[書評] テルマエ・ロマエ
みなさん、こんにちは。Naseka です。
私は 哲学者・書評家・エッセイスト として、
自らを定義しています。
初めて読んだのは もうかれこれ
10年以上前になろうか。
取り立てて風呂の欲求に
駆られたわけではないのだが、
つい先日ラテン語に
かかわる本を読んで
ふと読み返したくなったのだ。
思えば一度目に読んだときは、
テーマと着眼点がユニークな作品
という程度の印象しか
なかった気がする。
メディアミックスという点では、
映画のルシウス役が
あまりにもハマり役だったことは
強く記憶に残っているのだが。
(あれほどローマ人を
違和感なく演じられる日本人は、
彼をおいて他にいないだろう)
私はしばしば
過去に読んだ本を読み返すが、
時間をおけばおくほど
次に読んだ時の感動が大きくなる。
それは 前回読んだときと
読み直したときとで、
自分自身の価値観や知識が
変わったことが大きい。
私の この十余年も、
ささやかな感動を生む程度には
成長があったようである。
世界史が好き
私は世界史が大好物であるのだが、
学生時代は
あまり古代ローマに対しては
興味がなかったような気がする。
どちらかというと
大航海時代から
ナポレオン戦争あたりまでが、
一番魅力的に感じていただろうか。
とりわけ学生時代は テスト勉強と
セットになりがちだから、
「〇〇ウス」とか
「〇〇ヌス」みたいに
似たような名前が並ぶ時代は
あまり頭に入ってこなかったのだ。
(その点、ネロ帝は覚えやすくて助かる)
ちなみに似たような理由で、
漢字で人名を答える必要がある
中国史や日本史も得意ではなかった。
ところが不思議なもので、
いざ学生の身を脱してみると
テストの点数や
理解度(≒ 記憶度)を
度外視して学ぶ歴史の
なんと面白いものか。
ひとりの成人として
自分なりの価値観も確立した中で、
改めて人類の歴史と
先人たちの積み重ねてきた
歴史をたどることが
この上なく楽しい。
そして そのような視点で
接していくと、
古代ローマという国の
歩んできた歴史は
何度 本を読んでも
大きな気付きを得られる。
よく
「〇〇時代にタイムスリップしたら…」
なんて空想話をすることがあるが、
21世紀を生きる私の目から見ても
二千年以上前の人たちが
これほど偉大な文明を有していたとは
驚きを禁じ得ない。
もちろん現代人から見て
的外れな思想も少なくないが、
それを差し引いても
十分過ぎるほど
高度で知的な文化が そこにあった。
この感動を知って以降、
数々の古代ローマにかかわる書籍や
文献を読んできたし
(記憶が定着したかは別として)、
新たに本を読む度に
またひとつ 古代ローマを好きになる。
ラテン語のススメ
ところで テルマエ・ロマエの
作者である ヤマザキマリ氏は、
こんな私が 足元にも及ばないほどの
古代ローマ愛好家のようである。
彼女の描くマンガを見ると、
教科書では学びきれなかった
当時の生活や空気感が
見事に表現されている。
(古代どころか、私は
ローマに行ったことすらないけれども)
マンガということで
画から伝わる雰囲気は
もちろん素敵なのだが、
ニクいところが
端々に登場するラテン語である。
古代ローマで使われていた
言語ということで、
当然 風景の中に登場する言葉は
ラテン語になっている。
…まぁ古代ローマの風景描写に
日本語が登場していたら、
一気に興醒めすることだろうが。
思うにマンガにしても映画にしても、
こういう背景に登場する文字や言葉を
理解できるかどうかというのは、
その作品をどこまで
楽しみ尽くせるかという点で
非常に重要だと思っている。
然るに この作品の場合、
英語でも イタリア語でもなく
ラテン語の素養を
どれだけ持っているかによって
その楽しめる度合いは
変わってくるに違いない。
そういう私だって ラテン語の
読み書きができるわけではないから、
ラテン語を習得した者から見れば
残念なものである。
とはいえ基本知識として
ローマ数字の読み方とか、
当時は「U」の文字がなく
「V」が使われていたとか、
だいたい ローマ字読みでOKだとか、
そんな程度の知識があるだけでも
この作品に登場するラテン語は
無機質な文字列ではなくなってくる。
これに英語の語彙・語幹や
いくつかのラテン語の
単語の知識でも加われば、
描かれる世界の
「古代ローマ “っぽさ” 」は
格段に高まって感じられるだろう。
湯を浴びて思う
そうだ、この作品を語る際には
古代ローマと並んで
外せない要素があった。
「風呂」である。
(だって、THERMÆ ROMÆ って
書いてあるじゃない)
カラカラ浴場でも有名なように、
古代ローマにも
風呂の文化はあったという。
(ペストが流行った中世には
なくなっていたというのに)
夏場の汗だくになった身体を洗うとき、
冬場に凍えた身体を温めるとき、
湯に浸かることで感じられる安心感。
ときに同じ湯に浸かり語り合う喜び、
「風呂に入りに行く」という
ワクワク感。
現代の日本では
健康センターや温泉施設が人気だが、
これと同じような大衆浴場すら
古代ローマに存在していたというから
感服である。
今の私たちが感じているこの幸せを、
二千年以上 昔を生きた人々も
感じていたのだろうか。
毎日の入浴、
ごくありふれた日常の営み。
そんな当たり前の行為に
これほどの感動を結び付けられるのは、
この本の素晴らしさに違いない。
…ここまで言っておいてなんだが、
私は普段はシャワーのみである。
(水道光熱費を無視すれば、
毎日 湯に浸かりたいところだが)
そんなシャワー派であっても、
湯の気持ち良さを知る者ならば
皆 同志である。
何も憂うことなく、本書を読んで
シャワーを浴びていただきたい。
きっと 今まで味わったことのないほど
感慨深いシャワータイムとなるだろう。
こんな人にオススメ!
・風呂が好きな人
・古代ローマが好きな人
・ラテン語を齧ったことのある人
お読みいただき、
ありがとうございました。
メンバーシップで
いっしょに楽しく活動しませんか?
有料記事もお得に読むことができて
オススメです! ↓
共同運営マガジンも展開してます ↓
はじめましての人は ぜひどうぞ ↓
X でも毎日 発信しています
楽しく交流していきましょう ↓
個人が愚かであれば、個人が上手くいかぬだけ。だが リーダーが愚かであれば、チーム全体が上手く機能しなくなる。たとえ どれだけ良質なメンバーを揃えようとも、だ。だからこそ リーダーたる者は、常に研鑽を怠るべきではないのだ。優秀な彼らを 無能な集団に変えてしまわないために。
— Naseka@令和の哲学者 (@philosopher_018) January 15, 2025
今日のオススメ(勝手に紹介)
※ 勝手に紹介しているので、
迷惑だったら ご連絡ください。
いいなと思ったら応援しよう!
いつも応援いただき ありがとうございます。いただいたチップは、新たな学びの糧として 書籍代や有料記事購入に活用させていただきます。