【第30話】言葉が孤独を溶かす
2020年12月29日。逮捕から半年以上が過ぎていた。
冷たい風が吹き抜ける部屋の中で、私はただ“外の世界”を思いながら、静かに時間をやり過ごしていた。
何もおめでたくなかったクリスマスが終わり、年末という言葉の持つあたたかさや賑やかさとはまるで無縁の、重たくて、どこか淋しい空気が部屋に漂っていた。
こんなにワクワクしない年末年始を迎えるのは、人生で初めてのことだった。
そんな中、私にとって、小さくも大きな出来事があった。
この日、私の弁護士が面会に来てくれた。
そしてその隣にいたのが、通訳のマリさんというジョージア人女性だった。
彼女が手渡してくれたのは――英語とジョージア語の辞書だった。
分厚くもなく、少しくたびれた、小さな辞書。
けれど私にとってそれは、まるで光のかけらのような存在だった。
今まで意味のわからなかった看守の指示や貼り紙、読み取れなかったニュースの字幕。
それらが、この辞書のおかげで、少しずつ“理解できるもの”になっていった。
私にとって、海外の刑務所で言葉を学ぶということは、孤独を溶かすということだった。
“わからない”が日常だったからこそ、たったひとつの単語の意味を理解できるだけで、
遠く感じていた世界が少し、身近になるように感じた。
その日、もうひとつ、絶対に忘れられない出来事があった。
ジョージアに住む友人が、ブランケットを届けてくれたのだ。
それだけじゃなかった。パジャマ、下着、そして鶏肉や果物まで。
(もっと沢山持ってきてくれたようだけど、差し入れに関する規律が厳しくて、色々と拒否されたらしい……本当にありがたいです。)
当時はとても寒くて、夜眠れない日もあった。
だからこそ、その差し入れは、ただの“モノ”以上のものだった。
誰にも見えない場所で、誰かが自分のことを想い、気にかけてくれている。
その事実は、この閉ざされた空間の中で、何よりも温かく、尊いものだった。
辞書が、言葉をくれた。
チキンと果物が、胃を満たしてくれた。
ブランケットが、体をあたためてくれた。
そして――人の気持ちが、“生きる希望”をくれた。
塀の外にいる友人たちの優しさが、
コンクリートと鉄に囲まれた私の心を、ほんの少しだけ、柔らかくしてくれた気がした。
そして私は――
人生で初めて、グルダニ刑務所の中で、新年を迎えることになる。
続く。
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