センチメンタルジャーニー
5月。春になって日照時間が日に日に延び、そろそろ初夏の日差しのバンクーバー。多分一般的にはとてもいい季節。
でも私とってはちょっと感傷的になってしまう時期。
北米の学校は9月はじまりの6月終わり。だから毎年6月には確実に成長している子供たちのその一年を振り返り、しんみりする季節だ。
今年は更に次男坊の高校卒業という大行事が控え、毎日切ない思いと共存している。何事においても感傷的になってしまうし、見るものすべてに深い意味が付随していまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、次男坊の口癖は
もうこれも最後だし。
やめておくれ、もうそれを言われたら何も断れない。
そんな中、小田和正の「たしかなこと」をYouTubeで耳にする。
多感な時期、サザンとオフコースにさんざんお世話になったから、このどこか懐かしくて優しい歌声は、いつ聞いてもちょっと心が揺れる。
そして今の私には何だかいつになく響く。
エモい。そんなネットでよくみかける、でも私的にはあんまりすきじゃない言葉がうかぶ。多分巷ではそんな風に言うんだろうなあ、この感じ。
でも改めて歌詞をおうと、今までとは違う曲に聞こえてくる。これは別れた恋人を思う歌と認識していたけど、”愛する人”は恋人とは限らない。
9月からバンクーバーを離れていく次男坊を思うと、この曲が訳もなく染みる。切なさマックス。皆さんもご一緒に。
君にまだ言葉にして
伝えてないことがあるんだ
それはずっと出会った日から
君を愛しているということ
君は空を見てるか
風の音を聞いてるか
もう二度とここへは戻れない
でもそれを悲しいと決して思わないで
いちばん大切なことは
特別なことではなく
ありふれた日々の中で君を
今の気持ちのままで見つめていること
忘れないでどんな時も
きっとそばにいるから
そのために僕らはこの場所で
同じ風に吹かれて
同じ時を生きてるんだ
今の私に一番刺さるのは、ここ。
「もう二度とここへは戻れない。でもそれを悲しいと決して思わないで」
バンクーバーに戻れないってことではなくて、今のこの時間一緒に過ごしたこの空間というニュアンス。
一緒に沢山笑って泣いて、本当に楽しかったなあと思うし、取り戻せないけどでも絶対忘れない記憶が私の中に、そして子供たちのなかにあって、それを思い出すことでこれから来るであろう辛いとき、悲しいときにちょっと肩の力が抜けたり、ふっと笑えたり、そんな風に大事にしてもらえたら、悲しくはないよねって思う。
うん、きっとそう。少し自分にも言い聞かせている感じ。
まだまだ卒業行事は続く。泣いている時間はない。勿体ない。
今日はこれから「最後の」フィールドホッケーの試合。早々に仕事を切り上げて、何とか少しでもフィールドを駆け回る次男坊をこの目に焼き付けないと。
息子よ。もう仕事どころじゃないよ、お母さんは。
