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【広報日記】 この地上に生を享けて 〜空を眺め、本を読み、食べて、描いて、今日も生きてる〜

 7月の一週目は、すこし体調を崩して具合が悪かった。喉の痛みを感じていた。私は身体のどこかが少しでも悪いと、全体に影響が受けてしまう。喉の痛みから鼻がつまり、咳がでてくる。耳鼻科医にいき薬をもらい静かに過ごした。
今週はやっと元気を取り戻し、喉の痛みもだいぶよくなって調子よかった。

身体の回復と同時に、この蒸し暑さ夏らしい気温にも慣れてきた。やっぱり、私は夏空が大好きで、毎日ゆっくり丁寧に空を眺めていた。
ただこれ書いている金曜日は、突然気温が急に下がり、なんだか秋みたいに過ごしやすくて涼しい日だった。

夏雲、夏空好き。


▼自分の花を咲かせる

小さな花でいいのだ、人にほめられるような大きな美しい花ではなく、誰からも足をとめて見られなくてもいい、本当の自分自身の花を咲かせたらいいのだ

坂村真民一日一言 P119

具合悪いと本を読む意欲も低下する。「本読める心身状態に戻りたいなぁ」と思いながら、そういえばこの本は読んでいた。『坂村真民一日一言』一言を読む分にはそんなに時間もかからないし、気軽さがよかった。

ほんとうの自分になること。ほんとうの自分の人生を生きること。ほんとうの自分の可能性を開くこと。それは『自分の花』とも言える。ほんとうの自分自身の花を咲かせる。これから咲くのか、今もう咲いているのか、自分でも良くわからない。

▼今

大切なのは、かつてでもなく これからでもない 
一呼吸 一呼吸の今である

坂村真民一日一言 P101

 今は今。今はどんどん過ぎて、あっという間にするりと落ちてゆく。まるで砂時計見ているみたい。上から下へ流れ、一番くびれている部分が今。今この瞬間、何を感じて、どう生きるのか。過去も未来もなく、今にある。今ここに生きている。残るのは呼吸。この呼吸をわたしはすっかり忘れている。呼吸に気づく、身体の感覚に気づく。

▼自分の道

この世で一番尊く美しいものはただ一つ。それは自分がどう生きてきたかということである。あしたに咲き、ゆうべに散る。はかない命の花でさえ実に真剣である。

坂村真民一日一言 P114

あるのはただこの一つの道。いま歩いているこの道。疑いもせずに、不安にも思わずに、ただひたすらに歩む、私の道。歩きながら出会う出来事、巡り会う人。すべてを含めて、今に感謝し、求めずに、ただ今を受け入れてゆきたい。

 

ともに、生きてゆく
じっくりと丁寧に

▼ライフレッスン〜「全然幸せじゃない」と泣いた私に贈る本〜 

一生とよばれるこの時間のあいだには、学ぶべきさまざまなレッスンがある。とりわけ死に直面した人たちとともにいるとき、そのこを痛感する。死にゆく人々は人生の終わりに多くを学ぶが、ほとんどの場合、学んだ教訓をいかすための時間が残されていない。

ライフレッスン 

 人間は、一生のあいだに学ぶべきさまざまなレッスンがある。一度きりの人生で習得することは不可能にしても、学び実践していくほどに、問題が少なくなり、そのぶんだけ充実した人生となって、本当に生きることができるようになる。そしていつか死ぬことになっても、胸をはっていうことができる。『ああ、わたしは生きた!」と。・・・・P9ページにそんな言葉が綴られている。まさにそうだなぁ、と深く頷いてしまう。

『ほんものの自己』になるために

この本に書かれているさまざまなレッスンは『ほんものの自己』になるレッスン。『愛』『人間関係』『喪失』『罪悪感』『時間』『恐れ』『怒り』『遊び』『忍耐』『明け渡し』『許し』『幸福』これらすべてを含み、学び実践し続ける先に、ほんものの私が現れる。さて、それは生きているうちに少しでも実現、自分がそう感じれる生き方をできるだろうか。

読んで満足してはいけない

 読み終えたときの、ある達成感というのがあった。過去と今を見ながら時間かけて読み進めていた。『いけない いけない、これを読み知ったのだから、日々の中で実践していくのよ』と言い聞かせていた。
私の感覚だと、例えば何かひとつのことを終えた後の、節目節目で読むのがいいと思っている。過去を振り返る時に。あとはお正月とか誕生日とか、一年の終わりとか、何か一つの節目を迎えたときに読むのに適しているように感じている。


深呼吸しよう
今ここに意識を向けて

▼人間をみつめて/神谷美恵子

要するに自己とか自我とかいっても、そもそも自分からこの世に生れてきたわけでもなく、いわば「存在させられたもの」にすぎない。それはちょうど、花やけものや天体とまったく同じように「存在させられている」にすきないのだから、究極的には「存在させたもの」の前に、草木や星のように、素直に存在するほかはないと思う。

人間をみつめて

この本もまたとてもいい本だった。神谷美恵子先生の信念と価値観が好き。だから、文章から伝わってくる「生」へのエネルギーを強く感じる。
この小さな「わたし」という尊い存在にさえ、どう在るのか、どう生きるのか、「意識」ある生命を与えられた人間として、この生命を使い果たす。
人として存在させているのだから。

『そしてわたくしはまもなく死ぬだろう
けれどもわたくしというのはいったい何だ
何べん考えなおし読みあさり
そうともききこうも教えられても
結局まだはっきりしていない 
わたくしというものは・・・』
死の直前の宮澤賢治はこう歌われている。

人間をみつめて

 すごく刺さった言葉だった。忘れられないというのかな。なんだか、私も似たようなことを思うような気がしている。死ぬ直前まで、自分とは何か分からぬまま息を引き取る。今世でやり遂げたことはすべて終えて『生ききった』そう自分に言いたい。そう言える人生を今、歩んでいる。


▼冷や汁とお弁当

 この暑さで、ほぼ毎日冷や汁を作っていた。昆布と鰹節でとった出汁をよく冷やして、きゅうり、ネギ、豆腐、あと白胡麻。味噌をといて出来上がり。ほんとうに簡単で美味しいからぜひ!大葉もあればいい。鯵の開きもあればいい。でもないときは、家にあるものでちゃちゃっと簡単に作れて美味しい。熱々ご飯と、冷汁が身体に沁みる!

簡単冷や汁
素麺や冷やし中華がおおくなり
お弁当は1回

▼絵を描くことって、こんなに楽しいんだ

今日の菊理ラジオの収録で『新しい体験』について話があった。今になって気づいたけど、私は今年から油絵に挑戦している。
10代のころ、美大目指し予備校に通っていた頃が懐かしい。たしか高校2年生のときだったかな、行くのを止めた。うろ覚えだけど、親になんと言ったかも忘れたけど。私の夢が変わったことがいちばんの理由。「美大行かないから、ここにいく理由がない」と思って即決した。母は私の気持ちに寄り添い、受け入れてくれた。先生には「なんでやめてしまうのか、もったいない」と何度も引き留められた記憶がある。先生の顔がぼんやり今でも浮かぶ。

時が流れた。あの頃とは違う、ほんとうに絵を描くことを楽しんでいる。受験を目的として絵を描くことは、何かいつも正解を探しながら絵を描いていたし。他の人と比べてどうだとか、いちいち気にしていた。

『自分の気持ちを色にぶつけていくといい』という先生の言葉がなるほどなぁと思った。

思うがままに色をのせていく。流れるように。何も考えずに。正解を探そうとせずに。「絵を描くのってこんなに楽しいんだ」って、大人になってから初めて知った。

この日は、どうしようって頭で考え迷いながら手を動かしていた。先生の手直しを入れて頂き、天使の大きさを修正していただいた。次回、ここからまた描いていこう。

考えないで、もっと自由に色と遊びたい。

今週もありがとうございました。
今夜は曇り空、月見えるかな。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今日もあなたのご無事をお祈りしています。
今夜も穏やかな眠りでありますように。

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