やーめた(エッセイ的な)
「母みたいな母親に」
そう胸に決めてから、8年が経ち、2年と数ヶ月前、娘が生まれた。
クリスマスイブに最高のプレゼントを私はもらった。
禁薬の断薬や不妊治療の末やってきた、我が子。
あれからあっという間で、2歳になった娘は、まぁー、よくしゃべる(笑)
イヤイヤ期で、本当に容赦なく叫び散らかす(笑)
ここ最近心が沈み、娘との距離を少し取った。
昨日の晩ご飯で、娘なり胸に抱いた、まだ気付かないそれと闘っていたんだと知る。
カレー、うちではご飯しか食べない。
あーんしてあげたら、食べてくれてホッ。
途中で、髪の毛をワシャワシャしてくる娘。
微笑みながら言う私。
「ご飯中だよ」
すかさず返す娘。
「よしよし」
つられて、頭を差し出す私。
娘は、もう一度いう。
「よしよし」
娘の目に私がどう映ったんだろう。
こんな不甲斐ない親の元で、優しさを手にしていた。
本当に色々考えてた。
ハンデを持ってる子ども。
何かされないか、何か言われないか。
娘の満足気な顔を見て、涙があふれそうになった。
どんな親でもカンペキなんてないんだ。
どこに生まれても、子どもは健気に生きていくんだ。
私が気にしすぎていた。
私は母みたいな母にはなれない。
だって、私は私の母じゃないから。
私の性格と母の育て方が、マッチしていた。
同じ育て方をしても、子どもの医学書読み耽てもそこに、答えなんてない。
育児に迷い、母が生きていればと、悩む日もある。
でも迷っていいんだ。
悩んで良いんだ。
泣いて良いんだ。
叱って良いんだ。
私は私の娘の母。
ほかのだれでもない。
私が正しい方を指しても、逆へいくこともある。
私が危険を知らせても従わないときもある。
娘は私の娘。
そして、1人の人。
どんな言葉や仕草で、どう変わるかは本人次第。
同じ教えを得ても、みんな得るものが違うんだ。
そう、私も1人の人。
力も権力も武器もない、弱い生き物。
みな人なんだ。
障害がある人の子どもの前に人なんだ。
どんな風に生きていくかは、親が決めたり、親に決めて貰うものじゃない。
幸も不幸も自分でもぎ取るものなんだ。
気づいて、私完璧な母親辞めました。
気づいて、自分を受け入れ、いつか娘に話すと決めました。
私は悪い親になります。
私はこれから、どんな変なことを娘に教えるか、悪だくみをしています。
そして変なことしたとき、隣で笑えるように、笑顔の練習もしています。
今日はしんどくて、父に頭なでられたお話たら、すっとんきょうな声で言いました。
「ゆうきが、ふだんやってるんじゃない」
考えてもみなかった。
振り返ると確かにやってたな。
娘が足でとびらをあけるのだが、
私が率先してやってたな。
いやはや参りました。
娘の洞察力と記憶力に。
何も与えてないと思っていたけれど、娘の中にヒトカケラ、私がいるらしい。
1人で泣き笑いした。
保育園からかえってきたら、またハグしまくろう。
私は今日、縛られていたこと、縛りつけていたこと全てから解放された。
新しい私の誕生。
おめでとう私。
おめでとう娘。
おめでとう母。

ピンクの混ざったカーネーションを母へ
