『日本三國』は戦争漫画ではない。読み返して気づいたこと
※この記事には『日本三國』の物語中盤までの内容(ネタバレ)が含まれます。未読の方はご注意ください。
漫画には、読むタイミングによって見え方が変わる作品があります。
私にとって『日本三國』は、まさにそんな作品でした。
初めて読んだときは、三国が覇権を争う壮大な戦争漫画という印象でした。
知略が飛び交い、英雄が活躍し、戦場で勝敗が決まる。そんな物語として楽しんでいました。
ところが、改めて読み返してみると、以前とはまったく違うところに目が留まりました。
この作品では、戦争で勝った人が、最後の勝者になるわけではない。
そのことに気付いてから、『日本三國』の見え方が大きく変わりました。
勝ったはずなのに、負けている
その象徴が、聖夷征西です。
龍門光英率いる辺境将軍隊は、賀来泰明の戦略と、主人公・三角青輝たちの活躍によって、大きな勝利を収めます。
戦場だけを見れば、見事な逆転劇です。
ところが、その後の展開は全く違いました。
平殿器は講和という政治の場を利用し、敵国の指導者を暗殺。その責任を龍門たちに負わせ、軍権を掌握し、最終的には聖夷まで支配下に置いてしまいます。
戦争では勝った。
でも、国全体で見れば負けている。
初めて読んだときは、「平殿器は恐ろしい敵だ」という印象しかありませんでした。
でも読み返してみると、「この作品は戦争そのものより、その後の組織や政治を描いているのではないか」と感じるようになりました。
現実の組織でも、似たようなことはある
この場面は、企業や行政など、大きな組織でもよく見られる構図だと感じました。
現場では成果を上げている。
それでも組織全体では別の判断が下される。
現実でも、こうした「現場の勝利」と「組織全体の勝利」が一致しない場面は少なくありません。
『日本三國』は、その難しさを戦争という舞台を通して描いているように思えます。
青輝が変えようとしているもの
主人公の三角青輝も、読み返して印象が変わった人物の一人です。
妻を理不尽に奪われた彼は、復讐ではなく制度を変える道を選びます。
一人を倒しても世の中は変わらない。
だから仕組みを変えようとする。
この考え方は、組織改善にも通じるものがあります。
問題を起こした人だけを入れ替えても、仕組みが変わらなければ同じ問題は繰り返されます。
だから仕組みを見直す。
青輝の行動には、そんな一貫した考え方があるように感じました。
平殿器という人物の見え方も変わった
もちろん、平殿器のやっていることを肯定するつもりはありません。
ただ、改めて読み返すと、彼は単なる暴君ではありませんでした。
奴隷制の廃止や交易の推進など、国を立て直すための政策も進めています。
その強権的な政治には多くの犠牲が伴う一方で、大和を安定させた指導者として評価する声があることも、作中では描かれています。
だからこそ、倒せばすべて解決するような単純な悪役ではない。
成果を出すリーダーを、私たちはどう評価すればいいのか。
そんなことまで考えさせられる人物でした。
読み返すと、見えてくるものがある
今回改めて読み返してみて思ったのは、『日本三國』は戦争だけを描いた作品ではないということです。
組織とは何か。
リーダーとは何か。
制度とは何か。
権力とは何か。
そんなテーマが、物語のあちこちに散りばめられています。
だから、読む人の立場や経験によって、見えるものが変わる作品なのかもしれません。
おわりに
今回は、「戦争では勝ったのに、なぜ最後は負けたのか」という視点から『日本三國』を読み返してみました。
私自身、この作品を改めて読むことで、以前は見えていなかった面白さに気づくことができました。
『日本三國』には、組織づくりやリーダーシップ、後継者問題、人材育成など、考えてみたくなるテーマがまだ数多くあります。
また読み返して、「これは面白い」と感じたことがあれば、その気づきを皆さんと共有していきたいと思います。
