乙女の妄想はBLを超え、少年は母となる〜大島弓子「七月七日に」
花の24年組の一人、大島弓子が描く主人公の多くは少女で、正真正銘の「乙女」であると思います。

少女漫画家を目指す女子校に通う少女鞠
病弱な母とその母を愛し常に気遣う医師の父と暮らす。
先生に片思いし結婚まで妄想するが、
実際は先生には恋人がいて失恋する。
しかしその後すぐ許嫁の存在を知ると、
ときめくなど恋に恋しがち。
少年同士の愛を描いた漫画を雑誌に投稿する。

左)初恋の男性に振られて以来男性不信の姉モエ
右)再会した同性の大将に淡い恋心を抱く弟マー
マーと大将の親密さにクラスの女子は
BLを期待し二人の写真を撮って妄想する。
一方大将がモエを好きなことに気づいたマーは
身を引くことを決め、モエに縁談が持ち上がった際に大将にある作戦を授け2人の仲を取り持つ。

3歳の時に父親と死別し孤児となったが、
その後突然現れた「後妻」の母親に育てられたつづみ
美しい母は正体不明でかぐや姫ではないかと妄想する。
これらの登場人物は育ちがよく言葉遣いは丁寧で、母親と密接な関係にあり、世の中の汚いものを見なくて済むよう守られているのでおおよそ悪意というものを持ちません。
母親をロールモデルに結婚への漠然とした憧れを抱いており、例えば古風に許嫁をあてがわれても自分の置かれている境遇を甘受し、疑問を持つことがあまりないのも特徴的です。
その分圧倒的に経験値が低く、端的に言えば世間知らずな存在です。
そして経験値が低い故に、擦れていないので感受性は人一倍強く、荒唐無稽な妄想を抱きがちです。
私はこの状態こそが「乙女」の正体だと思うのです。
この3作の中でも特に「七月七日に」は作者大島弓子の乙女としての妄想が炸裂した物語です。
実は亡くなったつづみの父親に片思いをしていた16歳の少年が女性へと姿を変え「母さま」となり、10年間つづみを育てていたというストーリーです。
16歳の少年が選ぶ片思いの成就法として、これ以上荒唐無稽で献身的に美しく、偏執的で熱烈なものがあるでしょうか?

接吻はしなかったと応える「母さま」
長身で美しい「母さま」とつづみの日々は戦時下でも愛情に満ち穏やかでしたが、健太郎が「母さま」に想いを募らせ正体を知らずに「接吻」してしまうことで事態は動き始めます。
一度は拒絶した「母さま」でしたが、つづみの「母さまにも幸せになって欲しい」という思いに後押しされ、健太郎に会いに行きます。
しかし健太郎は既に召集令状を受けとった後でした。「母さま」への想いで出征に対する気持ちが鈍るので、早めにこの地を離れようと思うと告げる健太郎ですが、2人のやり取りから「母さま」の正体について接吻の後に勘付いた事が窺えます。

つづみと桃太郎との婚約と健太郎の出征祝いを兼ねた宴の翌朝、つづみは健太郎の部屋から出てゆく「母さま」の姿を見つけます。

そうして健太郎が出征した日の深夜、つづみは胸騒ぎがして「母さま」の部屋を覗くと姿がないので心当たりのある川へと急ぎます。

その後つづみは「母さま」とその祖母からの手紙で彼がうちに来た経緯と、彼にもまた召集令状が届いたため実家に戻ったのだと知るのでした。
物語の最後、樹々の緑の中で洗濯物を干しながら大きな声で笑い合う思い出の中のつづみと「母さま」の姿には、かつて少女だった私の記憶を揺さぶられ、目に熱いものを感じずにはいられません。
この「少年が母になる」という荒唐無稽な妄想も大島弓子の独特なお伽噺のような世界の中では無理なく成立してしまうのです。
それにはもちろん読者にも乙女の感受性が求められはするのですが。
少女時代を随分前に終えていたって、未だ胸に乙女が巣食っているのもそれはそれで良いではありませんか。
