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幕間2 老警官の通勤

*注意*
本作は『ジョジョの奇妙な冒険』および『クレイジー・Dの悪霊的失恋』をもとにした非公式の二次創作です。
原作および出版社とは一切関係ありません
おもいっきりネタバレしています!!!

目次  前書き&注意点  前の話(2-5-③ アクリドルの水晶③)


東方良平はその日午後、自宅を出た。
家の前の通りを自転車を漕いで進みながら、昨日からのことを思い出していた。

昨日は昼過ぎから夜中まで大変だった。
エジプトから来たボインゴという外国人の青年の迷子騒ぎに、平岡警部の乗った車の暴走。
その後、集団幻覚騒ぎにボウガンで傷害事件が起き、仗助とボインゴの連れのホル・ホースの協力で、犯人・清原を逮捕したら、今度は、派出所の警官・仮頼宿一樹が錯乱して暴れ緊急逮捕。
疲れて家に帰ってきて、酒を飲みながら仗助に愚痴をこぼして寝てしまった。
ところが夜中、仗助からの電話で起こされた。花京院本家に侵入し夫妻に暴行を働いた賊を、分家の涼子嬢に招かれていたホル・ホースと、彼に呼び出された仗助が取り押さえたという。慌てて現場に急行し、帰ってきたのは明け方だった。

なんでも、ホル・ホースとボインゴは、いなくなった鸚鵡を探しに、エジプトからはるばる日本の杜王町までやってきたのだという。
到着早々仗助に出会い、助けられて意気投合したのだとか。
仗助は元々、フレンドリーでひょうきんなところがあり、誰とでも親しくなれるタイプではあるが、まさか初対面の外国人とまでとは思わなかった。
ホル・ホースとボインゴは、パスポートも確認して控えてあるし、仗助を悪事に巻き込んでも彼らに得は無い。裏はないだろう。
しかし、いくら朋子が旅行中とはいえ、少し羽を伸ばしすぎではないだろうか。
良平が明け方に帰ってきた時にも仗助は、ギリギリまでゲームをして、慌てて自室に戻ったようだった。昼過ぎに良平と一緒に起き、遅めの朝食兼昼食をとったと思ったら、また出かけてしまった。今日はホル・ホースたちに地元を案内するという。
もっとも事件解決に貢献した上、昨夜は自分も酔って寝てしまっていたので、強くは言えない。

良平は今日から夜勤の予定であり、夕方から勤務になっていた。
昨夜の花京院本家の対応もあり、55歳の体は疲れが抜けきっていなかったが、小さな杜王町にこう立て続けに事件が起こっては、そうも言っていられない。

いつもの通勤路をゆっくりと自転車を漕ぐ。

穏やかな眼差しを周囲に向けながら、いつもの風景を記憶と照合し、違いを見つけて違和感がないか探して行った。
そんなささやかな変化が、やがて大きな事件につながることもある。
地域の安全とは、警察官の地域とのつながりと、毎日の積み重ねの結果だと、良平は考えており、今まで続けてきた。

家を出て少し進むと、小さな公園になっている。
良平はそこで自転車を止めた。

この公園は、東方良平が花京院典明と、最後に会った場所だった。

昨日仗助が花京院家の姪御さんを茂庭医院に担ぎ込んだと、篤から電話をもらった。その時、良平の友人が花京院家の当主だと仗助が知らず、また花京院家についても仗助が全然知らなかったと、篤に呆れられてしまった。
きちんと紹介はしていなかったかもしれないと良平は思い、花京院家の話をした。酒の勢いもあって、つい息子──の話も口にしてしまった。

花京院典明──。
今この杜王町で彼の名前を出すものは、もういない。

良平は自転車から降りると、スタンドを立てて止め、公園に入り、けやきの木の下のベンチに腰掛けた。

1988年の夏だった。7月だった。
10年以上も前になる。

その日良平は非番だったので、保育園に仗助を迎えに行き、帰りにこの公園によって遊ばせていた。走り回る仗助に時々声をかけながら、このベンチに座っていた。
制服姿の典明とは、偶然会った。
「こんにちは、良平さん。今日はお休みですか」
「おお、典明くんか」
仗助と良平を見て礼儀正しく頭を下げた彼に、手をあげて応えた。
簡単な季節の挨拶をした後、こっちまで来たんだ、学校帰りかい、休憩がてらどうだい、と隣に座るように促すと、失礼します、と横に座った。
良平より背が高く、今の仗助ぐらいだっただろうか。
最近の朋子のあまり上手くない料理や、仗助のしたイタズラ、杜王町の変化などの世間話をし、典明も本屋で買ってきた本を見せたり、自分の両親の話をした。

ふと下を見ると、地面で、蝉がひっくり返って足を動かし、その命の最期を迎えようとしていた。

「そういえば知っとるかい、典明くん。」
良平は蝉を指差して典明にいった。
「蝉は、7年もずーっと地中にいて、脱皮したら1週間だけ地上で飛び回って、死んじまうんだそうだよ。7日間だ。儚いよなあ。人間だと……そうだなあ、人生60年として……」
「2ヶ月ほどですね」
今思えば、賢く読書好きな少年はそんなことはとっくに知っていただろう。
が、黙ってうなずいて聞いてくれていた。
「短いよなあ。そんなちょっとだけ最期に何を思って飛ぶんだろうなあ。」
典明はじっと足をかすかに震わせている蝉をみていた。

じーちゃーん、と、仗助が砂場から走ってきた。
スコップを片手に持って鼻をこすり、園服はどっかにやってしまい、下の服も泥だらけになって、洗濯が思いやられる格好になっていた。

「おーう、仗助ー」と返し、隣の典明を紹介した。
「わしの友達の龍典の息子さん、典明くんだ。たまにわしが話しとるだろう。ご挨拶しなさい」
「こんにちは、仗助君」
典明が先に仗助に挨拶をした。
「のりあき、くん……?」
首を傾げて少し考えた後に、ハッとしたような表情になり、あーと仗助が声をあげた。
「のりあきくんッ!」
「うん、何だい?仗助君」
典明が返すと、仗助は典明を見ながら自分を指さして、

「ぼくがともだちになってあげるッ!のりあきくんッ!」
「友達……?」
「じーちゃんがいってたー、たつのりんとこののりあきくんは、こうこーにはいってもともだちができない、しんぱいだって! だからぼくがなってあげるよッ!」
「こ……こ……これ、仗助ッ!」
唐突な孫の暴露に良平は驚いて、すぐには言葉が出なかった。

典明は驚いた顔をした後に、おかしそうに笑い、
「それは光栄だな、仗助君の友人にしてもらえるなんて。
でも、いいのかい?あっちで他のお友達が呼んでるよ?」
と仗助の背後を指差した。
ジャングルジムで「ジョースケくーん」と仗助と同じ園服の女の子が手を振っていた。仗助の同級生らしい。
仗助は、女の子を見て、また典明をみて、女の子を見て迷っていたが、
「じゃあ、またこんどなッ! のりあきくんッ!」
とスコップを放り投げ、ジャングルジムに走って行ってしまった。

「……どうもすまんな……うちの孫が失礼を…… 別にいつも我が家で君のことを話しているわけではないんだが……」
汗を拭きながらもごもごと良平が言い訳めいた詫びをすると、こちらこそご心配をおかけして申し訳ありません、と典明は穏やかに返した。
思い出したようにクスクスと笑って、「仗助君は優しいいい子ですね」というので、良平の汗はなかなか止まらなかった。

ふと、典明はベンチから立ち上がって、仗助が放り投げて行ったスコップを手に取った。

そしてもう動かなくなった蝉をシャベルで拾い上げると、ケヤキの木の根元に置いて、穴を掘って蝉を埋め、軽く手を合わせた。
良平の視線に「母の教えなんです」と答えた。
「よく来るんです、うちの庭に。鳥とか虫とかたくさん。死んでいるのを見つけるたびに埋めてあげて……生まれ変わってまたおいでって母は言います。」
「輪廻転生ってやつかい。さすがお寺さんだ」
元ですけど、と制服をはらって土を落としながら典明は答え、ベンチに戻るとシャベルを良平に渡し、ベンチに置いていたカバンを手に持った。

帰るのかいというと、典明はじっと良平を見つめて、珍しく少し言い淀んでから口を開いた。
「……うちの父が、また飲みに行きたいと言っていました。篤先生と、良平さんと……」

良平は「ああ、もちろんじゃ。ぜひ近いうちに。また、いつもの店でな」と盃を上げる仕草をし、ほっとしたように典明は笑った。いつも落ち着いた対応で大人に見える彼だが、笑うと年相応の少年の笑顔になる。良平も笑った。

「飲みもいいんじゃが、そろそろ夏休みじゃろう? 今年はどこに行くんだ?」
花京院家は毎年夏、弟たちの家族皆で海外旅行に行くのが慣わしだった。
「エジプトになりました」
「ほーそれは遠いなあ。しかも暑そうだ」
「ええ、叔母さんたちの希望だそうです」
「気をつけて行ってきてくれな」
と、良平は片手をあげて別れの挨拶をした。

お土産を買ってきますよ、と典明は穏やかに笑った。

それが、東方良平と花京院典明の、最後の会話になった。

東方良平は再び自転車にまたがり、公園をでた。

自転車を漕いで進み、少し進んだところの交差点で止まった。
電柱の下に小さな瓶が置かれ、枯れかけた花がささっている。
良平はまた自転車を止めて降り、しゃがんで両手を合わせた。

この交差点で、良平の妻・優子は亡くなった。

交通事故だった。

優子は仗助を保育園に迎えに行った帰りだった。同じ保育園に通う兄弟とその母親に会い、立ち話をしていた。仗助は同じもも組の下の子と戯れてお母さんがなだめていた。その時何かに気を取られた上の子が走り出した。優子が気づいてその子を追いかけた。
そこへトラックが──。

まだ3つの仗助は、祖母の死をよくわかっていなかった。
怪我をして、寝ているだけだと思っていたようだった。
──おばあちゃん、イタイイタイ?

思い起こせば、東方家はあの数年、怒涛の日々だった。

一人娘の朋子が高校を卒業して東京の大学に入学し、子育てがひと段落した。やっと夫婦でのんびりできる、と思ったら、大事な娘はよりによって、アメリカから来た自分の父親より年上の男と不倫関係になってしまった。しかも、相手の帰国後に妊娠が発覚し、産むと言い張った。父も母も説得したが、がんとして受け入れない朋子に根負けし、大学は中退、実家で出産することになった。
仗助が生まれたのが、1983年6月。15年、もうじき16年になる。

仗助の名前は、優子がつけたものだ。
父親の音を入れたいという朋子に、人をささえて助ける人になってほしいという願いを込めて、仗助とつけた。

元々駅の西側で生まれ育った良平の生家に、結婚後も手直して住んでいたが、流石に孫が生まれるとなると家が古くて手狭になったため、新興住宅地に建てられた今の家を購入して、駅の西から東へ町内で引っ越しをした。

仗助がやっと保育園に入って、朋子が資格を取るために近くの短大に入りなおし、やっと少し落ち着いてきたと思ったら、今度は優子が事故で亡くなった。1987年の5月、仗助はもうすぐ4歳だった。

一周忌が終わって少し経った頃だった。
典明くんと公園で久しぶりに会ったのは。

通夜には、典明くんも両親と一緒に3人で来てくれたし、翌日の葬儀は、龍典も明子さんもあれこれ手伝ってくれていた。
龍典や篤とは仗助が生まれる前はよく飲みに行っていたが、忙しさにかまけて時候の挨拶ぐらいで、伸び伸びになってしまっていた。典明くんは我が家の状況に気を使いながら父の希望を伝えてきたのだ。

あの後、典明くんは行方不明になった。旧家名家の跡取り息子の失踪だったから、当然警察も入って捜査した。しかし、落ち着いた文章で書かれた書き置きが残され、身の周りもキチンと整理されていたので、本人の決断による家出と結論づけられ、警察が大々的に捜査することはなかった。
そもそも杜王町は全国と比較し、なぜか行方不明者の数が多く、警察もそこまで人員を避けなかった。
龍典と明子さんの混乱憔悴は著しく、良平も日常業務の合間に典明の周辺に聞き込みをしていたが、手がかりはなかった。

11月末には、今度は仗助が原因不明の高熱を起こして入院して、翌1989年1月中旬に回復した。

入れ替わりに、花京院典明はエジプトで遺体となって発見され、無言の帰国をはたした。

なぜ彼が家出をして、なぜエジプトに行き、そちらで亡くなったのか。
今でもわからない。

彼はとても賢く穏やかだが芯の強い少年で、何かトラブルに巻き込まれるような子ではなかった。
友人がいなく、そのことを両親も心配し、おそらく本人も気にしていたとは思う。
しかし、両親は息子を愛していたし、彼も両親を敬愛していた。
名家の跡取りの生まれであったが、龍典は無理に家を継ぐことはない、他にやりたいことがあるならそれをやりなさい、といつも典明に言っていた。

最後に会った時も、いつもの典明くんだった、と思う。
隣で見た横顔は、どこか遠くを見ているようにも見えた。
しかし、全てを投げ出してどこかへ行ってしまうような、そんな親不孝な無責任な子ではなかったはずだ。

エジプトで見つかったことから、旅行中向こうで彼に何かあったのかとも考えたが、家族親戚に聞いても何も分からず仕舞いだった。

ため息をついて立ち上がると、良平は胸ポケットから手帳を取り出して、メモをした。

《1999年5月は優子の十三回忌。お寺さんに連絡して相談をする》

東方良平はまた自転車を漕いで通勤路を進んだ。

駅を通り過ぎて、小さな駅前の商店街に差し掛かったところで、タバコ屋の前で、自転車を止めた。

タバコ屋の前のスタンド灰皿に3人の人間が集まってタバコを吸っていた。

1人はタバコ屋の主人・遠見塚みさえ。今日は黒字に桜の着物を着ていつもの店の前の丸椅子に座ってタバコを吹かしている。
残りふたりは、タバコ屋の両隣・不動産屋の鷺ヶ森剛志とパチンコ屋の大梶努で、休憩と称してはここで集まってよく喫煙している。
皆、良平の昔馴染みだ。

「みさえさん。なんだかうちの孫が世話になったようで、すまんねえ」
良平が声をかけると、遠見塚は、ああ、良平ちゃんかい、とタバコを吐き出して答えた。
「なんだあ、仗助もついにタバコか?」
「あいつまだ中学だろう?高校入ったんだっけか?」
両脇で鷺ヶ森と大梶が茶化し、制服を直してもらったんだ、と良平は渋い顔をしながら答えた。直したというより改造したという方が正確で、警察官の孫としてどうなんだ、と言いたくなる制服になってしまったが、骨折ってもらった礼はしなければならないだろう。
「礼はいらないよ、体で払ってもらったからねえ」
そっけない遠見塚の返事に、ヒューヒューと両脇から口笛がもれる。どうせ、縫い物代金に荷物運びか何か手伝わされたんだろう、と良平は推測する。

「あれが新しい制服かあ、それ着てうちに来てくれたよー毎度アリー」
パチンコ屋の大梶が余計な追加情報をくれる。
「努ちゃん、勘弁してくれよ。あいつまだ15だぜ」
「高校入学おめでとうフィーバーだなあ」
「大丈夫だよ、良平さん。身ぐるみはいだりしないで、3、4台で追い出すからさあ」
「おいおい……」
頭を抱えそうになる良平に、鷺ヶ森が「そういえば良平さん」と話を変えた。

「良平さんちの斜め向かい、高砂さんちだったとこ、空き家になってたじゃあねえか。」
なんでも、買い取られる予定になったという。
「大丈夫なのか?結構ボロボロだぞ」
「あそこ、次に買った家族もすぐいなくなって、うちが買い取って管理してただろ? そしたら先日、高砂さんの息子さんってやつがきてさ、元々うちの家だから買い取りたいってよ」
「へえー」
「ああ、でも高砂さん、東京で亡くなったんだって。息子さんは婿さんの名字になって、今は虹村っていうらしいよ」
大変だったんだなあ、と大梶が相槌を打った。
「虹村さんね。わかったよ。きたら挨拶に行こう」
「まあ来るのは4月以降になるらしいけどね。」
「引っ越しシーズンってやつか」と大梶がいうと、
「この街も、知らないやつばっかりになっちゃったからねえ。」
煙を吐き出しながら遠見塚が続けた。

杜王町は元々杜王村という小さな村で、多くの昔の日本の地方と同じように、住人は代々長らく村に住み続ける家のものばかりだった。顔見知りの知り合いばかりで、どこで誰が何をやっているかなんて筒抜けだった。
しかし、高度成長期になり、人口も増え、S市のベッドタウンとなり、建売の住宅があちこちに建てられ、遠くの生まれの人が引っ越してきて、代わりに東京だのに引っ越していくものも多く、住人はすっかり入れ替わり、誰がどこの人で何をやっているかはまったくと言っていいほど分からなくなった。

こうやって立ち話をする昔馴染みも、少なくなってしまった。

「うちの息子も東京で就職して帰ってこないっていうんだよお、鷺ヶ森不動産の跡取りがいなくってさ、困ってるんだ」
今度は鷺ヶ森が渋い顔をした。

東方良平は、駅前商店街の3人と別れ、茂庭医院に寄った。

篤は今日花京院邸に、龍典と明子の様子を診に行ってくれていた。

患者の途切れた頃に顔を出すと、診察室の患者の椅子に座るよう促され、座ると苦い茶が出た。
「なんでも、まるっきり覚えてないってよ」
引きずりそうな長い白衣を着た痩せた小柄な医者は、自分の入れた茶の苦さに顔をしかめながら答えた。

「殴られて気を失っていた間覚えていないのはわかるんだが、その前の2人組が入り込んできた時のことも、殴られた時のことも、覚えてないって言うんだよ、二人とも」
「昨日の夜もそう言っていたが、やっぱりそうか、」
今日は警察の別のものが、改めて昨日の経過を聞きに行っているはずだが、新しい証言は得られなそうだ。泊まりに来ていた涼子と、たまたま居合わせたホル・ホース、それに呼び出された仗助の証言は一致しているので、警察が困ることないと思うが、全然覚えていないというのも心配だった。
なんでも、ホル・ホースと食事をした後、涼子が彼に屋敷を案内しようと居間を出て行ったところで記憶が途切れているらしい。

「検査では異常なかったんだが……あそこの家も色々あったからなあ……」

篤の発言に、”も”なあ、と思いつつ良平も苦い茶を啜った。

良平と篤と龍典は、1944年にそろって近所で生まれた、幼馴染というやつになる。
龍典は旧家の跡取りで、篤も医者の息子だったが、そんなことは子供には関係なかったし、互いの親も気にしない家だったので、兄弟のように育った。
生まれた翌年の終戦を迎え、いわゆる激動の戦後ってやつを生き延びて、55年になった。
遠慮もへったくれもあったものではない。

「とりあえず今日は一日ゆっくり休むように言ってきたよ。まあ、警察は来るだろうが、それ以外は家でのんびりしてろ、なんかあったら連絡しろってな。」
「ああ、ありがとな。よろしく頼むよ」
「そういえば、分家のお嬢さんとお出かけするんだって、不良の孫息子くんはよお」

仗助は、龍典の姪の涼子とも親しくなってしまったようで、一緒にホル・ホースとボインゴに町を案内するんだという。
昨夜の暴漢侵入の連絡もなぜか仗助に入り、夜に花京院邸に行ってホル・ホースと取り押さえたという。結果的に皆無事だったからよかったものの、そういう時はまず警察に電話しなさいと出かける前に話してきた。もっとも酔い潰れていた身としてはあまり強くも出られないのだが……

わあってるよ、じいちゃん、と答える声は、いつもより弾んでいるように聞こえた。

仗助は友達も多く、男女問わず仲良くなるが、特別に親しくなる相手はあまり多くなく、広く浅く、という感じだった。
フレンドリーだが軟派なタイプではなく、本人曰く”純情派”なんだそうで、特定の女の子とどうこうというのは、良平の記憶では初めてだ。
男親の代わりとしてはそういうことも考える時期なのだろうか。

一方、医者の篤は違うことを考えているようだった。
「仗助は昨日もよく分からん騒動に首を突っ込んで怪我しとったぞ。昔からそんなことばっかりやっとる、あいつは。」
顔をしかめながら続けた。
「警察の真似事ならなってからやりゃあいいだろうに。怪我の治りが早い方とはいえ、まあ。」
「警察? 仗助がか? あの頭で?」
驚いて良平が続けると、お前さんの真似事だろうよ、と篤が茶を飲み干していった。
「あんなナリでも、人を助けて町を守ってきたおまわりさんの父親がわりに憧れとるんだろう。あの格好だって、自分を助けてくれた恩人さんの格好だしな」

東方良平は頬をぽりぽりと掻いた。
嬉しいような照れ臭いような。
しかし、やっぱりあの頭で警官は無理だが。

篤が診療所の入り口まで良平を送りにきた。
霞がかった空をみて、
「そういえば今夜の満月は特別らしいぞ。この時期の満月はピンクムーンと言うんだが、今夜は1千年に一度のスーパーピンクムーンなんだと。何がスーパーかは知らんが、桜色に輝くらしい」
と篤が教えてくれた。
ほう、と自転車にまたがりながら良平も空を見た。
「それは夜勤の楽しみができたわ」

お疲れ、と言い合って別れた。

東方良平は、自分の職場である派出所へと到着した。
早めに出てきたので、あちこち寄ったにも関わらず、十分余裕のある時間の出勤となった。

しかし、ついて早々、「大変です、良平さん!」と富沢が息せき切って駆け寄ってきた。

「昨夜とらえたボウガン傷害事件犯の清原、および、花京院家の強盗傷害犯の中野と新田が留置所で死亡しました!」
「な……なんじゃと!」
「さらに、確保されていた仮頼宿一樹が、逃走しました!」
「……なんてこった」
いってくれれば、と口にしそうになったが、昨夜も遅くまで花京院家で対応し今夜も夜勤の良平に配慮したと思うとそうも言えなかった。

清原は自殺だった。
きていたシャツを引きちぎってドアノブに引っ掛けて首を吊っていた。
逮捕された犯人が将来を悲観して自殺することは、稀にある。

しかし、中野と新田については、泡を吹いたように倒れていて、目立った外傷はなかった。
検死の報告は、《笑い続けたことによる窒息死》という聞いたこともないものだった。
一体留置所で何がそんなにおかしくて笑ったというのか。

さらに、仮頼宿一樹の見張りに当たった警官・米ヶ袋は、1時間ほど別のことに気を取られていて、その間に逃げられたと証言した
しかし、米ヶ袋は真面目一辺倒な職員で、そんな不注意を犯すような人間ではなく、自分でもどうしてこうなったのか分からないと項垂れていた。

(……不可解な事件じゃ。昨日から一体この杜王町に何が起こっているんだ)

東方良平は、制帽を被り直して、険しい表情を浮かべた。


次の話(3-1-① ボインゴは山へ遠足に①)  
目次  前の話(2-5-③ アクリドルの水晶③)

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