支援の心構え
『みいちゃんと山田さん』を漫画アプリで読んでいる。今話題の作品だ。みいちゃんという(おそらく)知的障害かつ発達障害の女の子と、バイト先のキャバで知り合った山田さんという女の子との交流を主軸にした物語だ。
山田さんは母親からの教育虐待に遭っている。頭の良い大学生だが、親の影響下にあるのが嫌で、一人暮らしでこっそりキャバでバイトしている。
そっか…うちは虐待というほどではなかったが、過干渉なのは確かだった。水商売のバイトでもすれば、あるいは何か変わったのかもしれない。でも当時は今より更に容姿コンプレックスが酷かった。とりわけ、水商売風の華やかな容姿に対するとてつもない拗らせがあったので、到底無理だっただろう。
ナンパされたり、風俗のティッシュをもらったりという経験がほとんどないのが、当時はコンプレックスで仕方なかった。そんな風に性的消費されたって良いことなんかないと言えるのは、今の私が大人だからだ。当時は「男から選ばれる/選ばれない」の単純な二項対立でしか考えられなかった。
そんな山田さんと交流する主人公みいちゃんだが、自分が障害者として扱われることに対しては非常な怒りを示す。幼馴染の同じく知的障害の女の子に、支援センターに行こうと誘われるが、自分はおかしくないっ!と突っぱねて、夜の街で働く生活を続ける。
この辺は、読んでいて少し切なくなった。「保護」「支援」されて、結果的に生き延びやすくなっていても、人間はプライドなしには生きられない。
当事者に「見下され感」を覚えさせないようにしつつ、サポートしていくのがすごく大事だと思う。私自身も支えられながら生きているが、
誰かの力になれる瞬間もある。そのバランスが人間らしいと思う。
本当の理想を言えば、助け合いが自然にできれば良いのに、と願う。
現代の日本は、頭脳労働偏重傾向がいまだに続いている。たとえ適性がなくても、できる限り頭脳労働がこなせることを目指し、もしできなければ「単純労働」とどことなく見下された感覚を保持しながら、肉体労働に向かわなければならない。
本気で現場で働いていれば、肉体労働の方が劣っているなんて思わないはずだが、社会的なイメージはいまだに変わらない。
働くには、制度だけでなく、当人達のモチベーションが何よりも不可欠だし、作業効率向上の何よりの原動力となる。
給料で釣ればいいだけではないし、励ますだけでも難しい。
そんな時、私はいつも、山本五十六の名言を思い出す。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。」
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」
これらの言葉は、指導の基本理念であり、かつ理想だと私は思う。私は別にプロの指導者でも管理職でもないけれど、支援が必要な人と接する時に常に心がけておきたい言葉である。
