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【極論】最近多い女児の「ボク」という一人称から考えた、少し先の世界


これは全部、想像の世界の話だ?


でも、想像でしか見えないものがある

最初のきっかけは、ほんの些細な違和感だった。
「最近、女の子が“ボク”って言うよね」
新年会での、ママたちの何気ない一言。ここだけは超リアル。

それ自体は問題でも異常でもない。
誰かを否定する話でもない。
むしろ、どうでもいいと言ってしまえば、それまでの話だ。

けれど、その小さな現象を
「社会の末端で起きている揺れ」
として見てみると、別の風景が見えてくる。



人類は長い時間、
戦う性と守り、産む性の非対称性の上に社会を作ってきた。

これは価値判断ではない。
動物学的・進化論的な事実だ。

戦争と繁殖は、常にセットだった。
戦うから産む。
守るから次へつなぐ。

ところが現代は、
この前提がほぼすべて外れた。
• 長期の平和
• 科学技術による安全
• 国家による暴力の独占
• 個人主義と男女平等

これらは人類を解放した。
間違いなく、救った。

だが同時に、
生物としての役割を不要にした。



戦わなくていい男が増え、
産まなくてもいい女が増えた。

それ自体は進歩だ。
だが、本能は消えない。

使われなくなった本能は、
消えるのではなく、変形して噴き出す。

男の闘争性は、
戦争ではなく
筋トレや格闘技や競技として現れる。

女の母性は、
育児ではなく
思想・正義・言葉として先鋭化する。

ここに善悪はない。
行き場を失ったエネルギーの話だ。



そして、
守る対象が具体的でなくなった社会では、
人は別の何かを「守る」。


民族
思想
正義
物語

ナショナリズムや右傾化は、
単なる政治思想の流行ではなく、
失われた共同体の代用品として現れる。

これは男女の問題でもない。
母性も例外ではない。

かつて母性は、
「失うものがある」ことで
社会のブレーキだった。

だが
子供を産まない
家族を持たない
守る対象が抽象化されたとき、
そのブレーキは効きにくくなる。

結果、
攻撃性だけが宙に浮く。



ここで、
女児が「ボク」と言う現象に戻る。

これは原因ではない。
象徴でもない。
ましてや罪でもない。

ただ、
社会の深層で起きている変化が、
すでに子供の言語にまで降りてきている
というだけの話だ。

最初から
役割を引き受けない。
最初から
性別に意味を見出さない。

それは自由で、健全で、無垢ですらある。

だからこそ、怖くもある。



極端な想像をしてみる。

もしこのまま、
• 産まない
• 守らない
• だが攻撃性だけは持て余す
社会が続いたらどうなるか。

戦争は、
狂気や悪意から起きるとは限らない。

誰も止める理由を持たなかった結果として
起きることもある。

家族がいない。
子供がいない。
失うものが抽象的。

そうなったとき、
破壊のハードルは下がる。

これは予言ではない。
警告ですらない。

ただの、想像だ。



そして、ここが一番大事なところだ。

全部は想像の世界だね

これは、逃げではない。
否定でもない。

現実と仮説を切り分けられている、
最も健全な地点だ。

想像を事実だと思い込む社会は危険だ。
だが、
想像する力そのものを失った社会も、
同じくらい危険だ。

人類はいつも、
「起こってほしくない未来」を
想像することで、
ギリギリ回避してきた。



女児が「ボク」と言う社会が、
必ず破滅に向かうわけではない。

だが、
何も考えずに進む社会の方が、
よほど危うい。

だからこの話には、
結論はいらない。

必要なのは、
笑って流せるうちに
一度だけ立ち止まって、
想像してみることだ。

それだけでいい。


1. 女の子が「ボク」と言う社会を、想像してみた
2. これは全部、想像の世界の話だ
3. 「ボク」という一人称から考えた、少し先の世界
4. 笑い話にできるうちに、想像しておきたいこと
5. 子供の言葉が教えてくれる、社会の深層

6. 極端な想像:中性化社会の行き着く先
7. 産まない社会で、人は何を守るのか
8. 平和が長く続いた社会の、静かな副作用
9. これは思想ではない。思考実験だ
10. 人類は何を失い、何を想像できなくなったのか




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