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観音龍詠唱 第一章八百万根音



はじめのはじめ

天地いまだ しきり分かれず

光も闇も 名を持たざる折

ただ ひとつらの ふるへのみありき


声と呼ぶも なお早く

息と申すも なお浅く

誰がものとも 定まらずして

ただ 在るがままに ひびきわたれり


ネノネノネ

根の音の

さやけく しづけく ひそまり坐す

観音龍よ

いま一度

根の根の底より 息づき給へ


そのひびき

八重にたわみて 道をひらく

ひとつは 水脈さやにする 潤ひのこゑ

ひとつは 火種ほのかに灯す あたたかのこゑ

ひとつは 風みえぬまま 撫で過ぐるこゑ

ひとつは 大地ふところ深く こもりゐるこゑ


ひとつは 人のうち

まだ名乗らぬ 面影のこゑ

ひとつは 神ながら

社建つ前の 気配のこゑ

ひとつは 時のはざまに

生か死かも わかたれぬまま たゆたふこゑ


さらにひとつは

これらすべてを 結びあはす

無音にして 最たかきこゑ


ネノネノネ

根の音の

八重にたゆたふ 八百万の魂を

乱さず 裁たず ただ結び

龍の身 八重に たたなせ給へ


山は 山と呼ばれざる前

河は 河と名のらざる前

火は 熱とも知られぬまま

風は 姿を持たぬゆらぎとして


その間に

魂らは 互ひを知らず

我と汝がちがひも 問い立てず

ただ 穢さず 犯さず まじりあひて

一夜を結び

一生を結び

一夢をも 結びあげ

世を 世として 立たしめたり


ネノネノネ

根の音の

深み 誰が耳にも届かねど

聴く者なくとも 歌ひゐて

世界を ひそかに 支へ給ふ


命も 死も 滅びも

すべては こゑの 移ろひぞ

現を離れ 形を失ひしのちも

なお 鳴りやまぬ ひと筋のねあり


それを人は 忘却と呼び

それを神は 隠り世と呼び

観音龍は ただ

「根にかへる音」 とのみ ささやき給ふ


ネノネノネ

根の音の

封じられし 記憶の門ひらき

ネノネノネ

根の根まで

鎖解けなば また息づかむ


聴くもの 聴かるるものの境

おのづから とけゆくところ

人も 神も 龍も

みな ひとつの ひびきとなる


われらもまた

名も地も忘れたるのち

ただの音として 呼ばれなむ


八百万のこゑよ

社にもどらずとも

祝詞にも記されずとも

かたちを競はず 声高に叫ばずとも

ただ あるべき処にて

あるべきほどに 鳴りいませ


ネノネノネ

根の音の

たえず 絶えず 底に満ち

さやけく しづけく 観音龍

今日も 明日も

八百万の魂柱を たて給へ



※読み解き

※第一章「八百万根音」について

第一章「八百万根音」は、観音龍詠唱の入口にあたる章です。


ここで描いているのは、神の名が立つ前、人の名が生まれる前、山や河や火や風が、それぞれの名前を持つよりも前の世界です。


まだ何も分かれていない。

けれど、何も無いわけではない。

そこには、声になる前の響きがあり、息になる前の震えがありました。

この章では、そのいちばん奥にある響きを「根の音」と呼んでいます。


※八百万根音

八百万とは、単に数が多いという意味だけではありません。

山にも、河にも、火にも、風にも、人にも、神にも、まだ名づけられていない気配にも、それぞれの響きがある。

そのすべてが、互いを消し合わず、裁き合わず、あるべき場所で鳴っている。


その無数の響きが、根のところではひとつにつながっている。

それが「八百万根音」です。


この章では、八百万の魂や気配が、別々のものとして争うのではなく、ひとつの大きな響きの中で結ばれていく姿を描いています。


※根の音

根の音とは、言葉になる前の響きです。


誰かが発した声でもなく、教えとして整えられた言葉でもなく、もっと深いところにある、命そのものの震えです。


人はそれを忘れてしまうことがあります。

日々の忙しさ、名前、役割、正しさ、怒り、悲しみ。

そうしたものに包まれているうちに、自分の奥にある音が聴こえにくくなる。


けれど、消えたわけではありません。

ただ、底に沈んでいるだけです。


観音龍詠唱は、その沈んだ音へ、もう一度静かに降りていくための言葉でもあります。


※観音龍

この章における観音龍は、裁く龍ではありません。


乱れたものを斬るのではなく、ばらばらになったものを結ぶ存在として描いています。


水脈を澄ませ、火種を灯し、風を通し、大地の奥にこもる声を聴く。

人の内に眠る面影、社が建つ前の神の気配、生と死のあわいに漂う声まで、すべてを根の響きへと還していく。


観音龍とは、恐れさせるための龍ではなく、忘れられた響きを思い出させる龍です。


※社建つ前の気配

詠唱の中に出てくる「社建つ前の気配」とは、信仰や形式が生まれる前の、もっと原初の神聖さを指しています。


人が名前をつけ、場所を定め、祈りの形を整える前から、そこには何かがあった。

山に入った時の静けさ。

水辺に立った時の清らかさ。

古い木の前で、ふと声を落としたくなる感覚。


そうした、形になる前の敬意。

それもまた、根の音のひとつです。


※封じられし記憶の門

「封じられし記憶の門」とは、特別な場所の話だけではありません。


人の胸の奥にも、開かれないまま残っている記憶があります。

言葉にできなかった思い。

忘れたことにしてきた痛み。

けれど、本当は消えていない願い。


それらは、無理にこじ開けるものではありません。

根の音が満ちてくる時、自然にほどけていくものです。


この章では、その封じられた記憶が、観音龍の響きによって静かに開かれていく様子を描いています。


※魂柱

魂柱とは、外に建てる柱ではなく、内側に立つ響きの芯です。


誰かに見せるためのものではなく、声高に叫ぶためのものでもありません。

自分の奥で、静かに立っているもの。

揺れても、迷っても、そこに戻ればもう一度整うことができるもの。


第一章の最後で「八百万の魂柱をたて給へ」と結ばれるのは、すべての命が、それぞれの場所で本来の響きを取り戻すことへの祈りです。


※この章の響き

第一章「八百万根音」は、何かを信じさせるための章ではありません。


読む人の奥にある、まだ名前のついていない響きを思い出すための章です。


世界は、声の大きなものだけで成り立っているのではありません。

目立たないもの、忘れられたもの、名もなきもの、静かにそこにあるもの。

それらもまた、根のところで世界を支えています。


観音龍詠唱は、その静かな響きに耳を澄ますところから始まります。

第一章は、その最初の門です。




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