見出し画像

【第61話】「歩くだけで“異物”になる世界」


「帰れ。」

ソウソウの一言で、私はひとり運動場に取り残された。
二人の背中が遠ざかる。

私は数歩、無意識にその場に立ち尽くしていたが――
仕方なく、ゆっくりと歩き出した。


「……あれ?」

ふと気づくと、私はもう“ひとり”だった。
ソウソウたちと別れたことを、他の囚人たちも察知したのだろう。

さっきまで黙っていた奴らが、再びヒソヒソと声を上げ始めた。

「アー、ヤポニアロガラカシェーン……ラギンダー?(おい日本人、1人でどうした?)」

また、イラっとする声と態度でちょっかいをかけられた。
だが、こうなるのは予想通りだった。

目の前に立ちはだかるような奴もいれば、笑いながら何かを呟く奴もいる。
さっきまでとは明らかに違う空気。私だけが、また“異物扱い”されていた。

「もうええって……」

だが、差別扱いされることには慣れている。私は立ち止まらず、そのまま運動場の奥、308号室を目指した。


すると、建物の入口近くの階段の上で、一人の男と目が合った。
ペルー人だった。

彼の名前は思い出せない。でも、その姿はよく覚えている。
がっしりとした体格に、鋭い目。年齢は45歳くらい。

彼もコカイン関連で捕まったらしく、あと4年は刑が残っていると言っていた。
彼はゾナにいる数少ない“外国人”の一人であり、その中でもリーダー格の存在だった。


「おい、日本のやつ、調子はどうだい?」

そんな雰囲気で、彼は私に話しかけてきた。
彼が私に話しかけてくると、今いた奴らはどっかに行ってしまった。

心の中で、ホっとした瞬間だった。

東アジア人がひとりでゾナに放り込まれるなんて、目立たないわけがない。

外国人は全体でも50人もいないのだ。

彼は言った。

「いつでも、俺らの部屋に来ていいぞ。ここじゃ一人は危ないからな。」

ありがたい申し出だった。
でも、私はそれどころじゃなかった。


風邪がひどくて、身体が芯から冷えていた。
熱もある。頭がボーっとして、歩くのも辛い状態だった。

「ありがとう。でも……今日は、部屋に戻って休みたい。」

そう伝えると、彼は黙って頷き、私と一緒に建物の中へ入り、
308号室の近くまで付き添ってくれた。


そして私は、自分の部屋へ戻った。

ベッドの近くに行くと、壁にかけていたはずのテレビが目に入った。
グルダニ刑務所から持ってきた、私の唯一の娯楽。

そのテレビには、音が外に漏れないよう、
私が手に入れた貴重なイヤフォンが繋がれていた。

――はずだった。


「……あれ?」

私の目の前で、ギオがイヤフォンをテレビから抜き取って、
どこかへ持っていくのが見えた。

ギオ――何度も私を助けてくれた存在。
その彼が、今、私のイヤフォンを奪っていった。


「……ああ、もうええわ。」

怒る気力もなかった。しんどすぎた。

私はベッドに倒れ込んだ。

誰にも何も言えないまま、
イヤフォンのことも、自分の状態も、部屋の空気も、すべてを飲み込んで、
ただ、目を閉じた。


続く。

いいなと思ったら応援しよう!

Bonsai|ぼんさい あなたは本当に素晴らしい方です!!ありがとうございます。