なんて日だ!降参した55歳の誕生日
治療ができなくなって、ガンがまた進行しているからか、最近は「体調がまあまあ良い日」すらほとんどない。
人に会う時だけは、その日に向けて調整しているので、人と一緒にいる数時間は元気に過ごすことができる。
会うと「元気そうだね」とよく言われる。
それは「思っていたより元気でよかった!」という意味なのだけど、そう言われると複雑な気持ちになる。
もちろん悪い気持ちではない。でも、嬉しいのとも違う。「本当に今あなたが見ている私のように、いつも元気ならどんなにいいでしょう」という、自分自身への願いというか、憧れというか、そんな気持ちと、決してそうではないことの小さな失望と。いろんな気持ちが入り混じる。同時に、家を出るつい30分前まで痛みに悶えていた自分を思い出して、なんだか自分のことなのに、かわいそうになってくるのだ。
これは仮の姿。短いゴールデンタイムが来ているだけ。それがわかっているから、まるで魔法が解けてボロ服に戻ってしまうシンデレラのように、私は恐れている。「元気そうね」と言われている今の自分がすぐに終わってしまい、またあの苦しく辛い時間が来ることを知っているのだ。
最近は夜も痛みで眠れないことが多い。朝は絶望的な気持ちでスタートする。こういう朝を迎えるのは、体だけでなく精神衛生上もよくないことのように思う。
朝はまず、医療費麻薬を飲み、夏でも手放せない湯たんぽをお腹にあてて、薬が効いてくるのをひたすら待つ。
1日が始まることを歓迎する余裕がある日はいいが、たいていはそうではない。今日もまたこの痛みに耐えて過ごすのだろうかという不安や恐れに震えている日の方が多い。
1日のうち、仕事やnoteの文章を書けるのは、2、3時間もあればいいほうで、1日のほとんどをうつらうつらして過ごす。麻薬で眠気に襲われるからだ。私の頭の中の9割は、痛いか眠いかしんどいか。
あっという間に夕方が来て、ああ今日もまた何もできなかったと思う。虚しさだけが残る。
ごはんはほとんど夫が用意してくれる。特に夕食はそうだ。なぜなら夕方6時から10時までが1日の中で最も痛みが強くなるからだ。昼間の動けるうちに料理をしておいた時はいいが、そうでなければ夕食タイムは料理をするどころか、座って食べられたら御の字。痛みが強すぎると息ができなくなるので、ずっとはぁはぁ言いながら悶えていることもある。
しかし、不思議なことに、夜10時から夜中1時までは急に痛みがおさまることが多い。私はそれを「ゴールデンタイム」と呼んでいる。永遠にこの時間が続けばいいのだけど、必ず終わりはやってくる。
夜中に目覚めた時の、体を動かすこともできないほどの激痛。一体いつまでこんな日が続くのかと考えると涙が出てくるので、それは決して考えない。そう。いろいろなことを考えないようになった。心を無にして、ひたすら耐える。
ただ怖いのは、取材(仕事)の入っている日の朝に、もしこんな痛みがあったらどうしようかと、それだけだ。今のところ調整はできているが、そんな朝が来ることが恐ろしくて仕方がない。そうなったら、その時が私の引退になるのかもしれない。
そんな感じで、あまり体調が良いとは言えない毎日だが、今年も誕生日がやってきた。26日に55歳になった。
前日に親友2人からプレゼントが届き、じんわりと喜びに満たされた状態で当日を迎えたが、残念ながら体調は最悪だった。
金曜が締切の原稿があるので、もともと当日に誕生日のお祝いをするのはやめようと夫と話していたので、体調が悪いからといって特にイベントがなくなって失望するようなこともなく、ただ痛みと向き合うだけの地味に嫌な日になった。
でも、夫は誕生日を盛大に祝いたいと言う。改めてその日を設けるから待ってと言っても、「だって55歳やで!」とよくわからない理由で祝いたい気持ちをぶつけてくる。「だから、なにもやらないとは言ってない。今日は体調も悪いし原稿もある。別日に改めてやってよ」とお願いしてもなかなか譲らない。それでもなんとか説き伏せた。
そうしたら、昼過ぎに荷物が届いた。
また誰か友達が何か送ってくれたのかなと思ったら、大きなフラワーアレンジメントだった。
「誰から?」
「俺から」
「ええっ?」

それはそれは大きなお花で、これまで見たどんなお花より素敵なアレンジメントだった。
「かおりの好きなピンクやで」
自慢気に言う夫から、どっしりと重い鉢を受け取ったら、嬉しいというよりもなんだか感動してしまって、涙が出た。
バラやカラーがふんだんに使われていて、360度どこから見ても美しい。
花をもらうのはいつだって嬉しい。どんな高価な贈り物よりも私には響く。だけど今回は特に響いた。癒された。ずっとしんどい日が続いていたからかもしれない。涙と共にストレスも流れたような気がした。少しスッキリしたのだ。
それから夫は、私が好きな「夫特製のキーマカレー」を夜ごはんに作ってくれるという。
最初は「手巻き寿司しようか」と言っていたのだが、生物を食べる想像だけで吐き気がしていたので断念。カレーなら食べられると言ったので、作ってくれることになった。
夫が用意してくれている間、私は2階の仕事部屋で少しでも原稿を進めていた。
キリのよいところまで書けたので、今日はこのくらいにしようと1階へ。階段を下りながらふとリビングを見たら、こんなことになっていた。

「何これー?!」
あまりに楽しい空間で、一気にテンションが爆上がりした。
なんだかゴソゴソ音がしていると思ったら、これだったのか。
なんてこと!!
まるで小さな子どもの誕生日会じゃないか。
階段を駆け下りた。ワハハ、ワハハと笑いが止まらない。笑いながら涙も出てきた。
この人は、ほんとにもう……
すごいわ。すごい人と結婚してもうたわ。
私が笑っているのか泣いているのかわからないような顔で駆け下りてくるのを見て、夫は満面の笑みを向ける。私より嬉しそうだ。
「何これ?!」
「盛大にお祝いするねん。だって55歳なんやから!」
55歳にそんな大事な意味があるわけでもないけど、私はもう降参していた。この人にはかなわない。
45歳でガンになった私。
再発、転移して、生きているのが奇跡のような日々を送っている。
「そんな人、なかなかおらんで。かおりはほんまにすごい」と夫は言う。
夫のおかげでなんとか生きているというのに、なぜか夫はいつも私に「ありがとう」と言うのだ。
「お荷物でごめんね」と言えば、「お荷物じゃない。宝物やで」と言い返してくる。
ガンになって、10年生きた。迎えられなかったかもしれない55歳の誕生日を迎えることができた。
そう思ったら、やっぱり55歳は特別な誕生日で、お祝いは盛大にすべきなのかもしれない。私にとっては。
子どもみたいな飾りつけのリビングで、夫の特製キーマカレーを頬張った。それは本当においしくて特別な味がした。
それに、こんな部屋にいたら、楽しくならないわけがない。
痛みは吹き飛ばなかったが、憂鬱な心は一気に晴れた。
なんて素敵で楽しい誕生日!!
生まれてきてよかったと、心から思えた。
喜ぶ私を見て、夫は満足気だ。そして言う。
「お祝いはこれだけちゃうで。今度、おいしいもの食べるランチして、旅行もするから。いいな?」
すでに降参している私は、今度は素直にうなずいた。

