歪な支配と足裏の臭い

夕暮れの旧校舎、使われていない視聴覚室は、重いカーテンに遮られて深い闇に包まれていた。窓硝子の隙間から微かに差し込む、茜色の光さえもが、その澱んだ空気の中に吸い込まれていく。 この部屋には、埃と古い木材、そして何かが腐敗していくような、甘ったるくて鼻を突く、奇妙な臭いが充満していた。
ワタルは、部屋の奥で体育座りをしているユリに近づきながら、無意識に鼻をすすった。
「ユリさん……呼び出しなんて、珍しいね。相談って、一体……?」
彼の声は、緊張で少し上ずっていた。気弱な彼は、普段からユリに対して引け目を感じている。二人は高校二年生、身長は同じ165cmだが、その身体つきには決定的な違いがあった。ワタルは線が細く、ユリは柔道部での鍛錬によって培われた、しなやかでありながら重厚な筋肉をその制服の下に隠している。そして、彼女の体重はワタルよりも重い。その事実が、ワタルの心をいつも少しだけ圧迫していた。
ユリは俯いたまま、答えなかった。彼女の顔には、いつもと同じ、少し怯えたような、自信なさげな表情が浮かんでいる。だが、その瞳だけは、暗がりの中で異常に熱を帯びて、ワタルをじっと見つめていた。
「……ワタル君」
「うん、何?」
「私、ずっと……言えなかったことがあって」
彼女の声は震えていた。その震えが、ワタルの心を波立たせる。彼女を守ってあげたい、そんな優しい気持ちが、彼の胸に湧き上がる。
「相談って、そのこと? 話して、力になるから」
ワタルは少し身を乗り出し、ユリに近づいた。その瞬間、彼女の気弱そうな表情の下に、何かが蠢くのを、彼はまだ気づいていなかった。
ユリはゆっくりと立ち上がった。その瞬間、彼女の身体から、より一層濃密な、あの奇妙な臭いがワタルの鼻腔を襲った。
「ありがとう。ワタル君なら、分かってくれると思ってた」
ユリの声は、まだ気弱そうだが、どこか冷たさを帯び始めていた。彼女はゆっくりと、自分のローファーを脱ぎ始めた。
「ユリさん……?」
ワタルは怪訝そうにその仕草を見つめた。なぜ、ここで靴を脱ぐのだろう。 靴が床に落ちると、その中から現れたのは、汗ばんで少し黒ずんだ靴下を履いた、ユリの足だった。その瞬間、部屋の臭いが爆発的に強まった。
それは、3日間熟成された、少女の足の臭いだった。汗と皮脂が靴の中で混ざり合い、発酵したような、酸味を帯びた、そしてどこか土の匂いも混ざった、強烈な臭気。
「うっ……!」
ワタルは思わず、鼻と口を両手で塞いだ。その強烈さに、めまいを覚える。 「……ユリさん、これは、一体……」
「これ、プレゼント」
ユリは、今度は自信なげなフリをするのをやめ、ワタルに冷たい視線を向けた。その瞳には、彼を支配したいという、強烈な欲望が渦巻いていた。
「私……3日間、お風呂に入らなかったの。この足の臭い、ワタル君に嗅がせるために」
「な、何を言ってるの……!?」
ワタルは恐怖で顔を引き攣らせ、後ずさった。彼女は、気弱なんかじゃなかった。彼女は、彼を支配することを、心の底から楽しんでいるのだ。
「ダメだよ、逃げちゃ。私……ワタル君が、私の足の臭いに屈服する姿、ずっと見たかったの」
ユリはゆっくりと、ワタルに向かって歩き始めた。その足音は、ワタルの心臓の鼓動よりも大きく響く。

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