Day7|実験開始から1週間。「考えるのをやめる」と、世界が鮮やかになり始めた。
5/1の誕生日から本腰を入れ始めた
「考えすぎない練習」100日実験。
今日でちょうど、7日目が経ちました。
たった1週間。
でも、私にとっては
ここ数年分に匹敵するような、
濃密で、かつてないほど「静かな」7日間でした。
正直に言うと、驚いています。
「考えない」だけで、
人生はこんなにもイージーモードになるのか。
脳の中に、透明な空洞ができた
実験を始めてすぐ、頭の中にぽっかりと
「透明な空洞」が生まれたような感覚が
ありました。
これまでは
「何かを考えていないと不安」
という強迫観念のようなものが
常にあったけれど、
今は、不安が湧いても
「あ、また考えてるな」
と気づくだけ。
「大丈夫だよ」と言い聞かせて
解消しようとするのをやめて、
ただ、その思考を流して、空っぽにする。
すると、不思議なことが起きました。
勉強の集中力がぐんと増した
会話が詰まらずにスムーズに出てくる
「あ、これやりたい」という直感がクリアに降ってくる
最初の数日で、
「人生、これでいいんだ」
という確信に近い感覚が生まれました。

体と心が、静かにつながり始める
中盤の3〜5日目には、心だけでなく
体にも変化が出てきました。
「食べる」が楽しい
無意識の食べ過ぎが減り、ご飯の味を五感で味わえるようになった。「眠る」が深い
泥のように眠れて、あんなに苦しんでいた悪夢を見なくなった。「呼吸」が届く
喜怒哀楽が素直に出て、呼吸が深くなり、
自分が「無限の知性」とつながっているような感覚さえあった。
何も考えないことで、逆に
「本当のインスピレーション」
だけが浮かび上がってくる。
皮肉なことに、必死で考えていた頃よりも、
答えはずっと近くにありました。
6日目の試練:それでも思考はやってくる
もちろん、ずっと
順調だったわけではありません。
昨日、マッチングアプリで
会う約束をしていた相手に対して、
直前でどうしても強い拒否感を感じ、
キャンセルしてしまいました。
(ほんとにすみません)
以前の私なら、
ここから地獄のような反芻が始まっていたはず。
「相手に申し訳ない」
「なんて自分勝手なんだ」
「嫌われたかも」
そして罪悪感に飲まれ、過食に走り、
一日を台無しにしていたでしょう。
でも、今の私はこう考えました。
「今は、考えることで良くなる問題じゃない。
考えないことでしか回復しない状態なんだ」
「あ、罪悪感の思考がきた」とラベリングする
ゆっくり息を吐く
足の裏や手のひら、体の一部に意識を戻す
それ以上、分析しない。
正しさを求めない。
「今は疲れている。だから判断を保留にする」
そう決めて布団に入ったら、
ちゃんと自分を守ることができました。
現在の私(7日目の記録)
今日の私は、少しテンションが低めです。
弟のことで悩んだり、眠れなかったり、
イライラして甘いものを食べちゃったり。
でも、それでいい。
「完璧にできない自分」を評価するのも、
もうやめた。
🚩 今感じていること
「判断保留」という選択肢を持てたのは、大きな進歩。
弟との距離感も、無理に解決しようとせず
「今はこういう環境」と受け止める。「ここまででOK」という境界線を、自分で引けるようになってきた。
最後に:空白の先に、何があるのか
悩んでも、悩まなくても、同じように時間は過ぎていく。
それなら私は、やっぱり
「思考の渦」の外側にいたい。
思考に飲まれない練習は、
自分を徹底的に守るための、一番優しい武器になる。
残り93日。
この空白を積み重ねた先に、どんな景色が待っているのか。
焦らず、淡々と、観察を続けていこうと思います。
💬 あなたの「7日間」はどうですか?
もし一緒に練習を始めている方がいたら、
この1週間で起きた「小さな変化」を教えてください。
「ちょっとよく眠れた」
「ご飯がおいしかった」
そんな些細なことほど、実は大きな一歩だったりします。
つぎへ続く。
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