【第24話】声にできない怒りは、心に積もる
鶏肉を捨てた男と、心の奥のざわめき
11月の終わり、いくらかの臨時収入が入った。
普段なら自分の食事に使うところだけれど、そのときは「みんなで何か美味いものを食べよう」と思った。
私はそのお金で、鳥の丸焼きを3匹、キュウリ・トマト・チリを3キロずつ買ってきた。(2020年のグルダニ刑務所内で、注文できた鳥の丸焼きは1匹14ラリ、450円くらいで野菜10キロで500円くらい。)
ジェリーがサラダを作り、トマトソースを仕込んでくれた。
夕食のメニューは、鳥の丸焼き半羽ずつと、マカロニの特製ソースがけ。
いつもとは比べものにならないごちそうだった。
――みんな嬉しそうに皿を囲み、言葉少なに食べ始めた。
だがそのあと、私は信じられない光景を目撃する。
イラン人のファシャが、配られた鶏肉を少しだけかじって、トイレに捨てたのだ。
私は何も言わなかった。言葉にできなかった。
英語力の壁、感情をどう伝えればいいかわからないもどかしさ。
怒りが言語に乗る前に、心の奥で膨らんでいった。
――なぜ、捨てたんだ。
せめて、他の誰かに渡すことだってできたはずだ。
なぜ、黙って、ゴミのように扱ったんだ。
私はそのときから、ファシャに対する拒絶反応を覚えはじめた。
でも、ここは刑務所だ。
逃げ場なんてない。
嫌でも、同じ空間で暮らし続けるしかない。
それでも、どうしても許せなかった。
あの鶏肉の映像が、頭から離れなかった。
それ以来、たとえば私が買ったビスケットの袋を開けた瞬間に、ファシャが近づいてくると、
「なんでこいつにやらなあかんねん」と、心のどこかでまた怒りが湧いてくるようになっていた。
初めは小さな出来事だった。
でも、狭い空間では、小さなことが大きな問題になる
ある日、窓の外から声が聞こえた。
「チャイ、アリス?(紅茶はないか?)」
声の主はラリオキだった。
刑務所内を行き来できる清掃係の受刑者で、物の受け渡しや伝言を運ぶ役目も担っていた。
このラリオキを通じて、他の部屋の受刑者から「コーヒーないか?」「タバコないか?」と注文が届くことがある。
たまに「テレビのリモコンの電池ない?」なんて、妙に現実的な頼まれごとが来ることもあった。
この日も、そんな注文のひとつだった。
ラリオキ:「チャイ、あるか?」
その瞬間、ファシャがスッと立ち上がり、部屋の棚からチャイを一つ、二つ取り出して、何も言わずにラリオキに渡した。
――それを、カールが見ていた。
問題は、そのチャイがファシャのものではなかったことだ。
それはカールが自腹で買っておいたチャイだった。
カールは怒りを抑えきれず、怒鳴った。
"Hey! That’s my stuff! What the fuck are you doing taking it without asking? You didn’t even say a word!"
ファシャは逆ギレした。
"Because I don't have money!"
彼の言い分はこうだった。
「金がない。だからチャイを出すよう頼まれた時、自分のじゃなくても出すしかなかった」と。
悪びれた様子も全くない。
誰が見ても、これはカールが正しい。
100対0の話だった。
私はそのやりとりを見て、ファシャという男に対する怒りがさらに膨らんでいくのを感じた。
――後に私が「ハチャプリをファシャにだけ渡さなかった日」、
その裏には、こうして積もり積もった怒りが静かに息をしていた。
その怒りは、まだ言葉にならず、
ただ私の中で、密かに熱を帯びはじめていた。
続く。
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