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燕雀鴻鵠(えんじゃくこうこく)

【意味】

小人物には大人物の遠大な志など理解できないことのたとえ。多く「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の形で、小人物には大人物の雄大な志が理解できない意に用いる。

【用例】

周囲はその構想を無謀と笑ったが、彼には燕雀鴻鵠の隔たりを思わせるほど大きな志があった。

【故事来歴】

[出典]『史記』「陳涉世家」
陳勝(字は渉、?~前208年)は秦末、河南の陽城の出身で、若い頃は他人に雇われて耕作する日雇い農夫であった。ある日、耕作の手を休めて畑の小高い場所に行き、長い間物思いにふけった末、仲間の農夫たちに「もし将来富貴の身となったら、互いに忘れないようにしよう」と語った。すると仲間は「お前は雇われ人夫の身で、どうして富貴になどなれようか」と嘲笑した。これを聞いた陳勝はため息をつき、「嗟乎(ああ)、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」(ああ、ツバメやスズメのような小さな鳥に、どうしてオオトリやクグイのような大きな鳥の志がわかろうか)と嘆いたという。後に陳勝は秦の圧政に対して呉広とともに挙兵し(陳勝・呉広の乱、前209年)、秦王朝滅亡の口火を切ることとなった。「燕」はツバメ、「雀」はスズメで、いずれも小さく身近な鳥として小人物の比喩に、「鴻」はオオトリ、「鵠」はクグイ(白鳥の古名)で大型の鳥として大人物・英雄の比喩に用いられている。

【類義語】

鴻鵠之志

【対義語】


【補足】

「燕雀」は燕と雀で小人物の比喩、「鴻鵠」は大きく高く飛ぶ鳥で大人物の比喩。四字だけでは両者の対比を表し、通常は原句「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」を踏まえて用いる。陳勝の言葉としては、挙兵の際に発したとされる「王侯将相いずくんぞ種あらんや」も有名であり、両者はしばしば併せて語られる。


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