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元銀行員の性(さが)――数字を見るクセが抜けない僕の話




“銀行脳”は、なかなか抜けない

経営者になって十数年。
それでも、ふとした瞬間に出てくるのが「元銀行員の性(さが)」です。

もう銀行を辞めてずいぶん経つのに、染みついた“銀行脳”が抜けない。
経営者としての感覚と、銀行員としての習性。その両方が、自分の中でずっとせめぎ合っています。

もちろん、元銀行員としての経験は今の自分を支える大きな武器です。
でも、時にその「クセ」が、経営の柔軟さを邪魔してしまうこともある。
今日は、そんな“元銀行員の性”の話を少ししてみようと思います。


銀行員の性とは・・・

数字がないと落ち着かない

僕には、「数字がないと不安になる」クセがあります。

資金繰り表は今でも毎月、自分で作ります。
経理に任せるという選択肢もあるのに、どうしても自分の手で確認しないと気が済まない。

毎月の入金、支払、キャッシュ残高――。
数字を見ていないと、そわそわしてしまう。
正直、日々の売上よりも銀行残高の方が気になるタイプです。

経営者として良いのか悪いのかは別として、これはもう完全に「銀行員時代の習性」。
銀行では、“数字で語れないこと”は存在しない世界でした。
だから今も、数字を見て初めて安心する自分がいます。


融資の「見られ方」が気になる

僕は銀行時代、融資審査部にも在籍していました。
そこで叩き込まれたのが「審査の要諦は貸さないこと」という教えです。

つまり、“いかに貸すか”ではなく、“なぜ貸せないのか”を徹底的に突き詰める。
信用は「言葉」ではなく「数字」でしか証明できない。
それが銀行の論理です。

だから今でも、自社が融資を申し込む立場になると、つい考えてしまう。

「この資料、稟議でどう書かれるだろう?」
「審査部に突っ込まれそうな点はどこだろう?」

銀行サイドの思考が抜けないんです。
結果、審査担当が“稟議を書きやすい資料”を完璧に揃えてしまう。
自分でも「性(さが)だな」と笑ってしまう瞬間です。


正直すぎるのも、たぶん性

もう一つの“性”があります。
それは、「自社の弱みやリスクを隠さず、正直に話してしまうこと」。

銀行に嘘は通じない。
ごまかしても、数字やデータを見ればすぐに分かる。
だからこそ、僕はいつも正面からすべてを開示してしまう。

「ここが弱いです」「今期は厳しいです」――。
そう伝えた上で、「それでも返せる理由」を数字で示す。
これが、僕なりの“信頼関係の築き方”です。

ただ、これは万人におすすめできる方法ではありません。
正直すぎて不利になることもある。
でも、僕はそれでも、正面から銀行と向き合いたい。
それが“元銀行員のDNA”なんだと思います。


1円の重みを知っている

銀行時代は、何億円、何十億円という数字を毎日見ていました。
それでも、そこに“重さ”を感じたことはほとんどなかった。

でも、経営者になって気づいたんです。
自分の責任で支払う1円の重みは、何億よりも重たい。

ネットバンキングで振込ボタンを押すときの緊張感。
あの一瞬に、経営者としての責任が凝縮されている気がします。

昔は手形を切ることもありました。
今思えば、あれも「借金と支払いの中間」にある恐ろしい行為。
印鑑を押す手が震えた感覚は、今でも忘れません。

当事者になって初めて分かる。
あの“1円の重み”こそが、経営のリアルなんです。


重いっす

数字と心、その間で生きている

銀行員時代は、理屈とロジックの世界。
でも経営は、人と感情で動く世界です。

知識だけでは人は動かない。
気持ちだけでは数字は動かない。

だからこそ僕は、数字と心のバランスを大切にしています。
銀行員としての冷静な目と、経営者としての肌感覚。
その両方を持っていることが、今の自分の強みだと思う。


結び “元銀行員の性”と生きていく

元銀行員という肩書きは、僕にとって誇りであり、呪縛でもあります。
でも、この性(さが)があるからこそ、経営の厳しさにも正面から向き合えた。

数字に厳しく、人に優しく。
そんな経営者でありたいと思っています。

これからも“元銀行員の性”と、うまく付き合っていきます。


元銀行員による銀行調達を中心とした財務担当者のアウトソーシング事業株式会社Arriba 谷本さんのnoteで僕の記事を掲載していただいています。Arriba 谷本さんのnoteには多彩な銀行員や元銀行員の方々が書かれている、多様な視点の記事があり、僕も楽しく読ませていただいています。皆さんもぜひ記事をチェックしてみてください。



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