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「日本銀行券」と「日本政府が発兌した軍用手票」——紙幣に刻まれた、近代国家の思想——

財布から一万円札を取り出す。

あの独特のざらついた紙。

微かに漂うインクの匂い。

私たちは、それを疑うことなく「価値あるもの」として受け入れている。

しかし冷静に考えれば、不思議な話である。

紙幣そのものは、ただの紙に過ぎない。

食べることも出来ず、

寒さを防ぐことも出来ず、

道具として特別役立つ訳でもない。

それでも私たちは、その紙切れ一枚によって、

食料を買い、

労働を交換し、

生活そのものを成立させている。

つまり信用経済とは、

「ただの紙切れ」を、

社会全体が「価値あるもの」と信じるところから始まっている。

貨幣とは、物質そのものではない。

「皆が信用している」

という一点によって成立している。

だから国家は、その信用を維持するために、

中央銀行、

法律、

税制、

印刷技術、

偽造防止、

金融政策、

といった巨大な制度を築き上げてきた。

信用が崩れれば、紙幣は再び「ただの紙」に戻ってしまうからである。

■ 「日本銀行券」という言葉

私たちが普段使う紙幣には、

「日本銀行券」

と書かれている。

これは単なる名称ではない。

そこには、

「中央銀行が、その価値と流通を保証する」

という意味が込められている。

重要なのは、「日本政府券」ではないという点である。

近代国家では、

・政府(財政)

・中央銀行(通貨)

を分離する方向へ進んできた。

なぜなら、政府が直接貨幣を自由発行出来るようになれば、

戦費、

赤字補填、

人気取り政策、

などの誘惑によって、無制限発行へ向かいやすいからである。

だからこそ、中央銀行という「制度的な距離」が必要になる。

現代貨幣制度とは、単なる効率の仕組みではない。

むしろ、

「人間は暴走する」

という前提の上に構築された、安全装置に近い。

■ 「日本政府が発兌したるもの也」

しかし戦時中、日本軍が占領地などで使用した軍用手票には、全く異なる言葉が印刷されていた。

そこには、

「日本政府が発兌したるもの也」

と記されていたのである。

「発兌(はつだ)」とは、

「正式な貨幣として通用させ、その価値を保証する」

という意味を持つ古い金融用語である。

つまり軍票とは、

中央銀行ではなく、

「日本政府」そのものが直接価値を保証する紙

だった。

ここに、日本銀行券との決定的な差がある。

日本銀行券は、

制度的制約の中で発行される。

しかし軍票は、

戦争遂行という非常時の必要に応じ、

政府権力が直接発行する性格を持っていた。

つまりそれは、

「制度による信用」

よりも、

「国家権力そのもの」

へ依存する貨幣だったのである。

実際、軍票は占領地で大量発行され、

深刻なインフレや経済混乱を引き起こした。

権力が現実を力で押し切ろうとした時、その代償を払わされるのは、多くの場合、末端の市民である。

■ 貨幣は「共同幻想」で出来ている

現代人は、自分たちを合理的な存在だと思っている。

しかし実際には、私たちは極めて巨大な「共同幻想」の上に生きている。

国家。

民主主義。

法律。

市場。

そして貨幣。

これらはすべて、

「皆が信じている」

事によって成立している。

紙幣とは、その最も分かりやすい象徴に過ぎない。

かつて貨幣には金属としての重量があった。

金貨は、それ自体に価値があった。

しかし現代貨幣は違う。

紙幣は紙であり、

電子マネーは単なる数字である。

つまり現代文明は、

物質から離れれば離れるほど、

「信用」そのものへ依存する社会

になっている。

そして恐ろしいのは、

物質が消えるほど、

逆に信用の脆弱性が露出する

という点である。

停電。

金融危機。

国家破綻。

サイバー攻撃。

そうした瞬間、人々は再び、

「この数字は、本当に価値があるのか」

と問い始める。

■ おわりに

「日本銀行券」

と、

「日本政府が発兌したるもの也」

紙幣に刻まれた、ほんの数文字。

しかしその違いの背後には、

「信用とは何か」

「国家とは何か」

「権力を誰が制御するのか」

という、近代そのものの思想が潜んでいる。

私たちは今、

紙幣という物理的な物体すら介さず、

デジタルな数字を信じて生きている。

しかし、その根底にある「信用」という共同幻想が崩れる時、

文明は驚くほど脆い姿を露わにするのかもしれない。

ワイマールの記憶。

戦時下の軍票。

中央銀行制度。

それらはすべて、

「人間は、自らの欲望を制度で制御出来るのか」

という、近代文明そのものの問いなのである。

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Hans (巓嚮院海老胡瓜庵) 資料収集や文献購入に、充てたいと思っております。