な内面を書き表すことも可能であろうと思います。例えば氷見敦子の次の詩は、詩画集に載っている四行詩のひとつです。
水の地図をひらくと
異性の肩に輝く死魚の鱗が積もっている
建物の深い街を歩く
衝動する舌がネオンの中に逆立ち、臭気の袋を叩いている
(詩画集『異性の内側』より)
詩画集の中の一篇ですので、詩単独のタイトルはありません。これまで見てきた四行詩とはちょっと違った個性を持った作品になっていますし、そしてどんな個性の詩も、四行という枠を利用してその人固有の詩世界を広げる可能性を見せてくれています。
と、ここまで書いてきて、ふと思い出した詩がありました。見てみればこれも四行詩です。
母 吉田一穂
あゝ麗しい距離(デスタンス)、
つねに遠のいてゆく風景……
悲しみの彼方、母への、
捜り打つ夜半の最弱音(ピアニツシモ)。
若い頃にぼくは、この詩に夢中になっていた記憶があります。でも内実は、この詩をどこまで読み解けていたかわかりません。詩というのは不思議なものです。わからないままにその詩に囚われてしまう、ということがあるのです。
と、脈絡もなく四行詩を見てきました。それで、ここに載せたのはふと思いついたものだけですので、調べてみればもっと多くのすばらしい四行詩を見つけることができるだろうと思います。萩原朔太郎、中原中也、清岡卓行、丸山薫、尾形亀之助、谷川俊太郎などの詩人の四行詩も、きっと参考になります。
むろん、詩は長さで良し悪しは決められません。また、四行詩を書き慣れている人は、今の世の中にさほどいるとは思いません。でも、今まで書いてこなかった短い詩に一度は向き合っても面白いのではないかと思います。試みた結果が傑作に結びつけばもちろん嬉しいし、そうでなく、思うような詩が書けずに打ちのめされるような絶望に終ったとしても、これから詩と付き合ってゆく長い日々の中で、自分にとっての詩とは何かという思いも深まり、なんらかの意味を持つだろうと思います。
これまで四十行詩を、あるいは四百行詩を書き続けてきた人が、四行の世界の奥行きに身を浸した時に何が現れてくるのか、自分がどんな詩をかき得るのかを楽しみながら創作してみるというのは、意味があると思います。
どんな詩が書けるだろう、というわくわくした思いこそが、すぐれた詩を生みだす源であると、ぼくは信じています。
