隠れオタクの本音と建前に少しの初恋をブレンドしました(8)【創作大賞応募作】
あらすじ&1話 ↓
第8話
翌日、学校へ行くとすぐに未央が私の元へ駆け寄ってきた。
「とぉ〜こぉ〜」
何か頼み事をする時、未央は決まって名前を間延びさせた甘えた声で呼んでくる。私はそれを知っているので、未央に何か言われる前に「断る!」と宣言した。
「言ってない! まだ何も言ってないから! で、お願いなんだけどぉ……今日のカラオケ、人数合わせで燈子も参加して!」
そう言って未央が両手を合わせた。
話を聞くと、他校の彼女募集中男子五名と、うちの高校の彼氏募集中女子五名で遊びに行く為の紹介を頼まれているらしい。未央は交友関係が広く、校内だけにとどまらず他校からのお誘いも多い。
「燈子が彼氏さん一筋だって事は、よーく分かってるのよ! こういうのが苦手なのも知ってる! でも急に一人駄目になっちゃって、人数きっちり揃える約束でセッティングしたから困ってんのよ。お願い! ね? 駄目?」
彼氏さん……。
未央の言葉を私は心で呟く。
勿論、私に彼氏はいない。
幼い頃から神の声に心酔しているので、当然のように今まで彼氏を欲しいと思った事は一度もない。それに正直、私の健全なオタクライフを邪魔する相手など、これからの人生においても不要だと私は思っていた。
勿論、それを口外した事はない。
しかし、夏の花火大会の時期や、冬のクリスマス前からバレンタインにかけては、私達高校生も友人同士の紹介が多くなり、誘われるたびに断っていては、もの凄く付き合いの悪い奴になってしまう。更にはどうして彼氏を作らないのかと、余計な詮索までされる羽目になるのだ。
クラス替え当初は面倒くさいながらも建前の為に参加していたけれど、正直私はウンザリしていた。その時間で、神が出演している作品をエンドレス鑑賞する方がずっといい。
そこで私は悩んだ結果、有意義なオタクライフを満喫する為に、『架空彼氏』を作り上げて誘いを断るという暴挙に出たのだ。
急いで、頭の中にある『架空彼氏設定メモ』を開く。
彼の名は、佐藤 陽翔。日本人で一番多い苗字が佐藤さんで、陽翔は男の子赤ちゃん名前ランキングで一位の名前から拝借した。
そして彼は、三つ年上の大学二年生で、三年間ニュージーランドにある姉妹校に留学中という事にしている。
勿論、この架空彼氏がバレたら大変な事になる。妄想で彼氏を作り、友人を騙す最低の女として、私はヒエラルキー最下層に落ちていくだろう。この設定を使いだした当初はそのリスクに怯えていたけれど、周りから疑いの目を向けられる事は一度も無かった。
どうしてなのか分からないけれど、『若槻燈子には彼氏がいる』その方が、『若槻燈子には彼氏がいない』よりも、周りにとって自然な事だったようで、普段一緒にいる未央や梨絵や茜でさえこれを疑う様子は無かった。
それどころか、彼氏が三年も留学しているのに浮気など絶対にしないイイ女というポジションが勝手に用意され、私にとって非常に都合がいい。
「でも、今日ってもうテスト一週間前じゃん」
私はどうにか未央の誘いを断る方向で話を進める。
「燈子さーん。あなた、一週間前からちゃんと勉強する人ですか?」
痛い所を突かれてしまった。
「あー、でもでも、他に行きたい人いるんじゃない?」
「たまたま今日はみんな予定が入ってて、梨絵にも来てもらうしさ!」
梨絵には彼氏がいるので、同じく人数合わせに呼ばれたのだろう。
できれば断りたい。でも、これのせいで未央と気まずくなるのは嫌だ。私は仕方なく、これを了承する事にした。
「分かったよ。 未央の頼みだしね」
「ありがとう、燈子〜!」
「それにしても半分以上が実は彼氏持ちって、それの方がバレるとまずいんじゃないの?」
未央にも彼氏がいる。
これでは、ちっとも五人ずつの紹介になっていない。
「実はね。今回は茜ともう一人参加する子への接待なの。私たちは茜やその子の良いところをアピールする盛り上げ要員!」
「なるほど、それなら頑張って協力するよ!」
私の言葉に、こちらの様子を見ていた茜が「ありがとう〜」と抱きついてくる。
「チャイム鳴ったぞ。着席〜!」
予鈴だけでなく本鈴も鳴っていたようで、担任が教室に入ってきた。
自席へ移動しながら、私は高杉へと視線を向ける。いつも通り背中を丸めて、じっと固まっていた。高杉はとてもお利口なので、教室であまり見つめないでという私の言葉をしっかり覚えてくれているようだ。
早く高杉と喋りたい。
ジャケットの右ポケットに手を入れて、私はスマホを握り締めた。
あの声が聞きたい。高杉とたくさん話がしたい。私は目を閉じて、昨日初めて聞いた高杉の柔らかな笑い声を思い返す。その瞬間、まるでサイダーみたいに胸の奥でキュンが弾ける。その音が、聞こえたような気がした。
*
そして私は今、男女五人ずつでカラオケにきている。
男子メンバーは私達の高校の隣の駅にある学校の生徒で、その中の一人が未央の知り合いらしい。
まずは机を挟んで右側に女子、左側に男子で腰を下ろしていた。特に興味はないけれど、もしかするとこの中に恐ろしいほど萌える声の持ち主がいるかもしれない。
私は淡い期待を抱いて、男性陣の自己紹介を聞く。しかし、自己紹介後に私は誰の名前も覚えていなかった。
やっぱり、高杉の声が一番だ。
私の唯一のお楽しみポイントが秒で終わりを告げたので、私は最初のご対面から現在に至るまでの相関図をチェックしていく事にした。女子メンバーは未央・茜・梨絵・私。いつもの四人組と、隣のクラスの美紀ちゃんだ。
美紀ちゃんは、丸くて大きい目が特徴の小柄な子で、 右から二番目の男子がずっと前のめりで話しかけている。
「すごーい。 そうなんだぁ〜」
美紀ちゃんの鼻にかかった高音の声が部屋に響く。
右から二番目くんは音楽をやっているらしく、ギターの蘊蓄をならべていた。
「えー、カッコイイ〜」
そんな美紀ちゃんの反応に気を良くしたのか、彼のギターのコード説明をする声が徐々に大きくなっている。そこに、ドリンクバーから飲み物を持ってきてくれた左端くんが帰ってきた。
恐らく、茜はこの左端くんが気になっているのだと思う。視線がよくこの左端くんへと向いていた。私も左端くんは、いい人なのではないかと思う。ずっと私達に気を使ってくれているし、それによく見るとイケメンさんだ。
頑張れ、茜!
私はお礼を言って飲み物を受けとりながら、さり気なく茜と座っている位置を交換した。これで茜は、左端くんと距離が近くなって話しやすいと思う。
ナイスアシスト、私!
私は自分を褒める事も忘れない女だ。
カラオケは一曲ずつ順番に歌うことになり、未央と私は当初の予定通り場を盛り上げる事に徹底した。手拍子やタンバリンを頑張り、更に「歌、上手いねー」「あの曲、歌って」など、雰囲気が和むようにまんべんなく話し掛ける。
そうして私は、未央に視線で訴えた。
私、頑張ったよね。すっごい頑張ったよね。だからカラオケの後のボーリングは抜けるから! 絶対、帰るから!
私の目力の強さに言いたい事が分かったようで、未央は笑いながら頷いていた。
よし。
良い仕事をした後に飲むコーラは最高にうまい。
一仕事終えた私は席をたち、トイレに行くふりをして少し離れた階段から高杉に電話を掛けた。早くあの声を充電しなければ、頑張り過ぎて私が電池切れになりそうだ。
コール音が鳴る。
『も……』
ツーツー。
電話に出たと思ったら、『も』の一声だけで切れてしまった。もう一度掛けてみたけれど、電波が悪いようで先程と同じように『も』で切れた。
『も』って、なに?
少し考えて、きっと「もしもし、高杉です」の第一声ではないかと思った。電波を見ると、今もアンテナは不安定に減ったり増えたりを繰り返している。私は最後にもう一度かけて、それでも駄目なら諦めようと思った。
頑張れ、電波の諸君!
君達も私のように良い仕事をしてくれる事を祈っている。そしてライバル会社の電波に向かって、「いや〜、こっちは良い仕事したな〜。檄ヤバなエリアで繋げてやりましたよ」と、ドヤ顔マウントしながらビールを飲めばいいさ。
そう心で祈りながら、「えいっ」と通話をタップした。
『も、もしもし高杉です!』
きたっ。でかした、電波!
それに『も』の正体は、やはり「もしもし」の第一声だ。
『わ、若槻さんっ。……き、きこ、聞こえますか?』
「ふふ、聞こえるよ!」
『あ、若槻さん。良かったです』
「ごめん、電波悪いみたいで何回も切れちゃった。付き合いでカラオケの最中なんだけど、すごく疲れて……。高杉の声を充電したくなったから」
『僕の声を、充電?』
「うん! だから何か喋って!」
『え? えっと、では……疲れがとれそうな言葉にします』
普通に高杉からおしゃべりしてという意味で言ったのに、上手く伝わっていないような気がする。
『それではいきます。元気になーれ元気になーれ元気になぁーれぇー』
高杉が突然、呪文を唱えだした。
「ふはっ……」
私はたまらず吹き出す。
天然だ。高杉は間違いなく天然君だ。
『え? あれ? 若槻さん?』
笑いが止まらなくなった私に、電話越しの高杉が戸惑っている。いやいや、こんなの私の方が戸惑うよ。そう思うのに、気づけば私の心の充電は満タンになっていた。呪文の効果は抜群で、もしかすると高杉は、偉大な魔法使いかもしれない。
「ありがと、高杉。元気でたよ!」
『そ、それは良かったです』
高杉の声が、満足げに弾む。
「帰ったらまた電話するね」
『はい。お待ちしています』
ふふ、「お待ち」してるんだ……。
高杉もこの電話のやり取りを楽しみに待っている。
その返答が、私はたまらないほど嬉しかった。
→ 9話 へ
★第1話に各話のリンク有り★
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで目を通して下さり有り難うございます✨