【マレーシア生活ふたたび vol.5】あなたは入国拒否されそうになったことはありますか
このまえ誰かが下のニュースを紹介していた。
KLIA(クアラルンプール国際空港)で36人のバングラデシュ人と9人のパキスタン人が入国拒否されたというニュースだ。
「ビザラン」という言葉を知っているだろうか。
AIによる回答だと
”ビザの期限が迫る前に隣国へ出国してビザを取得し、再びその国へ入国する行為です”
となっていて、例えば90日間滞在可能な観光ビザを所持している場合、そのビザが切れる直前に一度その国を出国してすぐに戻ってくれば、再入国時にまた90日間ビザを新たに貰え、引き続きその国に滞在することができる。
これを意図的に繰り返すことを「ビザラン」と呼ぶ。
長期滞在ビザを取得することなく同じ国に継続して滞在するための抜け道的な方法だ。
AI回答には続きがあり、
”タイでは、この行為を規制するビザラン規制法が2014年に成立しています”
とのこと。
なぜこのビザランに対する規制法が成立するのかというと、このようにして滞在期間延長を繰り返し、数年以上、ひどい時には十数年その国に滞在する人がいるからだ。
また、このビザランを繰り返すうちに資金が底を突き、ビザランすら不可能となって不法滞在者となってしまう人も後を絶たない。
普通の長期滞在ビザを取得できない人々は不法滞在者予備軍であり、おそらく犯罪に加担あるいは巻き込まれやすいというのもあるだろう。
わたしが2009年に一人駐在としてマレーシアに来たとき、業績不振が続いていた会社は、とにかく費用を掛けずにマレーシアでビジネスをしたかった。
そこで真っ先に削ろうとしたのが、わたしのビザ取得に必要な資本金とエージェント費用だった。
いま考えると、これから駐在させようとする人間の就労ビザ取得費用を真っ先に削ろうとするなど正気の沙汰とは思えないが、解体屋のおやじたちが寄り集まって作っただけのその会社は、そういったことも含めてかなりグレーな部分を狙っていく雰囲気が強かった。
だからこそ30歳を過ぎた資格も経験もないわたしのような人材を安易に採用してくれたのかもしれないが、いざ働き出してみると、まともな会社ではとてもやらないようなことを平気でやろうとする会社だということに、わたしは徐々に気付かされていくことになる。
マレーシアで外国人が就労ビザを取得するためには、勤務する会社の資本金がIT系などならRM50万(約1700万円)、その他の多くの業種ではRM100万(約3400万円)以上必要だ。
うちは貿易関係だったため必要な資本金はRM100万。
海外進出をしようとするまともな会社ならそれくらいは普通に用意すると思うのだが、わたしの会社はまともじゃなかった。
そんな資本金は用意しなくてもなんとかなるのでは。
日本側が考えた抜け道スキームは、マレーシアにすでに進出しているパキスタン系の会社に貸しがあるので、そこに頼んでわたしをその会社の従業員として登録してもらい、そこから就労ビザを申請するというものだった。
というわけで、わたしはなぜか日本の会社からパキスタン企業へ出向するような扱いとなり、パキスタン企業のマネージャーとして就労ビザを申請することになった。
日本側はいいスキームを思い付いたと嬉しそうにわたしに話してくれたが、どう考えてもそんなやり方がうまく行くとは思えなかった。
当然のようにわたしのビザ申請は何度も拒否された。
当たり前だ。
日本人がなぜかマレーシアにあるパキスタン人の会社で役員でもなくただのスタッフとしてビザを申請しているのだ。
疑わない方がどうかしている。
拒否➡︎再申請➡︎拒否が繰り返される間、わたしは仕事は普通にしているが、ビザはずっと観光ビザ。
観光ビザの期限は3ヶ月のため、期限切れが近付くと日本か隣のタイに出国して再びマレーシアに戻ることを繰り返した。
先に説明した「ビザラン」を会社員のはずのわたしがやっていたのだ。
最初のうちは会社の金で日本に一時帰国したりタイやシンガポールを観光できるためウキウキだったが、何度もそれを繰り返すうちに喜んでばかりもいられないことが分かってきた。
マレーシアに再入国する際のイミグレの対応が厳しくなっていったのだ。
彼らが疑っているのは、わたしがマレーシアで働いているのではないかということ。
最初の半年ほどはビザエージェントから渡された申請書類などを見せて「いま申請中です」と言って切り抜けていたが、ビザランが1年を超えてくるとその言い訳も苦しくなっていく。
「基本的には日本で働いているけど、こちらの会社でトラブルがあったため応援で長めに滞在している」などと苦しい言い訳をでっちあげて釈明するが、パスポートには90日間のうち80日以上の滞在を繰り返している証拠がはっきりと残ってしまっている。
1年半を過ぎる頃には係官の態度も相当に悪くなり、マレーシア入国のイミグレの列に並ぶのが憂鬱で堪らなくなってきた。
日本側に事情を訴えても「パキスタンの会社はもう少しで取れると言っている」と言うばかりで、そのエージェントからは数カ月に一回、「今回もリジェクトされた」という空しいメッセージが届くだけだった。
そろそろ2年が経った頃だったろうか、状況は全く変わらないままわたしはまたビザランを終えてイミグレの列に並んでいた。
毎回悪い予感しかしないが、これまでなんとか切り抜けてこられていたので、きっと今回も大丈夫。なんとかなりますように。
祈るような気持ちでパスポートを係官に差し出し、じっと神託が下されるのを待つ。
「マレーシアで働いているんじゃないのか」
お馴染みの質問だ。
「いや、行ったり来たりしているが基本的には日本で働いている」
「…。こちらの記録だとおまえは2年間ほぼずっとマレーシアにいるぞ」
「同時にビザも申請しているが、何回もリジェクトされて取れない。仕方ないからこちらに長めに滞在してしまっている」
しばらくの沈黙の後、係官はこう告げた。
「ダメだな。お前はマレーシアに入国できない。あちらの部屋に行け」
そう言ってイミグレ窓口の端の方にある扉を指差す。
きた、とうとう入国拒否だ。
どうしたらいいか分からず頭が真っ白になるが、ここで食い下がらなければマズいことだけは分かる。
「いやいや、俺は日本人で違法なことはやっていない。いまプロジェクトがうまくいっていなくて何度もマレーシアに来ているが、これが落ち着いたら日本に戻って働くだけだ」
「ダメだ。明らかにお前は就労ビザなしでマレーシアで働き続けている。あっちの部屋に行け」
「頼む。今回だけ入れてくれないか」
「ダメだ。あっちへ行け」
いくら引き下がっても取り付く島がない。しまった…。
後ろには入国審査を待つ長蛇の列ができていて、ここでずっと粘ることもできない。
別室へ行き、そこでなんとかできないか交渉するしかないのか。
諦めにも似た気持ちでパスポートを受け取り、列の間を縫って奥の別室に向かった。
ドアを開けると、殺風景な部屋の中には机と椅子が置かれ、数人の外国人が壁際のベンチに座っている。おそらく不法滞在者たちだろう。自分も彼らと同じ立場だと思うと気持ちがいっそう沈んだ。
真ん中に置かれた椅子に座っていると、しばらくするとさっきとは別のイミグレ職員がやって来た。
話はもう伝わっているのだろう。
パスポートを渡して彼が口を開くのを待つ。
日本人だし悪さもしていないし、情状酌量で今回はなんとか無罪放免で…などと心の中で願っていると、ようやく彼が口を開いた。
「今回は特別に2週間だけ滞在できるスタンプを押してやる。その間になんとかしろ」
2週間?!
必死に考えるが、たった2週間でいきなりビザが取れるとはとても思えない。
「ちょっとちょっと、2週間で取れるわけないでしょ!」
「それは我々の問題じゃない。2週間だけやるから自分でなんとかしろ」
できる限り食い下がってみたが答えは同じ。
とうとう係官はパスポートにスタンプを押して奥のドアの向こうに立ち去ってしまった。
もうどうしようもない。
とりあえず入国できそうなのは救いだが、たった2週間でどうやって就労ビザを取れというのか。
じつはここからどうなったかという記憶は非常に曖昧だ。
かなりテンパっていたからかもしれないが、この後でどのようなプロセスを踏んでいったのか細部がどうしても思い出せない。
結論から先に言うと、わたしは就労ビザを取ることができた。
たしか空港を出てすぐに日本の会社に電話して事の顛末を伝え、パキスタンの会社からのビザ取得は無理だと納得させて、独自の法人を立ち上げてそこからビザ申請をすることを承諾させた。
こちらは就労ビザが取れなければマレーシア滞在はほぼ無理だし、マレーシア責任者として採用されたわたしに日本でのポストは用意されない可能性が高い。
失うものがない状態だったのでかなり強気に説得したと思う。
運が良かったことに、そのころマレーシアでの事業はようやく軌道に乗り始めており、ただ一人の日本人として駐在していたわたしがいなくなればマレーシア事業は回らなくなる状態だった。
今から新しい日本人を雇ってわたしの代わりにマレーシアに送るにしても時間もない。
わたしを日本に戻してマレーシア人スタッフだけでマレーシアを回していくのもリスクが高すぎる。
日本側に残された選択肢は、正規ルートでわたしに就労ビザを取らせるか、マレーシアを撤退するかしか残されていなかった。
時間の猶予がなかったため、そこからの展開は早かったように思う。
エージェントを使って滞在期間の延長を申請し、延長されたその3ヶ月間で会社設立、資本金の入金などを行い、なんとか無事に就労ビザを取ることができた。
それまでの2年間は観光ビザだったためできなかったマレーシアの運転免許証の発行、銀行口座の開設などもできるようになった。
一番嬉しかったのは給料で、外国人が就労ビザを申請するために必要なRM5000以上の給与がそのままわたしの給与アップとなった。
これまでニュージーランドで1年、マレーシアで15年、オランダで1年暮らしてみて、やはりビザがあることの有難さを痛感する。
今は奥さんの配偶者として結婚している限りはビザの更新が保証されているが、もしそれが無ければ今のマレーシアでの長期滞在ビザ取得のハードルは非常に高い。
今でもKLIAを利用する際には、おそらく国外退去を強いられ、床に座って母国へのフライトをジッと待つバングラデシュ人やミャンマー人の団体を目にすることがある。
もしかしたらそれは自分だったかもしれない。
ビザランで入国審査の列に並ぶ時に毎回感じた不安な気持ち、あのとき連れていかれた別室の暗い雰囲気、取り付く島もない係官に感じた絶望と怒り。
今となってはそれらは遠い記憶の一部だが、KLIAの床に座らせられる彼らと自分とを隔てる壁はそれほど高くも強固でもなく、自分が向こう側に取り込まれてしまう可能性が常にあることをわたしは知っている。
