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ねこま先生の日本昔話研究            「スズメ孝行」編



こんばんは!🐯


日本の昔話を研究して
もうすぐ50年!



日本昔話研究家・ねこま先生です。




アナタは、日本昔話は好きかな?
同じ昔話だけど、地方によって、
お話が違うことがあるんだけど

そういう経験ってあるかな?



大好評をいただいたので、
今夜も、同じ昔話だけど、
地方によって異なる内容

ご紹介していこうと思います。



このシリーズは、
以下の本を、引用と参考にさせていただいております。
なお、古い本なので、現在では無い・変更された
地名もありますが、ご了承くださいね。










『日本昔話大成 第1巻 動物昔話 (1979)』

              関敬吾(著)






さて、今回選ぶ日本の昔話は、
タイトルにもありますが、



『スズメ孝行』




を取り上げたいと思いますが、
実はこれまでのように、
絵本や本を単体で探したのですが
ありませんでした。



過去2作品に比べると、
ご存知ないアナタもいるかと思いますので、
<定型(ていけい)>といいますか、
標準的に広められているお話をご紹介してから、
違う物を中心にお伝えしたいと思います。






(鹿児島県大島郡奄美大島)<定型>




―― むかしむかし、キツツキとスズメとは姉妹であった。
(※ 定型でよく見られるのは、キツツキか、ツバメです。)



ふたりとも、城下に奉公に行きました。
しばらく経って、主人がふたりに、


”かすり”の晴れ着を作ってやるから、
 その支度をしてきなさい。」



といって、をくれました。
ふたりは、喜んで糸をくくり、
一部を染めかけていた時です。



郷里より急ぎの使いがやって来ました。



「親が病気だから早く帰るように。」



そう、使いの者は姉妹に伝えて帰りました。
ふたりは、どうしようか?と相談しました。
キツツキは、こんなことをいいました。



キツツキ


「あたしイヤよ。
 せっかく、ここまで用意ができているのに、
 この「綛糸(かせいと)」を染め上げ、
 着物に仕立ててから帰るわ。


 ―― だって、都から郷里に帰るのに、
 晴れ着も着ずに帰ったら、
 友達に笑われるわ。
 私は、衣装に仕立ててから帰るからね。」




「綛糸(かせいと)」というのは、
紡がれたばかりの糸を、絡まないように束ねたものです。
これを丁寧に染め上げて、着物を仕立てていきます。





「綛糸(かせいと)」





一方、スズメは、といいますと、


スズメ

「着物どころじゃないわ。
 一刻も早く帰って、親の看病をしないと。」



そういうと、糸を首にかけて帰りました。
家に帰りますと、なんとか、
親の最期に間に合いました。



キツツキが、着物を仕立て上げ、
郷里に戻った頃には、
親は、とっくに死んだ後でした。



―― 後日、ふたりは、
神様に呼ばれました。




神様は、ふたりを並べて座らせると、
まずは、キツツキに次のようにいいました。



神様


「これ、キツツキよ。
 お前は、親よりも着物が大事だろうから、
 いつも、かすりの着物を身にまとっていなさい。

 
 ―― そして、枯れ木をつついて虫を探して食べなさい。




 そして、スズメよ。
 お前は、親を大切にして着物に執着しなかった。
 綛糸(かせいと)を首にかけて暮らしなさい。

 
 その代わり、米を食べてもよい―― 」

 




こう、神様から申し渡されて
今も、その通り暮らしを続けているそうです。







ここからは、派生ヴァージョンといいますか、
地方色豊かな『スズメ孝行』のバリエーションを、
一緒に見ていきましょう。



(鹿児島県大島郡喜界島)



―― スズメとカワセミは姉妹です。
親の死を伝える使いがやって来た時に、
ふたりは、糸を染めていました。



スズメは、白綛糸を首にかけたまま行きます。



カワセミはといいますと、
美しい着物に織り上げてから、
おめかしして行きます。



親は、それぞれの行いに応じた報いを、遺言に残しました。




スズメは、高倉に棲んで(すんで)、穀物を食べなさい。


カワセミには、川の端で、虫を食べなさい。




―― このように、遺言にはありました。



スズメは、首に白い節はあるが、
米を食べることができて、



一方、カワセミは、
美しいけれど、親不孝の罰で、
虫を食べることになりましたとさ。






(熊本県 八代郡 )#玉名郡でも類似の記述あり。



―― むかしむかし、天竺でお釈迦様の涅槃(ねはん)の時に、
鳥や獣たち、草や木たちも集まりました。



スズメは、泥の付いた着物のまま、
急いで駆け付けました。



ツバメは、「紅と鉄漿(べにとかね)」をつけて、
おしゃれして行ったので、死に目に間に合いませんでした。



お釈迦様は、遺言を残されました。



スズメは、稲の初穂を食べることを許され、



ツバメは、泥と虫を食べなさいとありましたとさ。






遺言パターンでありますが、


「紅と鉄漿(べにとかね)」



と聞き慣れない言葉がありましたね。


「紅(べに)」「鉄漿(かね)」なんですが、



「紅」は、口紅やほお紅のことです。
なんとなくわかったと思いますが。



「鉄漿(かね)」というのは、



『お歯黒』のことなんですね。
むかしの既婚女性が、歯を黒く塗ることなんですが。



試しに、< おはぐろ >ってひらがなで入力して、
変換を押すと、「鉄漿」が出て来ると思います。
もしくは、変換の候補に、『お歯黒』と並んでいると思います。



現代では考えられないかもしれないけれど、
当時はね、肌の白さと歯の黒さのコントラストが、
上品だとされていました。



お歯黒をすることで、顔の白さが際立ち、
上品な美しさを演出する役割がありました。



お歯黒は、鉄を溶かした液(鉄漿水)に
タンニンを含むものを混ぜて作るなど、
準備や手入れに手間と費用がかかりました。



そのため、これを怠らずに維持していることは、
「身なりに気を遣う、ゆとりのある女性」
あることの証明でもあったんだね。



ということは、このツバメさんは、
奥様だったということになりますね。
入念に紅をさしたり、お歯黒を塗っていたため、
お釈迦様の最期に間に合わなかったから、
泥や虫を食べることになってしまったんだね。




福岡県 豊前という所のお話では、
ツバメは、美しいけれど五穀を食べると死んでしまうとあります。



同じ所のもうひとつのお話では、
スズメは、鉄漿(かね)を半分だけ
つけてから出かけたので、
そのため、くちばしの半分が黒いそうです。



ツバメは、遅れた罰で、
五穀を荒らす虫を食べなければならなくなったそうです。




五穀は、アナタわかるかな?



五穀とは、一般的には



「米・麦・粟(あわ)・豆・黍(きび)または稗(ひえ)」を指します。





(岡山県 笠岡市 )



―― お釈迦様の臨終の時のことでございます。
天から「不死の薬」が投げられましたが、
木にひっかかって、取ることができないので死が迫ります。



そのことで、多くの鳥類が集まりましたが、
キツツキだけは、衣装を変えて鉄漿(かね)を
つけて来たので、遅れてしまい、
末席で赤い顔をしていました。



他の鳥は、五穀を食べることを許されましたが、
キツツキだけは許されることはなく、
木の穴の虫を食べることになったそうです。




キツツキだけという、
珍しいヴァージョンでした。






お釈迦様のヴァージョンは、
たくさんの地方でありました。
内容に違いはありますが、
お釈迦様の涅槃、臨終の時が舞台でした。



山梨県、福井県、石川県、新潟県、茨城県、福島県、岩手県など、
多くの地方で、同じような展開のお話がありました。



お待たせしました、わが群馬県のアナタ。
群馬県・前橋市でも、お釈迦様でした。
ツバメが、秋は南へ、春は北へ転々とし、
五穀を食べることしかできなくなった。

という締めくくりでした。



千葉県安房郡では、仁王様が出てきます。
親の死に目にあったスズメには、五穀を食べることを許し、
化粧をして遅れたツバメには、罰として、
収穫の季節には遠くの国に追いやられます。



お次は、スズメが出てこない上に、
珍しいヴァージョン
を一緒に見ていきましょう。






(山形県 新庄市 )



―― ツバメとクジャクは、かなりのおしゃれさんでした。


お釈迦様の臨終に、すべての鳥が集まりましたが、
ツバメとクジャクだけは、来ませんでした。



葬式をするので呼びに行きますと、
なんと、ふたりともお化粧の真っ最中でした。



ふたりが、化粧をすませてから行くと、
当たり前ですが、葬式は終わっていました。



それ以来、ツバメとクジャクは、
葬式のたびに、棺の四隅について
いなければならなくなりました。



おしゃればかりしてる人を、
ツバメ、クジャクと呼ぶようになったのは、
このお話からだそうですよ。







さて、ここまでスズメが孝行者だというお話を中心に、
いくつかお読みいただいたのですが、
最後に、これとは別パターンで、
スズメも罰せられるパターンがあります。



本の中では、『スズメの粗忽(そこつ)』と題されまして、
1ページくらいなのですが、先までとは違う展開があります。
「粗忽」とは、うっかりして、そそっかしいことです。




こちらも、定型をお読みいただいて、
その後、いろいろなヴァージョンをお読みいただきたいと思います。






(静岡県 浜松市 ) <定型>

 

―― むかし、スズメとツバメは兄弟でした。
ある日、兄弟の親が、重い病気にかかりました。
スズメは親が病気だと聞いて急いで帰りました。



―― しかし、あまりにも急ぎ過ぎて
うっかり、親の頭を蹴(け)ってしまいました。



一方、ツバメは、大変キレイ好きでしたので、
美しくお化粧して行ったら、
到着した時には、もう親は死んでいました。



そうして親は、それぞれへの罰を、遺言として与えました。



スズメには、親の頭を蹴った罪で、
地面を歩くことはできず、
2本の足をそろえて、ぴょんぴょんと跳ぶことしか
許されませんでした。



一方で、食べ物に関しては、
穀物を食べることを許されています。



ツバメには、親の死に目に間に合わなかった罪で、
穀物ではなく、土を与えるとありました。



それで今でも、ツバメは巣を作るのに土で作り、
食べ物は、虫を食べるようになりました。



スズメは、わらで巣を作り、
食べ物は米を食べるのだということです。






( 静岡県 焼津市 )



―― そのむかし、スズメニワトリ
同じ歩き方をしていました。



スズメは、親が死んだ時に、
脚で蹴ったので、交互に歩けなくなり、
一足飛びに移動するようになりました。



ニワトリに関しては記述がないそうで、
関敬吾先生は、穀物を食べる理由があって、
今みたいな歩き方をしてるのかも?
と記述しておられました。



また、同じ焼津市の別の話では、
カラスは、ニワトリのように
昔は歩いていたそうです。



親が病気で寝ている時に、
その枕を蹴ったので、
両脚を縛られました。



それで、今のように、
両脚をそろえて
跳ぶように
なったそうです。



新潟県・南魚沼郡では、
お釈迦様が危篤だというので、
スズメがあまりにも急いで行ったため、
お釈迦様の頭を蹴ってしまった。

というのも、ありました。






もう~、スズメさんったら、
粗忽(そこつ)なんだからぁ~~~!





粗忽じゃん!🤣🤣🤣






・・・ということで、
スズメさんのちょっとお茶目な点
お読みいただいたところで、
今回は、終わりにしたいと思います。




前回の『カチカチ山』がハードだったので、
しっとりと、スズメさんのお話にしてみました。




アナタのお住まいの地方でしかない、
地方色豊かな昔話がありましたら、
ぜひ、記事にして教えてくださいね。




同じ昔話でも、地方が異なると、
その背後にある、地域の特色や文化、風習など、
そういったものの影響を受けて、
お話が変化していくのは、面白い現象ですね。



また機会がありましたら、
違う日本の昔話で
やってみたいなと思います。




それでは、最後までお読みいただき
ありがとうございました。




―― さようなら!🐯







お し ま い









※ この話は、『日本昔話大成 第1巻 動物昔話(1979)』 
  角川書店  関 敬吾(著)  

  288ページから301ページ 「雀孝行」「雀粗忽」より、
  引用&参考にさせていただきました。感謝します。












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