松本移住記 8ページ目~一年越しに訪れた上高地で、36歳のこれからを考える
松本に引っ越して1年と3ヶ月が過ぎようとしている。仕事がリモートワークのため、平日はほとんど家で粛々と生活している。
松本で暮らし始めたら、いつか行こうと思っていた場所がある。それが上高地だ。
言わずと知れた松本を代表する観光地だが、松本駅から電車とバスを乗り継いで約2時間。決して気軽に行ける距離ではなく、「そのうち行こう」と思いながら、気づけば時間だけが過ぎていた。
実は、来年には別の場所へ引っ越そうかと、ぼんやり考えている。
そう思うと「松本に住んでいる今のうちに行っておこう」という気持ちが出てきて、ようやく上高地へ足を運ぶ決心がついた。


以前、TV番組の『ブラタモリ』で上高地が特集されていたのを見たさいに、強く印象に残ったのが水の美しさだった。
間近で見ると驚くほど透明で、少し離れて眺めると、エメラルドグリーンに輝いて見える。
私は長野県で暮らすまで知らなかったが、長野のお米はとてもおいしい。気候や土壌など、さまざまな要因があるだろうが、この澄んだ水が、おいしいお米を育む大きな理由の一つだと実感した。

上高地のシンボルでもある「河童橋」。
雑誌やテレビで上高地が紹介される際には必ずと言っていいほど映る場所だけあって、どこか見覚えがあった。
ちなみに、芥川龍之介の『河童』は上高地とのゆかりが深く、その舞台の一つとして河童橋周辺が描かれていることから、この橋の名前が広く知られるようになったともいわれている。


河童橋を渡りさらに奥へ進むと、深い森の中へと入っていく。日常から切り離されたような「静かな空間」を感じる。
川のせせらぎの音
ウグイスの「ホーホケキョ」という鳴き声
風に揺れる木々の葉音
自然の中を歩くのは、とにかく気持ちがいい。
ただ、そんな景色の中を歩きながら頭に浮かんでいたのは、「働くとは何だろう」「AIとこれからどう向き合っていけばいいのか」「この先、自分はどんな人生を歩みたいのか」といった、現実的なことばかりだった。
私は今年で36歳。
いよいよアラフォーと呼ばれる年代に差しかかった。
話が少し前に戻るが、上高地へ向かう電車の中で、パンサー向井さんがパーソナリティを務めるラジオ番組『#むかいの喋り方』を聴いていた。
その中で、「自分のためだけに生きるフェーズは、そろそろ卒業してもいいのかもしれない」という趣旨の話があった。
「自分も、そういう年齢だよな……」
そんなことを思いながら、車窓の向こうに広がる田園風景をぼんやりと眺めていた。

昨今、何かと話題になることが多いクマ。
上高地でも目撃情報があり、散策中はクマ鈴を鳴らしながら歩く人の姿を何度も見かけた。
ニュースでは、「クマに人が襲われた」という報道を目にする機会が増えた。被害に遭われた方のことを思うと胸が痛むが、クマを一方的な悪者扱いするのにも、少し違和感を覚える。
餌がないから、クマはやむを得ず人里まで下りてくるのではないだろうか。その要因は、人間が経済活動を優先し、自然を壊してきたことが招いたことのようにも感じる。

散策路の所々には、クマよけのベルが設置されている。
小さな子どもが、物珍しそうにベルを見つけると、好奇心の赴くままに何度も鳴らしていた。その音は、「人間が近くにいますよ」というサインとなってクマに届く。
本人はそんなことを考えてはいないだろうが、その無邪気な行動が、知らず知らずのうちにクマにも人間にも役立っていると思うと、何だか微笑ましく、少し可笑しかった。


普段は記事にあまり写真を載せないが、今回はいつもより多めに載せたいと思った。
理由は、2か月ほど前に一眼カメラを買ったからだ。
メルカリで中古を13万円で購入。決して安い買い物ではない。私にとっては、ここ数年でも大きな買い物のうちの一つに入る。
ちなみに、それまで写真を撮る習慣がほとんどなかった私がカメラを買った理由は、文章だけでは伝えきれないものを表現できると思ったからだ。
どれだけ言葉を尽くしても、上高地の雄大な自然や、水の透明感、空気の澄み切った雰囲気を完全に表現することは難しい。
それでも写真なら、景色や空気感を一瞬で伝えられることができる。
写真の力は、それほどまでに凄まじい。
だからといって写真だけでは、そのとき自分が何を感じ、何を考えたのかまでを伝えることはできないと思う。
だから「写真」と「文章」、その両方をバランスよく使いながら表現できるようになりたい。
正直、最新のスマートフォンでも十分きれいな写真は撮れる。それでも高額な一眼カメラを選んだのは、ライターとして「写真にもこだわってみよう」という決意の表れでもある。


上高地を歩いていると、自然の中に溶け込むように人工物が目に入る。
目に見えないところで、誰かが道を舗装してくれている。そうした人たちの存在があるからこそ、訪れた人は安心して、この雄大な自然を楽しむことができる。
日常生活のなかにも、私たちが当たり前だと思いながら享受しているものはたくさんある。
水や電気、ガスもそうだ。普段は意識することが少ないが、そのどれもが誰かの仕事によって成り立っている。
「感謝の気持ちを忘れずに生きよう」と説教じみたことを言いたいわけではない。
ただ、上高地を歩いているとき、そんな当たり前のことに、ふと気づかされた。

