赤い枠
それを見つけたのは、深夜2時を過ぎた頃だった。
寝る前に、なんとなく歌特化を謳うライブ配信アプリを開いた。特に目的はなく、いつものように配信中の枠を適当に眺めているだけだった。
その中に、妙に目に引く配信があった。
配信者名は
「赤い」
配信タイトルは
「赤にして」
それだけだった。アイコンも、ただの赤い画像。
ふざけた枠だな、と思いながら開いた。
顔出しはしていない。背景も鮮やかな赤一色で、少し気味が悪い。
低い声で、ぼそぼそと雑談をしている。おそらく女性だと思うが、はっきりとは分からない。
特に興味はなかったが、すぐに出るのも気まずくて、そのまま眺めていた。
数分して、コメント欄の様子がおかしいことに気づいた。
赤にしました
変えました
赤です
完了です
最初は意味が分からなかった。
よく見ると、コメントしている人たちのアイコンが、ほとんど真っ赤なのだ。
写真でもイラストでもない、ただの赤い丸。
ひとりが書き込んだ。
初見さん、アイコン赤にしてください
すると何人もが
お願いします
揃うと綺麗なので
と返している。命令ではなく、丁寧な依頼だった。
そのとき、配信者がはっきりした声で言った。
「ここはね、アイコンを赤にするだけの枠です」
穏やかな声だった。
「それだけでいいので」
それ以上の説明はなかった。
またぼそぼそとした雑談に戻る。
けれど、コメント欄は誰も雑談の内容に触れない。
ただ、
赤にしました
変えました
これでいいですか
そんな言葉だけが流れ続けていた。
最初は、ちょっとした遊びだと思った。
なるほど、このアプリではある程度の投げ銭をしなければ枠内のアイコンを変更できない。ある程度投げ銭をさせつつ、統一感を楽しむ、内輪ノリのようなものだろう、と。
でも、見ているうちに、妙な感覚になってきた。
視聴者一覧を開く。
赤、赤、赤、赤。
同じ色、同じ形。
そこに、自分のアイコンだけが混ざっているのを想像した瞬間、急に落ち着かなくなった。
お気に入りのアイコンだ。変えるつもりはない。ただ見ているだけだ。
それなのに、コメントが流れるたび、自分だけが浮いているような気がしてくる。
やがて、ひとりが書いた。
まだの人、いますね
どきっとした。
自分のことを言われた気がした。
もちろん、視聴者は30人近くいる。そんなはずはない。
別の人が書く。
大丈夫、すぐ終わりますから
何が終わるのかは書かれていない。
配信者が言った。
「今、赤じゃない人が、少しだけいます」
責めるような口調ではない。ただ事実を述べているだけだった。
コメントが流れる。
早めにお願いします
揃うと綺麗なので
心配してるだけです
心配している。
何を心配しているんだろう。
もう一度、視聴者一覧を開く。
赤、赤、赤、赤。
赤じゃないアイコンは、数えるほどしかない。
五人もいなかった。
その瞬間、背中が少し寒くなった。
理由は分からない。ただ、最後まで残るのは嫌だな、とぼんやり思った。
そのとき、コメントが止まった。
配信者が言う。
「あと、三人です」
静かだった。
誰も騒がない。ただ待っている。
数秒後、
変えました
というコメントが流れ、ひとつアイコンが赤に変わる。
「あと二人です」
心臓が妙に速くなっていることに気づいた。
自分はまだ変えていない。
変える理由なんてない。でも、残る理由もなかった。
適当に必要な投げ銭を行い、アプリの設定を開き、拾い物の赤い画像をアイコンに設定した。
コメントはしなかった。
ただ変えただけだ。
視聴者一覧を更新する。
赤、赤、赤、赤。
そして一つだけ、違う動物のアイコンが残っていた。
配信者が言った。
「あと一人です」
その言い方が、さっきまでと少し違った。
感情がない。ただ、待っている声だった。
コメント欄が静まり返る。
やがて、その最後の動物アイコンの人が書いた。
なんで赤にしなきゃいけないんですか?
それが、最後の普通の言葉だった。
数秒後。
動物アイコンの人の連投が始まる。
すみません、変えます
ごめんなさい。赤にします
けれど、アイコンは変わらない。
少しして、
ちょっと待ってくださいいま
というコメントが流れ、そこで途切れた。
沈黙が続いたあと、その人が書いた。
来ました
それだけだった。
直後、視聴者数が一つ減った。
これで全員のアイコンが赤くなった。
配信者が言った。
「揃いましたね」
それだけ言って、配信は終わった。
翌日、なんとなく気になって、配信者のアカウントを探した。
しかし、見つからなかった。
代わりに、昨日の枠にいたリスナーの名前をいくつか覚えていたので検索してみた。
何人かはすぐ見つかった。アイコンは、まだ赤いままだった。
そして、最後までアイコンを変えなかった人の名前も見つけた。
アカウントは残っていた。
でも、アイコンがなかった。
画像が未設定なのではなく、アイコンの表示そのものがなかった。
フォロー中0、フォロワー0。
すべての項目が0。
プロフィールには、短い文章だけがあった。
赤は、外からも見えるんですね
意味が分からなかった。
ただ、その一文を読んだとき、なぜか無意識に、自分のアイコンを確認していた。
赤いままだった。
変えたのは枠内アイコンのはずだが。本体のアイコンまでも赤い画像になっている。
戻そうと思えば、すぐ戻せるのに、なぜか、戻す気になれなかった。
そのとき、スマホの黒い画面に、自分の顔が映り込んだ。
ほんの一瞬だけ。
画面の端に、赤い丸が動いた気がした。
アイコンの形だった。
気のせいだと思う。
たぶん。
