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[書評] 移動力

みなさん、こんにちは。Naseka です。
私は 哲学者・書評家・エッセイスト として、
自らを定義しています。

私は幼少期に植え付けられた
完璧主義の後遺症からか、
どうもリセット癖があるらしい。

コツコツ丁寧に書き続けていた
ノートや日記帳で、ひとたび
気に入らない失敗があると
途端にそのノートを
捨てたくなってしまう。
(実際に数ページしか書かずに
 捨てたことが何度もある)

恥ずかしながら そのリセット癖は
人間関係にも当てはまり、おかげさまで
今の職場より前の交友関係は
そのほとんどが途切れてしまっている。
(今では残念なことをしてきたと後悔している)

そんな性質だったことが
関係しているか分からないが、私には
「いつかはマイホームを」
という夢を見たことがない。

食うに困らぬ収入はあるとはいえ、
ごく一般的な庶民である。

「家」なんて一生に一度レベルの
買い物をして、何かしらの
「気に入らぬこと」が起きたら
いったいどうすればいいのか。
私なら我慢するよりリセットしたい。

しかし、日本なんて
八百万の神々と同じくらい
新築なるものが信仰を集めているのだ。
気軽に「売り払って次の家へ」
というわけにはいかない。

「持ち家が得か 賃貸が得か」は
「タマゴとニワトリ」よりも
日本人の好きな議論であるが、
少なくとも私自身は賃貸派である。

金銭的な損得以上に
一生そこに暮らすということが
どうしても想像できないし、
そこにベットしようとも
思えないのである。

そんな持論を抱いている私だが、
なんとも面白そうな本が目に留まった。

別に不動産や資産運用といった
内容ではないが、
この先の人生について
非常に考えさせられる本だ。

あ、人生や時間といったものを
「資産」と考えれば
「資産運用」の本ではあるかもしれない。


不変への憧れ

ないものねだりなのかもしれないが、
私は昔から「不変」というものに対して
憧れが強いような気がする。

気に入らないと
すぐにリセットしてしまうから、
その度に自分がコロコロ変わっている
感覚があるのだ。

だから
「変わらずに何年も存在し続ける」
ということが
たまらなく尊いことだと感じていたし、
今でもどこかでそのように
考えているふしがある。
(そのせいか知らぬが、
 漢字のテストで「フヘン的」をよく
 「不変的」と間違えていた)

だが よくよく考えてみれば、
この世の中で「変わらないもの」
なんていうものは
ほとんど存在しないわけで、
私はいったい何に憧れていたのかと
疑問を抱えることになる。

それは二十代も後半に
差し掛かろうという頃であったか。

それまでの私は「今、この瞬間」が
何十年後も続くものだと、
無意識に思っていた気がする。

大学生時代より
アニメとゲームにハマっていた頃は、
大人になってもどころか
死ぬまでそれらのオタクである姿しか
想像できなかった。

「今、何より一番大好きな作品」は
死ぬまで一番であり続けるし、
死ぬまでその作品に
固執をし続けるものだと
無意識レベルで考えていた。

少し考えれば
そんなわけはないだろうことなど
容易に想像がつくはずなのに、
私が想像する数年後、数十年後の未来は
「今、この瞬間の私」が
そのまま年を取った姿ばかりだった。

もちろんそれなりには
「普通」とされる人生を歩んできて、
学校は既定の年数で卒業を迎えたし、
必要に迫られて就職もした。

自分の意思とは関係なく
大きな環境の変化に晒され、
結局 私はその時々に応じた変化を経てきた。

不変なんてものはない

さすがに私ほど不変を好む者は
少ないかもしれないが、
意識しているにせよ いないにせよ
多くの人は
「現状」や「安定」を好みがちである。
(現状が辛く厳しいなら話は別だが)

これは完全に非リア充の
僻みと偏見であるが、
とりわけ生まれ育った地元で
イジメや疎外感を
経験してこなかった人たちは、
地元 LOVE 率が多い印象がある。

地元に残る友人は多いし、
その友人を通じて新たな友人が増える。

だから同窓会なのか
そうでないのか分からないような
飲み会がしばしば開催され、
それに興じる彼らは
非常に楽しそうである。

私自身は学生時代の友人とは
疎遠になってしまったから
分からないが、少なくとも
私の両親はそんな感じに見えた。
(彼らもまたマイホームを建てている)

私は両親ともまた疎遠
(絶縁といってもいい)だから
あと何年ローンが残っているのか
いないのかも分からないが、
それでも「一生に一度」クラスの
大きな買い物だったことは
間違いなさそうである。

2011年の3月11日、
私の地元も大きく揺れた。

実家こそ海岸線から
離れていたものの、
住んでいた自治体は
津波による死者も出た。

そして何より尾を引いたのが、
福島第一原発の事故。

半径30 kmだか 40 km だかの
範囲内に入っており、
短い期間とはいえ
避難を余儀なくされた。

私自身は他県で働いていたので
直接的な影響はなかったが、
当時まだ繋がりが残っていた
友人たちや親類の話を聞くと
いとも簡単に日常というものが
崩れていくということを実感した。

彼らがどこまで意識していたのか
分からないが、
きっと明日も来年も十年後も
(あるいは死ぬまで)
その家で暮らし、
周りの親しい人たちと笑い合うことを
前提に生きていたのだろう。

彼らもまた、
どこかで「不変」を望んでいた。
しかし運命は、
それを許さなかったのだ。

自ら変化せよ

随分と長い前置きになり
忘れるところだったが、
これは書評であった。

筆者は本書で
「定住こそが不幸の原因」と主張し、
定住して変化を求めないことの
危うさを説いている。

そして自らを変化の渦中に置くために、
意志の力に頼らず積極的に移動をして
強制的に・物理的に
「環境を変えよ」という。

私の中ではリセット癖の
完全には払拭できていないことと
東日本大震災にまつわる記憶のためか、
非常に考えさせられる意見であった。

私自身、今はしがない
会社員として勤めているが、
いろいろ思うところがあって
現職は あと数年のうちに
辞めようと考えている。

当然 資産家でも裕福でもないので
生活費は稼がねばならないが、
退職した後は思い切って
「物書き」として
生きてみたいと思っている。
この書評家としての活動も、その一環だ。

書評家なら住む場所も制限されないし、
時間だって融通が利く。
(もちろん文章を書くのが
 好きだということも大きい。)

そんな私の近い将来の目標を、
より鮮明に より明確に
浮かび上がらせてくれた。

今が死ぬほど幸せで充実している人なら、
この本は読まなくてもいいと思う。
むしろ あなたの生き方を
否定されてしまうかもしれない。

でも どこかで
現状に満足していないのならば、
一度 本書を読んで
「変化を生む」ということについて
じっくり考えてみてはいかがだろうか。

こんな人にオススメ!
・ノマドワーカーに憧れている人
・今の自分に満足していない人
・自分を変えたいと思う人

こんな人には合わないかも…
・死ぬまで今の土地で暮らしたい人
・今の環境がたまらなく大好きな人

お読みいただき、
ありがとうございました。

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