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観音龍詠唱 第三章・千変万化の鱗波


ネノネノネ

オンネノネ


しづまりし 根の底より

一筋の 震え立ち上がり

千の鱗 逆まき照りて

観音龍 いまぞ うねり出で給ふ


かつて 名と呼ばれし 数多の像

かつて 時と呼ばれし 切り分けの糸

それらを ひと抱へに 胸にかかへ

深きところより ゆるやかに 浮かび上がる


うねりは 螺旋

めぐりは 円環

とどまるを知らぬ その身は

時を食ひ 空を泳ぎて

古も 今も 一つの音に結びなむ


昨日の嘆きも 遠き祖の祈りも

まだ見ぬ子の 笑みも 声も

すべては このうねりのなかに 重なりて

一条の 響きへ 縫ひ合されゆく


ネノネノネ

根の音の

千変の相を見よ


あるときは 慈しみ深き 観音の指

あるときは 非情なる 龍の爪

あるときは 名もなき 風のささやき

あるときは すべてを 呑み干す雷


誰かに触れて 涙を拭ふ手も

掌を握りしめ 怒りを堪ふる拳も

窓を開けて 風を受くる 朝の動きも

みな 千変万化の ひとしぶきなり


「我」といふ 小さき器

「名」といふ 脆き呪

そのすべてを 鱗波のうちに 放ち投げ

ただ 流るるままに 揺られ給へ


つよく握りしめし 名札を

一度だけ 指のあひだより すべり落とし

「それなしでも 息ができるか」と

そっと 胸の奥に 問いかけよ


ネノネノネ

根の音の

万化の波に 身を任せなば

悲しみも 悦びも

ひとつの 旋律となりて

宇宙の 底に溶けゆかむ


悔いと呼びし日々も

誇りと呼びし 刹那も

ただ 長き歌の 一節と知りぬれば

心の底に ひそき安らぎ 湧きいづ


ナギミカゲ


凪のなかに 龍の咆哮を聞き

響きのなかに 観音の沈黙を見る

逆しまなるもの あはひに消えて

ただ 一つの「ひびき」のみ 純に残りぬ


目を閉づるでもなく 見開くでもなく

ただ 遠くを見やる その刹那

街のざわめきも 胸のざわめきも

ひとところに 静まり合はせる 間あり


その間にこそ

千変万化の鱗波は 姿を隠し

根音だけが ただ やはらかに

「ここにおる」と 告げてをる


ネノネノネ

オンネノネ

オンナリトアマノネヨ

ヒビケソワカ



※巻末読み解き

――第三章「千変万化の鱗波」に寄せて


第三章「千変万化の鱗波」は、観音龍の響きが、ひとつの形に留まらず、さまざまな姿へ変わりながら広がっていく章です。


第一章では、すべての奥にある「根の音」が開かれました。

第二章では、その根の音が、龍の鱗となってこの世に現れ始めました。


そして第三章では、その鱗が波となり、うねりとなり、人の心や日々の行動に現れ始めます。


人はいつも、同じ顔で生きているわけではありません。


誰かにやさしくできる日があります。

どうしても怒りがこみ上げる日があります。

静かに過ごせる日もあれば、心の中が波立ち、何をしても落ち着かない日もあります。


けれど、それらは別々の自分ではありません。

どれも、自分の中で心が動いた姿です。


この章に出てくる「千変万化の鱗波」とは、その心の動きが、いろいろな形で外に現れることです。


龍の鱗は、一枚一枚違う光を返します。

見る角度によって、色も変わる。

朝の光ではやわらかく見え、雷の下では鋭く光る。


人も同じです。


やさしさも、怒りも、悲しみも、後悔も、誇りも、どれも捨てるものではありません。

ちゃんと向き合えば、それらも自分の音になります。


この章では、「名札を一度だけ落としてみよ」と語ります。


肩書き。

役割。

地位や名誉。

過去の自分。

人から見られている自分。


そうしたものを強く握りしめすぎると、人は息が苦しくなります。


だから、一度だけ手をゆるめる

名札を落としても、自分は消えません

むしろ、その奥に残っている本当の音(ネ音)が聴こえ始めます。


変わることは、壊れることではありません。

揺れることは、弱さではありません。


波立つ日があっていい。

迷う日があっていい。

怒りの日があっても、涙の日があってもいい。


そのすべてを通ってなお、胸の奥には戻れる音があります。


最後に出てくる、


ここにおる


という言葉は、第三章の核です。


大きな声で励ますのではありません。

正しさを押しつけるのでもありません。

胸の奥に残っている根音が、ただ静かにそう告げています。


ここにおる。

消えていない。

形を変えても、揺れても、まだ響いている。


いろいろな顔を持ちながら、

それでもいちばん奥では、ひとつの音(ネ音)につながっている。


そのことを思い出すための詠唱です。






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