坂本猫馬生誕五十周年記念作品① 「K先生とカラーバット」
―― 現在と違い、生徒がスマホで気軽に撮影できる時代でない。
昭和の教室では、校長や教頭が、見回りなどで来なければ、
そこは、教師と生徒だけの時間である。
特に小学校だと、教える子どもも小さいので、
教師の人間性に頼る部分は大きいと言っても
間違いではないと思う。
いい教師ばかりだといいのだが、
世の中が善人ばかりでないように、
教師もまた、善人の集合体でない。
これはまあ、現代も同じだが・・・
教室で行われたことは、
教師と生徒だけの秘密である。
何年先も・・・何十年先も・・・
夢と狂気の昭和。
もちろん、教師も破天荒揃い。
現在・過去・未来
ほとんどの教師は誠実なのは間違いない。
子どもたちのために、多くの時間を労している。
特に現在の教師においては、
昔よりも大変なことが多いので敬服に値する。
この作品は、五十歳を迎えた男の思い出であり、
教師批判、教育批判などと小難しいことは書いてないので、
「教師」をされている・されていた方には、
一部ご不快に感じる箇所もあるかと思うが、
実話なのでご容赦願いたい。
―― さて!小難しいお話はここまで、
早速!本編に参ります。😂
こんにちは!
ねこま先生こと、坂本猫馬です。
今日は、坂本猫馬生誕五十周年記念作品①と
題しまして、②があるのかは不明ですが・・・😅
私の小学生時代の思い出のひとつを、
昭和の頃ですが、作品にしました。
よろしければ、最後までお付き合いください。

昭和59年(1984年)
3月11日に、映画『風の谷のナウシカ』が公開されました。
そのナウシカ公開から、だいたい 1か月後の4月。
ボクは小学校3年生になりました。
―― その頃のお話です。
校庭には満開の桜。
今日から、ボクも3年生です!
始業式が始まるので、
みんな、体育館に集まっています。
このあとは入学式です。
普段はないイスと、緑のビニールシートが敷いてあります。
新しく先生になった先生、
よその学校から来た先生が、
ボクたちに挨拶してくれます。
一番最後に、よその学校から来た
細身の男の先生が挨拶しました。
挨拶は、声が大きくて元気がいい感じの、
普通の挨拶だったのですが・・・
今も覚えてるほど、印象が強かったのは、
普通のメガネなんですが、
フレームからレンズまでブラウンなので、
サングラス😎に見えました。
しかも、スーツでしたので・・・
―― チンピラだ!
ボクの心の声は、彼を見てこう叫んだのでした。
ちなみに、この先生のスーツ姿は、
この日と、授業参観日以外は見たことがありません。
いつも、ブラウンのサングラスっぽいメガネと、
そして、ジャージ姿がこの先生のスタイルです。
―― K先生。
このK先生こそが、新3年生となったボクの担任。
そして、このお話の主人公のふたりのうちのひとり。
―― え?
もうひとりは誰ですって?
もちろん、このボク。
新小学3年生のねこま先生です。🤣
”バン!バン!バン!”
K先生
「いいか!わかったか!」
今日も授業中、黒板をバンバン!っと叩き、
大きな声を出す、ジャージ姿のK先生。
もちろん、あのサングラスにしか見えないメガネで、
ボクたちを見回しています。
この時代、映画やTVの中はもちろん、
ボクの住んでる所には、その筋の親分のお屋敷なども
あるせいなのか、”チンピラ”と”不良学生”は、
よく目にすることがありました。
ちょうど校内暴力が問題になり、
ツッパリなんて言葉もありました。
ゲームセンターに行きますと、
今と違って不良のみなさんの社交の場になっております。😅
小学生のボクらも、ゲームセンターで遊びたい。
たまに行きますと、不良のみなさんがおられます。
ちょっと美人のロングすぎるスカートを履いたお姉さんが、
「ねえ?アタシ困ってるんだ~。
ボクたち、ちょっとお金貸してよ~♡」
貸してよと言われて、こういう方々は返しません。😅
お金持ってません!というと、ジャンプしてみろと言われます。
半ズボンのボクらは、ポケットに入れたお金を没収されます・・・
ああいう悪いお姉さんに限って、美人なので困ってしまいます。( *´艸`)
この頃からもう、女の人で悩む男だったのであります。😂
―― 話がそれましたが、よく見かける”チンピラ”とだぶり、
ボクの目には、チンピラ先生が授業をしてる風にしか見えなかったです。
とにかく力が有り余ってるのか、
黒板や教卓、生徒の机までバンバン叩く。
しかも大声・・・。
あとは、なにかイライラしてるのか、
すぐ怒る先生でして・・・
机を叩くだけじゃなくて、
たまにね、男子には手も飛びました。
悪いことしたり、そういうのでボクらの方にも
落ち度はあるんですけどね、ボクもやられました。😅
でもね、K先生は、体育系の教師らしく、
機嫌がいい時などは、子どもと一緒に遊んでくれます。
5月くらいだったと思います。
少しお互いに慣れて・・・野球かな?
校庭で男子たちと遊んでいたのですが、
遊び終わって、道具を一緒に片付けてる時です・・・
K先生
「ねこま!お前、”カラーバット”家にあるだろ?
明日持ってこい! 持ってくるんだぞ。いいな。」
運動オンチだし、野球もあまり好きではないのと、
なにより、野球よりプロレスが好きだと、前にK先生に言ったのに、
なんでボクなのか、40年以上経った今でも謎ですが・・・
そう言われたので、カラーバットなんてあったかなと思ったら、
たぶんアニキが前に遊んで使わなくなっていたのが、
しまってありましたので、それを持って行きました。
今から考えますと、「家にありませんでした。」と答えれば
よかったのかなと思います・・・・
なぜなら、このカラーバットを教室に持って行ったせいで、
”あんなこと”になるなんて、思ってもみませんでしたから・・・
―― 次の日、
「朝の会」が始まる前に、
K先生にカラーバットを渡しました。
K先生
「おおっ!ねこま、ありがとう!
ちょっと借りるぞ。ムフフ。」
K先生に喜んでもらえたので
こっちもうれしかったのですが、
K先生の中の、”ちょっと”と、
ボクが思ってる”ちょっと”が違うとは、
この時は、思いもしなかったです・・・
「朝の会」が始まりました。
出欠を取り、連絡事項を伝えたあと、
K先生が、大きな声でこんなことを言いました。
―― 手には、ボクのカラーバットを持っています。
K先生
「お前たちは、最近だな、
宿題を忘れたり、
忘れ物をしたりする者が多いぞ!
―― そこでだ!
名簿を作ったから、
今日から、宿題を忘れたり、
忘れ物をしたり、遅刻もだぞ!
そういうのがあった場合には、
自分の名前の横に、回数書く所があるから、
何回あったか、回数書いとけよ!」
一番前に座っていた女子が聞きます。
女子
「先生!書いてどうするんですか?」
K先生がニヤっとしました。
K先生
「次の日の朝礼で、
この教卓(一番前の先生専用の机)の
横に手をついてだな・・・」
”シュッ!”(K先生が、得意げにカラーバットで素振りをする。)
K先生
「その回数だけ、先生がな、
このカラーバットで!
お前らのケツを叩くからな!」
”ええええええ~~~~!!”
一斉に子どもたちが悲鳴を上げます。
もちろんボクもです!
―― だって野球をすると思って貸したら、
そんな罰ゲームに使われるなんて。
”先生!女子もですか!”
メガネをかけた優等生のある女子が聞きました。
K先生は、その女子に向かってうなずきます・・・
”ええええええ~~~~!!”
女子たちが一斉に悲鳴を上げました。
ちょうどこの頃、国では「男女平等」が本格議論され、
4月には、労働省が「男女の機会均等」法案の準備を開始しました。
このあと、男女平等が法的にも大きく進む年です。
見方によっては、K先生は男女平等を先んじて実践してたのかなあ・・・
―― なんて思うのは無理がありますな。😂
K先生が職員室に戻ってる間のボクらのクラスは、
それはもう、すごい騒ぎになっておりまして、
当然のことながら・・・
「あのカラーバットを持ってきたのは誰だ!?」
ということで、ボクに怒りの矛先が向いて来て、
「お前が持ってくるからだ!」と、男女問わず、
クラスのみんなに怒られました。😅
―― ボクは、被害者なんだけどなあ。
騙されたのに、みんなに怒られて、
この頃から、「ねこまはつらいよ!」でした。🤣
早速、初日から宿題忘れや、忘れ物をする子がいて、
自分の名前の横に、数字を書いている子もいました。
”バスッ!バスッ!”
「いってえええ~~~!!」
「いったぁ~~~い!」
今朝も、ボクのカラーバットを持ったK先生が、
男子や女子のお尻をバットで叩く音がして、
子どもたちの痛がる声が教室に響き渡ります。
見ている方も地獄です。
まるで、自分のお尻がぶたれてるように感じて、
誰かのお尻がぶたれるたびに、目をギュッと閉じます。
あの日以来、ボクたちのクラスでは、
この光景が当たり前になりました。
今朝も、昨日、宿題を忘れた子、
忘れ物をした子、そして遅刻をした子。
あと、なにか悪いことをした子まで
いつの間にか加わってしまって、
毎朝、数人が前に並びます。
K先生
「バカッ!よけるな!
よけるから、変な所に当たって痛いんだぞ!😡」
―― そうなんです。
ケツバットというのは、よけると太ももとか、
変な所に当たってしまって痛いんです。😂
ボクも何度も、自分のカラーバットで
お尻を叩かれたので、これは学びました。🤔
ただ、1回で終わらない子もいます。
何度もになると、自然に”よけたい!”という
気持ちが強くなるのか、変な所に当たって
ひどい時は、アザになってしまいます。😱
男子はこの頃、夏でも冬でも、ほとんどが半ズボン。
長いズボンは、たまに冬に履くくらい。
1学期なので、当然半ズボンの子が多く、
K先生も、お尻を狙いやすかったと思います。
ただ、女子となると話は別。
スカートの子が多かったので、
かわいいお尻を正確に狙って打てたのかどうか。🤔
K先生も男女平等といえど、大人の男性です。
女子には、明らかに手加減をしていました。
軽く当てたり、数を減らしたりなど、
特にお気に入りの子には、手加減していました。🙈
―― なかには、泣いてしまう女の子もいました。
そういう子は、仕方ないので席に戻します。
男子は泣けません!
みんなの前で泣くと笑われます。
ただ、宿題・忘れ物・遅刻のトリプルクラウンの
常習者の子は、回数が多いのを毎日ですから、
痛くて痛くて、泣いてしまう男子も確かにいました。😅
男子・女子で、毎日、ケツバットをいただいてる
そういう子もいたので、恐らくアザになってたと思います。
痛さが身に染みたのか、忘れる回数が、数日に1回になりました。
人間というのは、おかしな生き物ですね。
こんなにひどいことをされているのに、
それが当たり前になってしまうんですから・・・
日常に溶け込んでしまえば、
非日常も日常になってしまうんですねえ。🤔
みんなのお尻をバンバン叩くものですから、
人間ばかりじゃありません。
ボクのカラーバットも悲鳴を上げました・・・
だんだん割れて来てしまって、
変形して行きます。
あれは、6月の終わりか、7月の始めくらいだったでしょうか。
毎朝のケツバットで、最後の子を叩いた時・・・
K先生
「ん~。バットがもうダメだな。
こんなになったんじゃ、もう使えないな~。
とりあえず、新しいのを買うかどうか考えるけど、
記録はいつも通り、その日ごとにつけてくれ。
あとで買ったらやるからな!
・・・それにしてもよく使ったな~。」
”ポイッ!”
教室のゴミ箱は大きかったものですから、
ボクのバットをなんのためらいもなく、
ゴミ箱へと放り込んで、職員室に行きました。
K先生の頭の中では、このバットが誰の物で、
どうやって教室に来たのかも忘れてるんでしょう。
ボクは悲しい気持ちで、変わり果てた
ボクのカラーバットを、ゴミ箱から救い出すと、
教室の後ろに棚があって、自分の荷物を入れられるのですが、
そこにカラーバットを帰るまで置いて、持って帰りました。
帰り道にカラーバットを見ると、
よくこんなになるまで
みんなのお尻を叩いたものだなと、
眺めながら帰りました。
家族に見せたら、とても驚いていました。😂
結局、K先生は新しいカラーバットを買うこともなく、
こうして、ケツバットの刑は幕を閉じたのでありました。😎
K先生
「バカヤロー!😎
オマエ!なに聞いてんだ!😡😡😡」
6月の後半くらいでしょうか?梅雨の時期。
ジメジメとして、外は雨が降っていました。
給食を食べ終わっていたので、5時限目か6時限目。
午後の教室に、K先生の怒号が響き渡ります。
教室の前、教卓の左隣の窓際には、
先生用の机があります。
なにかのテストをしていました。
ボクが、解答用紙を持って行くと、
K先生は、ブラウンのサングラス越しに、
”ギロッ!”とした目でボクをにらみます。
書きながら思い出しましたが、
K先生は、日焼けサロンにでも行っているのか。
顔から体まで、真っ黒に日焼けしていました。
その日焼けした黒い顔で、
ものスゴイ大きな声を出してボクを怒鳴っています。
”クシャクシャクシャ”
ボクが提出した解答用紙を、
K先生はクシャクシャに丸めると・・・
”ポイッ!”
―― それをボクの顔に投げつけました。
K先生
「周りのヤツに、なんで怒られたか教えてもらえ!
やり直して持って来い!😡」
―― 父親がよく母親に暴力や罵声を浴びせていたので、
また、ボク自身もケンカを止めたり、怒られたりで、
よく殴られていたり、大声で怒鳴られたりしていました。
そして、前に書いたこともありますが、
母親と祖母が仲が悪く、ケンカも日常的にしていて、
そういうこともあってか、大人の暴力や怒鳴り声、
それ自体は慣れていたので、K先生がしたこと自体に、
そんなにショックはなかったのですが・・・
ただ、なんのテストかよく思い出せないけど、
とってもよく出来たと思って提出したので、
それをクシャクシャにされて、顔にぶつけられたのは、
ちょっとショックだったね。😅
ボクは今もそうですが、
どんなに悲しくても、他人がいると泣けません。
なにもいわずに、クシャクシャにされた答案用紙を拾い、
黙って席に戻ると、しわのたくさんついた答案用紙を、
黙々としわを伸ばしながら、広げていました。
別に恨みに思ってたりはしてないけど、
不思議と今でも、この時のことは思い出せます。
40年以上経ってるのに、こんなこと覚えてるんですね。
―― 午後の教室は凍り付いていました。
みんなシーンとなって、テストを続けていて
見ちゃいけないものを見たと思って、
顔を上げずに、テストの答案用紙とにらめっ子をしています。
隣の席に座っていたのが、優しい女の子で、
ダメな男子が可哀想に思ったのか、
ボクが先生に怒られた理由などを説明してくれて、
書き直すのを手伝ってくれました。
この頃から、女の人に助けてもらうダメ男でした。😂
問題に間違いかなにかがあったのか、
もう覚えてないのでわかりませんが、
そういう類の話で、ボクが聞いてなかったみたいです。
そんなに怒鳴るほどのことではないと思うのですが、
小学3年生相手に、なんともねえ・・・
対等に扱ってると思えば、そうだと思うんですが、
K先生の気持ちは、ボクにはわかりません。😞
―― 1学期が終わり、楽しい夏休みに入りました。
遠い昔の記憶なので正確ではないですが、
確か、夏休みに学校のプールに行ったり、
登校日には、K先生がいたような気します。
2学期になって、最初の日です。
K先生は、いませんでした。
理由はわかりません。
説明もありませんでした。
A先生というベテランの女性の先生が、
今日から担任になるということだけでした。
このA先生とは、ボクが中学に入った頃に、
一緒に中学の先生に異動して来ました。
小学校3年生の時の担任ですから、
”お母さん”みたいな感じです。
なにもかも知ってるので、生意気盛りでしたが、
A先生の前では、封印せざるをえませんでした。😂
K先生お元気でしょうか?
いろいろありましたが、
先生はもう覚えてないと思います。
でも、ボクにとっては、
40年経っても忘れない、
思い出の先生です。😎
もう退職されてると思いますが、
どうか、お元気でお過ごしください。
短い期間でしたが、ありがとうございました。🐯
―― カラーバットと、クシャクシャにされた答案用紙
これが、40年以上前に教えてもらった、K先生の思い出です。



いいなと思ったら応援しよう!
懐かしいやら、マニアックな内容やらですが、
もし、よろしければですが、サポートして頂けたら
大変、嬉しく感激です!
頂いたサポートは、あなた様にまた、楽しんで頂ける
記事を書くことで、お礼をしたいと思います。
よろしくお願いします。