ハードボイルド書店員日記【147】2026年リライト版
「どっちがいいと思う?」
穏やかに時が流れる1月中旬の午後。黙々とカバーを折る様子を見たお客さんは暇そうだなと考えるだろう。内情はそうでもない。年末年始に売れた分の補充が連日大量に入ってきている。重度の人手不足でレジ時間が長くなり、品出しを終えられない。残ったら明日に持ち越しだ。残業は基本認められていないし、最低賃金で働く非正規雇用にそこまでする義理もない。
背の高い男性がやってくる。グレーの長髪をポニーテールでまとめた中年だ。黒い革ジャンの下は、ビートルズ「アビー・ロード」のジャケットが印刷された白いTシャツに青のデニムパンツ。ヤアヤアヤア。カウンターの上に瀧本哲史「僕は君たちに武器を配りたい」(講談社)の文庫版と単行本が置かれた。
「文庫の方はエッセンシャル版で、やや短縮されています」
「どこが削られたかわかる?」
実はわかる。数年前に読み比べたから。しかし教えてしまうのは著者に申し訳ない。
「ビートルズお好きですか?」
「まあね」
「同じ年代のドアーズは」
「聴くよ」
「彼らの代表曲といえば」
「そりゃ『ライト・マイ・ファイア』でしょ。それがどうかしたの?」
何も返さずに目を見つめた。
「……ああ」
唇だけで薄く笑い、右の親指を突き出してくれた。銀の指輪がくすんだ光を放つ。一冊を選んで会計を済ませ、口笛を吹きつつ帰っていった。
「いまのどういうことですか?」
隣のレジに入っている後輩の男性が首を傾げた。
「ドアーズ知ってる?」
「名前だけは」
「最初のアルバムに収録された『ライト・マイ・ファイア』がラジオでヘビロテされて人気に火がつき、シングルカットの話が持ち上がった」
「アルバムが先なんですね」
「ただ曲の長さが7分近い」
「それは削った方が」
「実際そうした」
「売れたんですか?」
「メチャメチャ売れた」
「じゃあ正解だったんですね」
外国人観光客の群れが押し寄せてきた。白いかごにコミック及び文具雑貨類が山と積まれている。ヤアヤアヤア。
ようやく途切れる。そろそろレジを抜ける時間だ。
「出るよ」
「あ、先輩」
「どうした?」
「さっきの話ですけど、おかしいなあって」
「何が?」
「あのロックなお客さんが買ったのは」
後ろを見ている。視線の先はラッピングなどに使うための作業スペース。棚戻し用の本を入れた青いかごが置かれている。
「大ヒットしたから正解とは限らない。そういうことだよ」
「わかりません」
彼が吹いていた口笛のメロディー。消えかかった炎が再び薪を嘗め尽くすロビー・クリーガーのギターソロだ。あれを削った「ライト・マイ・ファイア」は消費を喚起する商品に過ぎないと思っている。
あの本のエッセンシャル版も一緒だとは言わない。普段は1800字近い連載小説が1200字に縮んでいても、決して手を抜いたわけではないのだ。ただいずれも読了したイチ書店員として勧めたいのは。得られるものが多かったのは。
楽しんでもらえることを祈っています。
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