「自由とは何か?獄中から娑婆へ。ジョージアの刑務所を出て5日目のトルコ」
ジョージア🇬🇪の刑務所にて、約5年服役した私にも、遂に釈放される日が来たのだった。
2025年4月8日 午前10時。
3年前にグルダニ刑務所から移送された、キサニ刑務所の中で、
私の名前が呼ばれた。
「おい、出る日だぞ。家に帰りたいだろ?早く準備しろ」
信じられなかった。
判決文には、出所日は4月9日と記されていた。
でも、そんなことはもうどうでもよかった。
ほぼ5年間、正確には1749日。
私はこの日をひたすら待ち続けていたのだ。
毎日外に出たくて出たくて、仕方がなかったのだ。
「遂に自分の番がきた!やっと自由になれる!」
ーっと思ったその瞬間
棟の出口にいた太鼓腹の警官が、無表情に私に告げた。
「君は一時的に拘束される。これはジョージアの法律だ。」
意味が分からなかった。
手錠の冷たさが、膨らんだ希望を一瞬で砕いた。
刑務所内で再逮捕。またもやパトカーに押し込まれ、ムツヘタ警察署へ連行される。
そこでは私に関する書類が作成されており、英語の通訳がこう説明した。
「あなたの懲役は今日で終わりました。これからトビリシのイミグレーションセンターに行き、仮滞在許可証を渡される事になります。それさえあれば、あなたの自由が保証されます。」
心底ホッとした。
再度拘束された時は焦り、不安であったが、そういう手続きだったのだと理解できた。
書類内容を確認して、署名し、指紋を押した。
ーーだが、その後イミグレーションセンターに送られるまで、手錠をかけられたまま5時間以上、椅子の上で待たされた。
夜7時、イミグレーションセンターに到着。
「仮滞在許可証を受けとれば自由」と信じていた私は、ただひたすら待たされる時間を辛抱した。
そこに、私の期待を更に裏切る男現れ、冷たい目でこう私に告げた。
「お前は今日帰れない。ここで滞在することになる。出国用のパスポートとチケットを用意できるまで、ここから出ることはできない」
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