【第44話】「ゾナという名のジャングル:秩序と無秩序のはざまで」
ゾナ17番の探検が、いよいよ始まった。
レワンと私は、308号室の重たい鉄の扉を押し開け、廊下に出た。
――その瞬間だった。
「おい、気をつけろよ」
レワンが、まるでデート中の女性のように、私の腕をガシッと掴んできた。
驚いた。
まさかの展開に、一瞬「え? ゲイなんか?」とすら思ったが、彼の真意はすぐに伝わった。
「ここではな、何が起こるか分からないんだ。お前みたいに目立つ奴は、特にだ」
そう呟いた彼の目は、真剣そのものだった。
レワンが言うには、ゾナの中は常に緊張状態にある。表面上は平和に見えても、警戒を怠った瞬間にトラブルが起こることもある。誰かがケンカを売ってくることもあれば、何も知らない新人を利用しようと近づいてくる者もいる。まして私は、このゾナで唯一の東アジア人。言葉も文化もわからない新参者。狙われるには、十分すぎる条件が揃っていた。
「だから俺が隣にいる。」
そう言ってくれたレワンに、内心ではガッツポーズを決めていた。
正直怖さも感じていた。でもそれ以上に――スリルと好奇心が勝っていた。
こんな場所、普通の人間じゃ一生見ることはできない。自分は今、とんでもない場所に足を踏み入れている。その実感が、静かにアドレナリンを刺激していた。
レワンに導かれ、私たちはゾナ内のさまざまな部屋を回っていった。
一つ目の部屋に入ると、そこには明らかに“ボス”と分かるような男がいて、レワンが紹介してくれた。私は名前を名乗り、礼儀正しく頭を下げた。すると、ボスは無言で頷き、私を上から下まで値踏みするような目で見た。緊張感が走るが、レワンの存在が安心材料だった。
イタリア系の顔をしている彼を、私はドンと勝手に名付けていた。
この場所でも、薬草茶を飲む儀式があり、私はサシでドンと飲み交わした。
すると彼は「シェン、チェミズマーハル!(お前は俺の兄弟だ!)」といって、彼の兄弟分を紹介してくれた。
二つ目、三つ目……と、次々と部屋を巡る。
その時、私が驚いたのは、それぞれの部屋の“質の違い”だった。
ある部屋には、ちゃんとしたキッチンがあり、冷蔵庫すら置かれていた。壁には棚があり、整頓された食器類が並んでいる。
別の部屋に入ると、そこには何もなかった。むき出しの壁、剥がれかけた床。電球すら不安定にチカチカしているだけの空間。
人数のバランスも違えば、雰囲気もまるで違った。部屋ごとに“世界”が違う。
マフィアの部屋は一発で分かった。それぞれ違うシンボルマークを掲げていたからだ。だが、奇妙だったのは、ある部屋に別々のグループが共存しているパターンがあったこと。右半分はAグループ、左半分はBグループといった具合に、両者お互いのテリトリーを意識しあいながら、絶妙なバランスを保って生活している場面も見受けられた。
どうやってこの振り分けが決まっているのか? どうして部屋毎に格差があっても、争いが起こらないのか?
不思議でならなかったが、それを知るすべはなかった。
ただひとつ分かったのは――
この場所では、目に見えるルールと、目に見えないルールが共存しているということだった。
そして、それに気づけるかどうかが、この場所で“生き残れるかどうか”の分かれ目となるのだと感じた。
続く。
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