生まれてはじめてインタビューを受けてみたら、自分の歩んできた道も悪くなかったかなと思えた話
マレーシア在住の文筆家&編集者、野本響子さんのサークルに参加しておよそ1ヶ月。
サークルには、メンバー同士でインタビューをしてみようという取り組みがあります。先日、メンバーのアマンダさんからインタビューを受けました。
アマンダさんが書いてくれたインタビュー記事はコチラ。彼女の筆致が素晴らしいので、ぜひ読んでもらいたい。
こんなご時世なので、オンラインでのインタビューになりました。インタビューを受けるのは生まれて初めて。アラフィフでも“生まれて初めて”って、実はたくさんあるんです。
なにをどう話せばいいんだろう。
どんなふうに話せば興味を持ってもらえるんだろう。
そんな心配を胸にインタビュー当日を迎えたのですが、アマンダさんの手際の良さ、明るい語り口、的確な質問のおかげで、とても楽しい時間を過ごすことができました。
ただのおしゃべりに近かったようなわたしの話を、素晴らしい記事としてまとめてくださり、心から感謝しています。宝物がまた1つ増えたような気持ち。本当にありがとうございました。
インタビューを受けてみて、わたしの内面に少し変化があったので、その気持ちの変化を記録として残しておきたいと思います。
♢
仕事柄、noteではどうもカタイ人だと思われがちです。
ときどき仕事系の記事を書くので、カタイ人だと思われるのかも。心の深い部分をあまり書かないので、これまで迷いなくサクサク生きてきた人、と思われているのかもしれません。
でも、アマンダさんのインタビュー記事を読んでもらうと分かるのですが、それなりに挫折もあったし、悔しい思いもたくさんしました。
50歳になったいま、自分の歩んできた道を振り返ると、子供時代は間違いなく“黒歴史”。
インタビュー記事ではマイルドに、“毎日言い合いばかりしている夫婦仲の悪い家庭で育った”となっていますが、実は、子供時代は家にいるのが本当に恐ろしかった。
父親は仕事(ガテン系)ではとても真面目でしたが、ギャンブラーで酒好き、そしてひどい酒乱でした。給料のほとんどをギャンブルで擦ることもたびたびあったし、お酒が入ると、子供の前で妻(わたしの母)を叩いたり、殴ったり、罵ったり。今でいうDVやモラハラです。母の体にはいつもどこかに痣があった。おまけに、病弱で働けない専業主婦の母と子供たちを置いて、家族全員の通帳を持ち、ある日突然蒸発してしまいました。
あの悪夢のような黒歴史、かいつまんで書けばたった1段落で書けるんだ、と自分で書いていて失望を隠せないのですが、まぁ、暗闇時代です。
父親が家にいたときは、DVがいつ始まるのかと父親の一挙一動にビクビクし、家にいるのが苦痛でしかなかった。大人になって早く家を出たい、そんな一心で過ごした子供時代(これについては、自分の心の整理のために以前1本の記事を書いたのですが、だれが読んでも楽しい気持ちにはならないので有料にしています)。
でも皮肉なことに、わたしが今まで歩んできた道の原動力になっているのは、そのひどい父親。
今回インタビューを受けてみて、そのことに気づきました。
父親が何度も何度も母に発していた言葉、DVをしながら吐き捨てていた言葉。耳をふさいでも聞こえてくるその言葉が悔しくて悔しくて。そんなふうに言われるような人生を、わたしは絶対に歩みたくない。わたしはそんなふうにはならない。そう思って今まで進んできました。
自分の歩んできた道を振り返ると、わたしが今まで頑張れたのは、あのひどい父親の存在に起因するものなのかもしれない。憎み続けてきた父親のあの言葉が、わたしを駆り立てる力になっていたのかもしれない。
そう考えると、今までずっと“黒歴史”として蓋をしていた子供時代も、わたしが自分の道を進むために用意されていたのかもしれない。そんなふうに思い始めました。
これまでの人生は、順風満帆からはほど遠く、辛さや悔しさに涙をのんだこともたびたびありました。だけど自分の歩んできた道も悪くなかったかな。
インタビューを終えて、いま、そんなふうに思っています。
いいなと思ったら応援しよう!
大切な時間を使って最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの心に、ほんの少しでもなにかを残せたのであればいいな。
スキ、コメント、サポート、どれもとても励みになります。