「体さえあれば、どうにかなる」──母の言葉と20年。|ことり日記|第十八話
夫が末期がんで余命宣告を受けた時、私は途方に暮れていました。
生命保険はなく、夫は借金の保証人になっていました。これから始まるのは、負からのスタート。どうやって子どもを育てていけばいいのか、不安でいっぱいでした。
その時、電話で母が言いました。
「体さえあれば、どうにかなる」
正直、その時の私は、母が借金の重みをよくわかっていないのではないかと思いました。体があっても、お金がなければどうにもならない。そう思っていました。
───
でも、母の言葉には、深い意味がありました。
あれから20年。私は働き続けることができました。
病気の一つや二つはありました。入院や手術もしました。それでも、たまたま命に関わるような大きな病気ではありませんでした。たまたま、体は動き続けました。
夫の病気を見て、健康は運でもあると知りました。夫は何も悪いことをしていませんでした。それでも病気になりました。
だから、私が働き続けることができたのは、恵まれていたのだと思います。
───
子どもがインフルエンザになって看病をしても、私には移りませんでした。 体が動くということ。それがどれだけありがたいことか。
夫を看病しながら、働きながら、子どもを育てながら、私はそれを実感しました。
─── 母は今、81歳です。
今も元気に、ボランティアや農作業をしています。健康づくりのために歩いています。外に出て行って、刺激を受けています。
もちろん、母にも痛いところや、体の不調はあります。81歳ですから、いろいろあるでしょう。
でも母は、「このくらい」と言って跳ね除けてきた人でした。母の人生も、決して平坦ではなかったはずです。
私が生まれる直前まで、農作業をしていたと言います。
母自身が、「体を大切にしながら、動けるうちは動く」ことを実践してきた人でした。だから、あの言葉を言えたのだと思います。
───
私は子どもに、ずっと言ってきました。
「あなたは宝物。お母さんの一番大事な宝物」
そして今、心から思います。
元気でいてくれれば、それだけで十分。
母が私に言った「体さえあれば、どうにかなる」という言葉の意味が、今ならわかります。
体が動くということ。それは当たり前ではなく、ありがたいことなのだと。
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