【第33話】ノリだけで生きてる男が、いきなり10年を喰らった話
2021年2月はじめ。
新しい同居人が、私たちの部屋にやってきた。
名前はマジッド。通称マジ。(先日出ていったマジと同名)
イラン人。
年齢は29歳。あと数ヶ月で30を迎える年だった。
肌が白くて笑顔の優しい青年だった。
職業は“野菜トラックの運転手”。
イランからアゼルバイジャンを経由して、ジョージアのトビリシまで野菜を届けているらしい。
…が、そのトラックの積み荷は野菜だけじゃなかった。
“別の何か”が、その荷台には隠されていた。
それが、メタドン――
私も最初は聞いたときピンと来なかったけど、どうやらこれはヘロイン中毒者のための代替薬らしい。医療用だけど、濫用されれば立派な麻薬になる。
病院で処方されると合法ではあるが、それ以外のルートからの入手と使用は犯罪となる代物。ジョージアでは完全に違法であった。
イラン国内で2錠1ドルで取引されているものが、ジョージアに来ると2錠で5~10ドルになる。10キロ分を運んでいて、国境を越えたあと、警察に尾行されていたらしく、宿に着いた瞬間に逮捕されたという。
マジはこの時、逮捕されてから半年。裁判はまだ終わっていなかった。
でも、本人のテンションはというと――
めっちゃ明るい。
言葉はまったく通じない。
英語もジョージア語もできない。
でも、テンションと表情とジェスチャーだけで全力で話しかけてくる。
たぶん、ずっと冗談言ってる。
急に歌いながら踊り出す。
意味不明でもなんか楽しい。
そんな不思議で陽気な男だった。
言葉が通じなくても、彼の存在が「重たい現実」を一瞬だけ忘れさせてくれる。ジェリーは彼の事がうるさくて目障りだったらしいが、私は彼が来てから、部屋の空気が少し軽くなった気がしていた。
けれど、ある日。
私たちの前に届けられたのは、彼の“運命の通知”だった。
量刑――10年。
あの「毎日パーティー気分か?」ってくらい明るかったマジが、そのときだけは沈黙していた。
「……10イヤーズ」
小さく、そう呟いて、何も言わなくなった。
彼はまだ29歳だった。
出る頃は39歳。
ノリで笑って生きてた男に、ジョージアの司法は、笑えない現実を与えた。
つい、お金にめがくらんでしまったと言っていた。
こんなことになるなんて、思ってもいなかったと。
それでも彼は、その夜またいつものように冗談を飛ばしてた。
…たぶん、笑うしかなかったんだろう。
でも、前例があったように、イラン人には特権がある。
おそらく、マジのケースもその適応範囲内であろう。
もちろん、彼自身もイランに強制送還することができれば、すぐに釈放してもらえることを知っていて、それに期待していた。
私もそうなればいいなと思いつつも、年が明けてから何の音沙汰もないアムネスティに対して、不安を抱き始めていた頃だった。
だがそれは、ジェリーやカールにとっても同じだった。
しかし、そんな我々の不安を吹き飛ばすような出来事が、突然起こるのである。
続く。
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