Z900RSは、多分バイクの歴史の教科書には載らない〜 Z900RS / カワサキ 〜
Z900RSは、多分バイクの歴史の教科書には載らない〜Z900RS / カワサキ 〜
カワサキのZ900RSは、よく売れているバイクだ。
毎年のように「大型バイクで一番売れているモデル」と言われ、
道の駅やサービスエリアでも、本当によく見かける。

見た目はかっこいいし、完成度も高い。
実際、オーナーの評判もいい。
たぶん、「買って後悔する人」はかなり少ないバイクだと思う。
多くの人はこう言う。
「Z1っぽいから」
「ゼファーの正統後継みたいだから」
「ちょうどいい大型だから」
たしかに、その通りだと思う。
ただ、少し意地の悪い言い方をすると、
このバイクは「何かを終わらせに来たバイク」でも、「何かを始めたバイク」でもない。
とても完成度の高い、“今の時代にちょうどいい商品”だ。
それが、このバイクの一番の長所であり、
同時に、一番“Zらしくない”ところでもある。
Z900RSは、戦争をしないZである。
Z900RSを語る前に、3台のバイクについて整理しておく必要がある。
Z1、Z2、そしてゼファーだ。
まずZ1。
世界初のDOHCの4気筒。排気量900cc。

このバイクは、巷で言われるような「雰囲気のクラシックバイク」ではない。
登場は今から50年以上前。当時、カワサキの大型はマッハ(2スト3気筒)やW(OHVのバーチカルツイン)だった。

そこへホンダがCB750FOURを投入する。
750cc、4気筒SOHC。
今では当たり前になった「大型4気筒」の始祖だ。
これにより、北米市場でのカワサキの立場は一気に苦しくなる。
しかも時代は、2ストから4ストへと嗜好が移り変わるタイミングだった。
この状況をひっくり返すには何が必要か。
答えは一つしかなかった。
世界初のDOHC四気筒で殴り込むこと。
なぜ四気筒か。
二気筒はトライアンフのボンネビルがいる。
三気筒はスズキのGTがいる。
空いている席は「ナナハンオーバーの四気筒」しか残っていなかった。
そうして生まれたのがZ1、900 Super4。
これはカワサキの決戦兵器だった。
結果、Z1は北米最速の伝説を打ち立て、商業的にも大成功する。
次にZ2。
当時の日本は、いわゆる「ナナハン規制」の時代だ。
大型免許は事実上の限定解除。誰でも乗れるものではなかった。
しかし、日本のライダーもZ1に憧れていた。
カワサキは考える。
「なら、日本向けに作ればいい」
Z1のクランクやストロークを変更し、排気量を746ccに落とした。
それがZ2、750RSだ。

ここで重要なのは、Z2は単なる「性能を落としたZ1」ではないということ。
当時の日本で乗れるオートバイの中で、Z2は最高性能のバイクだった。
Z1は「ナナハンオーバーの四気筒」でなければならなかった。
Z2は「750」でなければならなかった。
どちらも、時代と制約の中でそうするしかなかったバイクだ。
では、ゼファーはどうか。
ゼファーは、オートバイの歴史に「厚み」を加えたバイクだ。
レーサーレプリカブームを終わらせた――それだけで十分に語れる。
なぜ終わったのか。
一番大きいのは価格だ。
ゼファー400は税別529,000円。
当時のVFR400Rは約68万円。NSR250SPは約66万円。
レプリカは、もはや「日常のバイク」ではなかった。
速さのためにすべてを犠牲にし、
その速さを使う場所もないまま、
街を走るには明らかに無理をしていた。
400ccとは本来、「大型に行けない人の現実解」のはずだった。
それがいつの間にか、
「我慢して乗る準レーサー」
「我慢の上に成り立つ憧れの代用品」
になっていた。
そこに来たのがゼファーだ。

速くない。
スポーティでもない。
でも普通に乗れる。しかも安い。
ゼファーが出た90年代初頭には、
「レーサーレプリカじゃないバイクはダサい」
「レーサーみたいな格好をしていないライダーは遅そう」
という、今から見るとずいぶん息苦しい空気が確かにあった。
ゼファーは、その空気に性能で対抗したのではない。
「それ、もう終わっていいんじゃない?」と
市場に先に言ってしまったバイクだった。
ゼファーはレプリカに勝ったのではない。
レプリカという“無理の構造”を終わらせただけだ。
では、Z900RSはどうか。
このバイクの登場は2017年。
ネオクラシックブームの真っ只中だ。
Z900RSは売れた。確かにとても売れた。
Z1やZ2、ゼファーの乗り換え需要と、それらに憧れていた層の心を掴んだ。
だが、ここで一度、こう問い直す必要がある。
カワサキの「Z」とは何だったのか。
それは、その時代の制約の中で、
会社の技術力と覚悟を全部突っ込んで作られた「最大戦力」に与えられる名前だったはずだ。
Z1はそうだった。
Z2もそうだった。
では、Z900RSは?
エンジンは今時のストリートファイターのZと同じ、948cc。
足回りも同クラスのストリートファイターとしては標準的な構成。
最大の売りは、明らかに外装デザインだ。
Z900RSは「Zの名を冠したバイク」ではある。
しかし、「Zである必然性」は設計の中に存在しない。
Z1は「DOHCの四気筒」でなければならなかった。
Z2は「750」でなければならなかった。
Z900RSは?
別にZ1000のままでも成立したし、
別にZ800ベースでも同じ商品は作れたし、
そもそも「Z」でなくても売れただろう。
仮にこれが「バリオス900」や「ザンザス900」という名前だったとしても、
商品としての成立性はほとんど変わらなかったはずだ。
それはつまり、このバイクが
・この排気量でなければならない理由
・このエンジン形式でなければならない理由
・この名前でなければならない理由
のどれも背負っていない、ということだ。
これは「設計の自由度が高い」という意味ではない。
設計に“切羽詰まった理由”が存在しないという意味だ。
Z900RSは、よく出来たバイクだ。
でもそれは、
「戦わずに済む時代に、うまく作られた商品」
という種類の完成度だ。
Z1は時代に殴り込みをかけた。
ゼファーは時代の歪みを終わらせた。
Z900RSは、そのどちらでもない。
だからこのバイクは、
「バイク史の教科書に載る存在」にはならない。
ただし、これは「失敗作」という意味ではない。
むしろ、現代の市場に最適化された、非常に優秀な商品だ。
そしてそれは、正しい。
だが同時に、Z900RSはこういうバイクでもある。
Zの血統を引くバイクではあるが、
Zの役割を引き継いだバイクではない。
Z900RSは、いいバイクだ。
でもそれは、
「歴史を作るためのZ」ではなく、
「歴史を消費する時代のZ」
なのだと思う。
ここまで読むと、Z900RSを選んだ人は「歴史の消費者」みたいに見えるかもしれない。
でも、それはたぶん違う。
多くの人は「戦うZ」を求めてこれを買っているわけじゃない。
ただ、無理なく付き合えて、ちゃんと満足できる大型バイクを探した結果、ここに行き着いているだけだ。
そしてそれが、カワサキが令和に作った「最新のZ」であることは、オーナーにとっては大切なことなのかもしれない。
だから、むしろ健全な選び方だと思う。
画像出典:Wikipedia(ウィキペディア)
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