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ねこま先生の日本昔話研究            「猿蟹合戦」編





こんばんは!🐯



日本昔話研究家・ねこま先生です。



アナタは、日本昔話は好きかな?
同じ昔話だけど、地方によって、
お話が違うことがあるんだけど

そういう経験ってあるかな?



今夜は、同じ昔話だけど、
地方によって異なる内容

ご紹介していこうと思います。



少し古い本なんだけどね、
こちらの本から、引用と参考にさせていただきまして、
書いていこうかなって、思っています。








『日本昔話大成 第1巻 動物昔話 (1979)』

              関敬吾(著)





この本を書かれています、


関敬吾 先生



知ってるかな?
ご存知ないアナタのために、
簡単に紹介したいなと思います。






関敬吾(せき けいご)先生(1899年〜1990年)は、
日本を代表する民俗学者・昔話研究の第一人者です。



柳田國男(やなぎた くにお)に師事し、
日本全国の昔話や伝説を収集・分類しました。



その最大の功績は、日本各地に伝わる昔話約1,500話を網羅的に集め、
学術的に分類・集成した『日本昔話集大成』を完成させたことです。
この中に、今回引用・参考にさせていただいた、
『日本昔話大成』(全12巻)が、含まれています。



先生の研究により、地域ごとに昔話の細部が異なることが解明されました。



関敬吾先生が、他の民俗学者(例えば柳田國男や折口信夫)と比べて
特に異なっていた点、彼ならではの最大の功績と特徴は、
その徹底した「比較・分類」の手法にあります。



詳しくは触れませんが、その功績は、
大まかに3つにまとめられます。




①: 昔話の型(タイプ)の確立



②: 『日本昔話集大成』というデータベースの構築



③: 地域差の研究


   
   昔話が、単一の物語として存在するのではなく、
   地域社会の文化や価値観に応じて変容していく動態を重視しました。

  


※ 関敬吾先生は、日本の昔話を「文学」として扱うだけでなく、
  「科学的・網羅的なデータ」として扱った、第一人者だった
と言えます。








では、記念すべき第1回に選んだ日本昔話は、
どれかといいますと、アナタもご存知ですよ!








『猿蟹合戦(さるかにがっせん)』





これをやってみようと思います。
って、タイトルでバレてたか。😂



たくさんあるので、本に書いてある全部を
書かないですが、なるべく紹介したいなと思います。
本そのものは、少し難しかったり、古い言い方もあるので、
多少、ねこま先生語り風にアレンジしております。ご容赦くださいませ。





―― さあ、早速いってみましょう!






<鹿児島県 大島郡沖永良部島>


※人間の姉妹と猿という珍しいヴァージョンです。
 さらに珍しいのは、柿ではなくて、「桃」だという点にご注目ください。





―― ある日、姉(人間)が川で洗濯して桃の種を拾います。



「今日 植えれば、明日は芽が出て、  
 明後日には大きくなって、3日目には花が咲き、  
 5日目には実がなり、6日目にはたわわに熟(う)れて
 7日目には、さあ取りに行こうぞ!



こんな唄のような、リズムに乗った優しい
言葉と愛情をたっぷり注ぎながら育てました。



やがて、不思議なことに、
7日目には、立派な桃の木になって
見事な桃の実が、たくさんなっていました。



ところが、姉は桃の木に登れないので、
「桃の実が取れない。わーん。」と泣いていますと、
どこからともなく、一匹の猿がやって来ます。




猿は、木に素早く登りますと、
どんどん上の方に登り、
太陽の光をよく浴びた
熟れた美味しい桃を次から次へと食べ始めます。




「ねえ?猿さん。
 私にも、よく熟れた桃を取ってくださいな。」



猿は、姉の願いを聞き入れたのかと思いきや、
下の方にある、まだ熟れてない青い桃を、
次から次へと取ると、姉に投げつけたのでした。



青い桃を投げつけられた姉は、
泣きながら、家に帰りました。



悔しくて、悔しくてたまらない姉は、
急いで握り飯を作ると、
いざ、猿退治へと向かうのでした。



途中で、牡牛・鳩・ハチ・臼(うす)
仲間にして、連れて行きます。



猿の家で、姉たちが待ち伏せます ――



猿が家に帰って、囲炉裏に火をつけようとすると、
灰の中から、鳩が飛び出してきます。
水瓶(みずがめ)の中からは、ハチが出て来て襲い、
天井からは、臼が落ちて来ます。



”ドン!”




「これは、たまらん!」と、
猿が家の外に飛び出して逃げたところを、
門で牛の角に突き刺されて、猿は死んでしまいました。



姉は、持ってきた握り飯を、
協力してくれた仲間たちに配って、
お礼をいうと、うれしそうに家に帰りましたとさ。



「何も、桃の実ごときで殺さなくてもいいじゃない」と、
ねこま先生が戸惑っているうちに ―― 
めでたしめでたしといったところで、このお話は終わります。






<高知県 幡多郡 >




―― 田んぼを耕して柿の種を拾います。
握り飯との交換は、ありません。
蟹は、猿に甲羅を叩かれて割れます。

この時、蟹の甲羅が割れて、今も痕(あと)があるそうです。



子蟹に看病された(親)蟹は、
その後、子蟹とともに猿の成敗へと向かいます。



きび団子を作って、(桃太郎か!)
臼(うす)・紡錘(つむ)・ハチ・栗

ところに行って、きび団子を渡し、
猿成敗の助力を願います。



紡錘(つむ)は、現代では馴染みがないと思います。
「こま」のような形した、糸を紡ぐ道具です。



留守中の猿の家に行くと、
臼は軒の上、ハチは火吹き竹の中、
栗は炉の中、紡錘は畳。
それぞれの場所で隠れて待ち構えます。



やがて、猿が帰って来ると、
それぞれが、襲い掛かり、
見事、猿は成敗されたのでした。
めでたし、めでたし。







< 福井県 遠敷郡 >


こちらは、出たしだけ変わっています。
出だしのみ、書きます。



蟹が寺に徳米を持って行ったところ、
寺の和尚がお礼にと、柿の種をくれます。
やがて柿の木は大きくなりますが、
蟹は木に登れません。



困った蟹は、和尚に相談します。
和尚は「猿に頼め」といいます。
蟹は猿に頼みますが・・・



猿が自分だけ食べて、
蟹に硬い柿をぶつけると、
死んでしまいます。
あとは、蟹の子どもが仇討ちをする
お馴染みのパターンです。



※ 「徳米(とくまい)」= お布施や供物としての米。




<埼玉県 桶川市 > <埼玉県 入間郡 >



こちらも変わっていて、
蟹と猿が、お伊勢参りに行きます。
途中で、猿は柿の種、
蟹は団子のかけら(桶川市・握り飯)を拾って交換
します。



あとはお馴染みの、蟹が種を植えて育てて、
柿の実が取れないので、猿に頼んで取ってもらうも、
青い柿をぶつけられてしまいます。



それどころか、「今夜、強盗にはいるぞ!」と、
猿は脅して去って行きました。



蟹は蔵の中で、怖くて泣いていますと、
臼が仲間を連れて助太刀に来てくれます。



あとは、お馴染みの展開となりますが、
最後だけが少し違います。



猿はやられて逃げるところを
臼に押さえられます。
そこへ、蟹が来ると何と!




―― 首をチョッキン!



と、自慢のハサミで猿の首を切って
めでたし、めでたしとなります。(エグイよ!)



※ 埼玉は、首をチョッキンする
  エンディングが、多くみられました。
 地域の特色なのでしょうか?





福島県の南郷というところでは、
が仲間になるという、珍しいパターンがありました。




いかがでしたでしょうか?
アナタの知っていた『猿蟹合戦』でしたが、
地方によって、いろいろなヴァージョンがあって、
珍しく感じられたのでは、ないかと思います。




アナタのお住まいの地方の『猿蟹合戦』は、
どんなお話でしょうか?
ぜひ、お聞かせくださいね。




同じ昔話でも、地方が異なると、
その背後にある、地域の特色や文化、風習など、
そういったものの影響を受けて、
お話が変化していくのは、面白い現象ですね。



好評でしたら、また、違う日本の昔話で
やってみたいなと思います。




それでは、最後までお読みいただき
ありがとうございました。




―― さようなら!🐯








お し ま い








※ この話は、『日本昔話大成 第1巻 動物昔話(1979)』 
  角川書店  関 敬吾(著)  

  152ページから164ページ 「蟹の仇討ち」より、
  引用&参考にさせていただきました。感謝します。












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