見出し画像

ことり手帖|夫を亡くした私が、お金と制度で泣かないために20年かけて覚えたこと

(ひとり親が、制度を知らずに損をしないための実用ノート)


はじめに

結婚した翌年、私は夫を亡くしました。

妊娠中に、夫の余命を告げられました。夫は、子どもが生まれた年に、亡くなりました。知らない土地で、生まれたばかりの子どもと、二人きりになりました。

あれから20年。私は50代になり、子どもは社会人になりました。

いま振り返って、いちばん悔やまれるのは、悲しみのことではありません。「知らなかった」ことです。

死別の直後、何をどうしていいか分からず、そのままになっていたことが、たくさんありました。当時はインターネットも今ほど便利ではなく、調べる手立ても限られていました。あとになって「あれは申請できたのに」「あのとき聞いておけば」と知ったことが、いくつもあります。

この記事は、その「調べておけばよかった」の全部を、一冊の本にまとめる企画です。制度の解説書は世の中にたくさんあります。でも、大きなお腹で一人、夫の余命を聞いた日から、子どもが社会人になるまで、実際に制度を使って生き延びてきた人間の記録は、多くないはずです。

私が20年かけて覚えたことを、これから同じ道を歩くかもしれない誰かに、渡したいのです。


この本の背骨  三つの考え方

制度の名前や金額は、時代とともに変わります。実際、私が使った制度のいくつかは、今はもう形が変わりました。だからこの本は、個別の制度の前に、変わらない三つの考え方を背骨にします。

一、制度は、自分から動かないと教えてもらえない。

役所は、意地悪で黙っているのではありません。申請主義という仕組み上、こちらが動かなければ、何も始まらないのです。私が受け取れたお金は、すべて「自分から聞きに行った」お金でした。

二、人づて・SNSで知り、必ず公式で確かめる。

支援の情報は、意外なところから届きます。ラジオで、知人の一言で、掲示板の貼り紙で。入り口はどこでもいい。ただし最後は必ず、公式  役所の窓口、国や自治体のホームページで確かめる。私は昔から、公式で制度を自分で確かめる習慣がありました。給付型の奨学金がいつから始まるのか、といったことも、案内を待つのではなく、自分で調べていました。

三、不安は判断を鈍らせる。何かする前に、まず聞く。

夫を亡くした直後の私は、不安のかたまりでした。不安なまま独りで決めると、間違えます。私は間違えました(不要な保険に入りました)。だから、契約する前に、断る前に、諦める前に  まず窓口で聞く。無料で聞ける場所は、思っているよりたくさんあります。

もう一つだけ。国のひとり親支援は「子育て・生活支援」「就業支援」「養育費確保」「経済的支援」の四本柱で、基本方針は就業による自立です。制度は「支え続ける」ためではなく、「自立までの橋」として設計されています。なお、四本柱のうち「養育費確保」は死別には関係がなく、制度の案内の多くは離婚を前提に作られています。ひとり親の大多数が離婚によるものだからです。けれど歴史をたどれば、日本のひとり親支援は戦後、夫を戦争で亡くした女性たちへの支援から始まりました。死別は、この制度の原点です。死別の人が窓口で戸惑いやすいポイントは、当事者として本編で書きます。


序章 窓口と、どう付き合うか

制度の各論に入る前に、この本でいちばん伝えたいことを先に書きます。窓口との付き合い方です。どの制度を使うにも、必ず「人」を通るからです。

民生委員に電話した日

夫を亡くす前のことです。国保に入っていた夫が、病気で仕事ができなくなりました。その手続きに、民生委員さんの意見書が必要でした。

結婚で引っ越してきたばかりの、知らない土地です。頼れる親族も、事情を知る友人も、近くにいませんでした。初めて、民生委員さんに電話をしました。

すぐに、来てくれました。

見知らぬ土地なのに、動きが早い。地域の人だからです。そして、親切でした。

思えば、妊娠中にも、地域の方が訪ねてきてくれたことがありました。玄関先での挨拶程度でしたが、当時は「なぜ私が妊婦だと知っているのだろう」と、少し不思議でした。

今なら分かります。個人情報が漏れていたのではありません。妊娠届を出して母子健康手帳をもらった、その情報が、自治体の母子保健の仕組み  地域の担当者による妊婦さんへの訪問活動  につながっていたのです。制度が、こちらの知らないところで、ちゃんと動いていた姿でした。

人の一生には、制度が並走している

この妊婦訪問は、じつは大きな仕組みの入り口の一つです。

人は、生まれてから死ぬまで、その年代に合った法律と制度に守られています。妊娠・出産・乳幼児期は母子保健。学校に通う間は学校保健。働く間は産業保健。年を重ねれば老人保健や介護の仕組み。ふだん意識することはありませんが、どの年代にも、その年代を守る制度が並走しているのです。

ひとり親の支援も、この大きな地図の中にあります。だから、覚えておいてください。「何もない」ということは、まずありません。あるのに、知らないだけ。この本は、その地図の、ひとり親が通る道の部分を描くものです。

「役所に行くのは敷居が高い」と感じている人にこそ、知ってほしいのです。あなたの地域には、民生委員という人がいます。厚生労働大臣から委嘱された、地域の身近な相談相手です。手続きの意見書のような実務も担っていて、相談は無料で、秘密は守られます。どこに連絡すればいいか分からなければ、まずお住まいの役所に問い合わせてみてください。

窓口には、冷たい日と、あたたかい日がある

正直に書きます。窓口で、傷ついたこともあります。

夫の死亡届を、市役所に出しに行った日のことです。届を出すと、そのまま母子相談の窓口へ行くように案内されました。流れ作業のようでした。そして、そこで言われたのです。

「子どももいるんだから、あんたも早く働かないと」

夫の死を届け出た、その日にです。相談員の方は、私が死亡届を出したその足で案内されて来たとは、知らなかったのかもしれません。それでも、あの日の私には、こたえました。私はただ、話を聞いてほしかっただけでした。あの日のことは、20年経った今も覚えています。

あとから思えば、死亡届を出すと関連の窓口へ案内される、この「流れ作業」自体は、手続きが漏れないための仕組みでもあります。だから知っておいてください。その日が来たら、こういう流れになります。でも、全部をその日に決めなくていい。「今日は届けだけにします。改めて伺います」と言っていいのです。

でも、これも正直に書きます。何年か後、私に「学び直し」のきっかけをくれたのも、母子相談員さんでした。冷たい言葉を聞いたのも母子相談の窓口、扉を開けてくれたのも母子相談の窓口。同じ場所です。その相談員さんが学び続けている姿を見て、「私にもできるかもしれない」と思えたのです。資格を取り、仕事を変え、今日まで働いてこられた出発点になりました。

そのとき学んだことが、もう一つあります。制度の情報は、制度の近くにいる人ほど早く知っている。待っていても、情報の方からは来ません。だからこそ、自分から取りに行く価値があるのです。

同じ窓口が、冷たい言葉もくれたし、扉もくれました。だから私の結論はこうです。担当者によって、答えも温度も違う。一度冷たくされても、窓口そのものを諦めない。日を変え、人を変えて、もう一度聞いていい。あなたには、聞く権利があります。

記録しておけばよかった

20年前の私に一つだけ助言できるなら、これを言います。「聞いた日付と、担当者の名前と、言われたことを、メモしなさい」。

当時の私は、それをしませんでした。「言った・言わない」で困ったとき、手元に何もありませんでした。今はスマホがあります。窓口を出たその足で、日付・部署・名前・回答を三行メモするだけでいい。次に行くとき「◯月◯日に◯◯さんからこう伺ったのですが」と言えるだけで、話の通りがまるで違います。

この続きは本編で。次章から、いよいよ「お金」の話に入ります。


第1章 まず、すぐに──闘病中から、その直後まで

ここからは、具体的なお金と制度の話に入ります。

大切な人が重い病気になったとき、そして亡くなったとき、やらなければならない手続きは、驚くほどたくさんあります。悲しみの中で、事務は待ってくれません。だからこの章では、「すぐにやること」と「落ち着いてからでいいこと」を分けることから始めます。全部を一度にやろうとしないでください。倒れてしまいます。

私自身の経験から、「知らないと損をする」「知っていて救われた」ものを中心に書きます。

病気の夫を、私の扶養に入れた

夫が病気で働けなくなったとき、まず直面したのは、収入が絶えることでした。

当時、夫は国民健康保険に入っていました。私は、結婚前の勤め先の健康保険を、退職後も「任意継続」という形で続けていました。夫が働けなくなり、夫の側の収入も保険料の負担も重くのしかかってきたとき、私は役所に相談しました。

そこで確かめたのが、夫を、私の健康保険の扶養に入れられないかということでした。

妻の扶養に、夫を入れる。ふつうは逆かもしれません。でも、収入を失った夫なら、私の被扶養者の条件に当てはまるのではないか  そう見当をつけて、役所や、加入していた健康保険の窓口に確認しに行きました。結果、扶養に入れることができました。夫の分の保険料の負担がなくなり、闘病中の家計にとって、これは大きな支えでした。

手続きには、いくつかの書類や確認が必要だったと記憶しています。細かい段取りは、その時々で変わります。大事なのは、「こうできないだろうか」と思ったら、思い込みで諦めず、窓口で確かめてみることでした。「聞いたから、開けた道」だったのです。もし確認しなければ、私はそのまま、夫の国保の保険料を払い続けていたかもしれません。

(※健康保険の扶養に入れる条件や、任意継続の仕組みは、時代とともに変わっています。あなたの場合にどうかは、必ずその時点で、ご自身の加入している健康保険や役所の窓口で確認してください。大切なのは、「配偶者が働けなくなったら、扶養という選択肢があるかもしれない」と知っておくこと、そして一人で決めずに聞くことです。)

医療費が高額になったとき  高額療養費

入院や手術で、医療費は大きくなります。でも、日本には高額療養費制度があります。ひと月の医療費の自己負担が一定額を超えたら、超えた分が戻ってくる仕組みです。

私の頃は、はじめのうち、いったん窓口で自己負担分を全額払って、あとから申請して払い戻してもらう「償還払い」でした。まとまったお金を先に用意しなければならず、払い戻されるまで時間もかかって、それが本当に大変でした。

ところが途中から、窓口での支払いが、最初から限度額分だけで済むようになりました。負担が、はっきり軽くなったのを覚えています。今は、事前に「限度額適用認定証」を用意しておくか、あるいはマイナ保険証(健康保険証として登録したマイナンバーカード)を使えば、認定証がなくても、窓口での支払いが自動的に自己負担の上限額までになります。先に大金を立て替えなくてよくなったのです。これは、当時の私がいちばん知りたかった仕組みでした。入院や高額な治療が決まったら、まずこのことを、加入している健康保険や病院の窓口に確認してください。

そして、これは入院だけの話ではありません。外来(通院)でも、医療費は高額になります。特に、がんの治療などで、外来で高価な薬を使う場合、ひと月に何万円もかかることがあります。高額療養費は、外来の医療費にも使えます。「入院していないから関係ない」と思わず、通院でも負担が重いときは、必ず確認してください。

なお、退職などで加入する保険が変わるとき(たとえば、勤め先の健康保険をやめて、任意継続にするか、国民健康保険に入るか)、どちらの保険料が安くなるかは、窓口で試算してもらえます。金額が大きく違うこともあるので、切り替えの前に、両方を比べてもらうとよいです。

働けない間の生活を支える──傷病手当金

病気やけがで働けなくなったとき、会社勤めの人が入っている健康保険には、傷病手当金という給付があります。連続して休んだうえで、給料のおよそ三分の二が、最長一年六か月まで支給されるものです。

私も、この給付を受け取った経験があります。

ただし、ここは注意が必要です。私が受け取った当時と、今とでは、対象になる人の範囲が変わっています。今の制度では、国民健康保険には傷病手当金は原則ありませんし、任意継続の人も原則として対象外です。「昔できたことが、今はできない」「その逆もある」──制度は変わる。だからこそ、自分が今どの保険に入っていて、何が使えるのかは、その時点で確認する必要があります。この本が、個別の金額よりも「確かめ方」を大事にしているのは、そのためです。

(※任意継続には、もう一つ注意があります。保険料の支払いが期限に遅れると、その時点で資格を失ってしまうことがあります。せっかく続けていた保険を失わないよう、支払いの期日には気をつけてください。)

働き方によって、保障は違う  社会保険があるか、ないか

ここで、大切なことを一つ。

同じ「雇われて働く」でも、勤め先で社会保険(厚生年金・健康保険)に入れるかどうかは、勤め先の規模や業種などの条件によって決まります。だから、雇われて働いていても、社会保険がないことがあります。

社会保険がない働き方の場合、先ほどの傷病手当金のような「働けなくなったときの保障」も、受けられません。将来受け取る年金も、遺された家族への保障も、社会保険がある場合とは大きく変わってきます。

自分の働き方に、社会保険があるのか、ないのか。ないなら、何を自分で備えておくべきか。  これは、元気なうちにしか確認できません。いざ何かが起きてからでは、間に合わないのです。当たり前のようでいて、当時の私が、いちばん知っておきたかったことでした。

(※社会保険の適用の条件や、小さな事業所が任意で加入できる制度、今後の制度改正については、厚生労働省のページで確認できます。「個人事業主の皆さま 社会保険への任意加入を考えてみませんか」などの案内があります。制度は変わっていくので、最新は必ず公式で確かめてください。)

亡くなった直後に申請できるお金──埋葬料・葬祭費

大切な人が亡くなると、葬儀の費用がかかります。このとき、健康保険から埋葬料、国民健康保険なら葬祭費が支給されます。金額は保険や自治体によって違いますが、申請しなければ受け取れません。

これは、「知らないともらい損ねる」お金の代表です。葬儀で心も体も限界のときに、自分から申請しなければならない。酷なようですが、これが申請主義です。だから、この本にこうして書いておきます。亡くなったあと、埋葬料・葬祭費の申請を忘れないでください。

亡くなった人の預金と、通帳のこと

当事者だからこそ伝えたい、お金の管理の話をします。

亡くなった人の名義の預金や、保険証券、大切な書類は、相続の対象になります。通帳のお金は、その名義人のもの。名義人が亡くなれば、相続人のものになります。ですから、片づけや手続きの流れの中で、いつのまにか動いてしまうこともあります。だからこそ、早い段階で、どこの金融機関に、何があるかを、遺された側が自分で把握しておくこと。これは、私自身の反省を込めた助言です。

そして、これは元気なうちにこそ、やっておきたいことでもあります。銀行口座は、少ないほうが管理しやすく、安全です。振り込め詐欺や横領など、お金をめぐる問題が増えている今、使っていない口座、把握しきれない口座は、リスクになります。減らせる口座は減らして、すっきり、身軽にしておく。それは、自分の暮らしを守ることであり、いつか遺される家族の負担を減らすことでもあります。

「保険金が出て、楽になったでしょう」という誤解

最後に、この章でいちばん伝えたいことを書きます。

夫を亡くしたあと、こう思われることがありました。「ご主人の保険金が入って、これからは生活も楽でしょう」と。

でも、現実は違いました。

生命保険は、「入っていれば、残された家族にお金が入る」とは限らないのです。鍵を握るのは、保険の受取人が誰になっているかです。受取人の欄にあなたの名前が書かれていれば、その保険金はあなた固有の財産として受け取れます。けれど、受取人が別の人になっていれば、あなたには入りません。受取人が指定されていない場合などは、相続人が受け取ることになります。

(※私は、弁護士にこう説明を受けました。「受取人に名前が指定されている生命保険金は、その人固有の財産なので、相続放棄をしても受け取れる」と。ただし、契約の内容や状況によって扱いが変わることがあります。ご自身の場合にどうなるかは、必ず弁護士など専門家に確認してください。)

たとえば、夫が結婚前に、親の意向で加入した保険で、受取人が親のままだったら。そのお金は、残された妻子には届きません。契約の名義や受取人ひとつで、結果はまるで変わるのです。

だから、世間のイメージと現実の間には、大きな溝があります。「未亡人になれば保険金で楽になる」というのは、多くの場合、思い込みです。むしろ、保険がなかったり、受取人が別だったりして、経済的に追い込まれる家庭は少なくありません。早くに配偶者を亡くした家庭は、見えないところで損をしていることがある  これは、私が身をもって知ったことです。

だからこそ、お願いします。今、パートナーがいる方は、一度、保険の受取人を確認してください。元気なうちにしかできない確認です。そして、もし今あなたが遺された側なら、保険証券を探し、受取人が誰になっているかを確かめてください。それだけで、受け取れるはずのお金を取りこぼさずにすむかもしれません。


この本で、これから伝えていくこと(各章のご案内)

第1章は、ここまでです。ここから先は、本編で書いていく内容のご案内です。ひとつひとつのくわしい話は本編に譲り、ここでは「この本で何が分かるか」を一覧でお見せします。

第2章 落ち着いてから──お金と権利に向き合う

  • 相続放棄には「死亡を知った日から原則三か月」という期限があります。知らずに過ぎると、思わぬ借金を引き継ぐことも

  • 年金の「未納」と「免除」は、全く違います。払えないときは、放置せず、必ず免除の申請を

  • 遺族年金には、保険料の納付要件があります。亡くなる直前に未納があると、受け取れないことがあります(直近一年間に未納がないこと、などの条件)。亡くなってから慌てて納めても、間に合いません。ここでも「免除と未納の違い」が、大きな差になります

  • 事実婚でも、扶養され生計を同じくしていたことを証明できれば、遺族年金の対象になりうること

  • 病気やけがで一定の状態になったときの、障害年金・障害者手帳(見落とされやすい制度です)

  • 無料の弁護士相談の入り口は、たくさんあります。農協などの相談会、母子会、社会福祉協議会、役所の定例相談。収入が一定以下なら法テラス

  • ひとつ、大切な注意を。無料でも、民間の相談は保険や商品をすすめられることがあります。安心して相談するなら、行政や公的機関の窓口が安全です。餅は餅屋、困ったらまず公的な窓口で専門家に

第3章 子どもを育てながら、生きていく

  • 児童扶養手当、ひとり親家庭等医療費助成、就学援助  実際に申請した経験を交えて

  • 医療費助成の「十八歳の区切り」。子どもが十八歳になると、親の分の助成も終わります。ただし、市町村によっては寡婦への医療費補助があり、その先も助けになる場合があります。お住まいの自治体で確認を

  • 住まいの支援  公営住宅のひとり親世帯への優先入居など

  • 民間では、あしなが育英会。病気や災害などで親を亡くした子どもへの奨学金や、同じ境遇の子どもたちが集まる活動があり、私たち親子も支えられました

  • 同じ「ひとり親」でも、死別と離婚では事情が違うこと。死別の人が窓口で戸惑いやすいポイントを、当事者としてお伝えします

第4章 学び直して、仕事を変える

  • ひとり親が資格取得のために学ぶ間、生活費を支えてくれる高等職業訓練促進給付金

  • 民間の支援もあります。私は、国際ソロプチミストの「夢を生きる:女性のための教育・訓練賞」に支えられました。民間の支援は、知っている人のところにしか届きません

  • 修了後に来た、「その資格で働いていますか」という確認の電話  支援には、出口の確認まで含まれています

  • ひとりで抱えず、まず窓口で聞くこと。学び直しの日々の工夫も、本編で

第5章 お金の管理と、これから

  • 保険は、入りっぱなしにしない。生命保険が本当に必要なのは、小さな子どもがいる時期。私自身の自動車保険の失敗と、たどり着いた結論も

  • 通信費の見直し。そして「食料品は定価では買わない」と決めた、日々の基準

  • 税金のこと  離婚や死別で子どもを育てている人は、以前から寡婦控除を受けられました。2020年に「ひとり親控除」ができて、それまで対象外だった未婚のひとり親も、男性のひとり親も、対象になりました。申告しないと受けられません

  • 子どもの進学とお金  学費の支援には、JASSO・学校系と、自治体・ひとり親向けの、二つの入り口があります。さらに民間・企業の奨学金も。お知らせは学校に掲示されますが、先生が個別に声をかけてくれるとは限りません。掲示板は、自分で見に行く

  • 自分の健康管理も、立派な備えです。自治体の健診は、無料や少額のことも多いのです

『ことり手帖』全体の構成

  • はじめに なぜこの本を書くのか/制度の「大元」をたどるという考え方

  • 序章 窓口と、どう付き合うか(民生委員、記録すること、諦めないこと)

  • 第1章 まず、すぐに──闘病中から、その直後まで

  • 第2章 落ち着いてから──お金と権利に向き合う

  • 第3章 子どもを育てながら、生きていく

  • 第4章 学び直して、仕事を変える

  • 第5章 お金の管理と、これから

  • おわりに

  • 巻末 制度情報についての注意/問い合わせ先の見つけ方

この本を貫くのは、三つの考え方です。

一、制度は、自分から動かないと教えてもらえない。 二、人づて・SNSで知り、必ず公式で確かめる。 三、不安は判断を鈍らせる。何かする前に、まず聞く。

制度の名前も金額も、時代とともに変わります。だからこの本は、個別の制度の暗記ではなく、この三つの「変わらない考え方」と、「どこで・どう確かめるか」を、いちばん大切にしています。


おわりに

二十年前、夫を亡くした私は、何をどうしていいか分からず、立ちすくんでいました。

制度は、静かにそこにありました。けれど、誰も、私のところまで運んではきてくれませんでした。あとになって、「あれも使えた」「これも申請できた」と知るたびに、悔しい思いをしました。

だから、これだけは、声を大にして言いたいのです。

制度は、知っている人のところにしか、届きません。

役所が意地悪なのではありません。仕組みが、「自分から動いた人」に応えるようにできているのです。だから、動いてください。「私には無理かも」「うちは対象外だろう」と、自分で決めてしまう前に、一度だけでいい、窓口へ行って、聞いてみてください。あなたには、聞く権利があります。

そして、これはすぐには難しいことですが  いつか、何か一つでも、自分の収入につながるものを持てたら、それが大きな支えになります。今できなくても、いいのです。その日のために、学び直しやつながりを、少しずつ用意しておく。それだけで十分です。また専門的なことは、専門家に相談する。餅は餅屋です。ひとりで抱え込まないこと。

最後に、少し先の話を。制度はこの20年の間にも、良い方向へ何度も変わってきました。それは、前を歩いた誰かが声をあげてくれた結果でもあります。困りごとは、黙っていては行政に気づいてもらえません。いつかあなたに余力ができたら、母子会のような集まりを通じて、今度は声をあげる側にもなってみてください。

私は、たくさんの制度と、たくさんの人に助けられて、ここまで来ました。完璧な母ではありませんでした。間違えたことも、後悔していることも、たくさんあります。

それでも、子どもは育ちました。私も、なんとか生きてこられました。

今、同じ場所で立ちすくんでいる、あなたへ。

大丈夫。あなたが動けば、道は、少しずつ開けていきます。

必ず、光は見えてきます。


連載「ことり手帖」について

この本のもとになった、ひとり親の制度についての記事を、noteで連載しています(vol.1〜14)。個別の制度について、より詳しく書いていますので、あわせてお読みいただけたら嬉しいです。

https://note.com/bold_swift2032/m/mdcc471d61425)ひとり親が、制度を知らずに損をしないための実用ノート


いいなと思ったら応援しよう!

ことり日記 読んでいただき、ありがとうございます。 言葉を綴ることが、誰かの心に届く灯りになりますように。 いただいたサポートは、クリエイターとしての活動費につながります。