転球Time Trip1992年7月1日【2019年7月掲載】
ボウリングを五輪の公式種目に!
バルセロナ選手村に特設レーン開設
「ボウリングをオリンピックの公式種目に」というのは、JBC(全日本ボウリング協会)のみならず、世界中のボウラー団体の悲願だ。
1988(昭和63)年のソウル五輪で初めてエキシビション参加が実現したのを機に、IOC(国際オリンピック委員会)への働きかけは、より積極的なものになっていった。
1992(平成4)年のバルセロナ五輪では、米国ブランズウィック社の全面協力を得て、選手村に特設レーン(16L)を設置し、世界各国から集う代表選手団やIOC関係者のほか、同村で働くボランティアスタッフにまで開放された。7月1日の開場以来、連日大賑わいを見せ、28日(大会4日目)までの消化ゲーム総数は2万4000Gに達したという。
その28日には、JBCから派遣されたナショナルチーム(当時)の田形研吾、畑中知子両選手が、米国代表の男女FIQ世界選手権者とボウリングのデモンストレーションを兼ねた親善マッチを行った。また、会期中にはフアン・アントニオ・サマランチ会長をはじめとするIOCの要人も多数視察に訪れたが、残念なことに、4年後の’96アトランタ五輪はおろか、来年に迫った東京五輪でも、関係者の努力は実を結ぶに至っていない。
